FNAF | ナノ

進行中のタナトフィリア

信心深いクリスチャンという訳ではない、それでも気軽に十字架をアクセサリーのモチーフとして使ってしまうのにはあまりいい顔が出来ないキリスト教圏内にいる人間だ。
神様がいるかどうかと聞かれれば、そこは明確に答えを示せないだろう。
天国か地獄があるかどうかという問いに対しても、同様に。
個人的には、神様という存在については怪しいものだが、死後の世界はあるものだと思っている。
いや、いいや、楽園だとか火の海だとか、そんなファンタジーではなくって……、しかし生前善いものは死後それ相応と報われるべきであるし、悪いものはそれ相応に罰せられるべきだ。
だって、そうでもしないと不公平だろう、不公平だ、不平等だ不条理だ理不尽だ。
死は誰にだって訪れる、それこそ平等なものなのかもしれないが、その後すら平等なんて言うのは許しがたい。
許しがたい、なんていうのは大げさか。
これは俺の価値観の話でしかない。
だがしかし、そうだろう、死んで全てが終わるのなら生きている間にどれだけ頑張っても意味がないのだ。
そんなものは虚しいじゃないかと思うのは俺だけなのだろうか。
どうせいつか全部がなくなるのなら、クソ真面目に生きるよりも好き勝手にしていた方がいいじゃないか。
にも関わらず、人間が死からも死後からも目を逸らし続けて生き続ける理由というのはなんだろうか。
哲学っぽい?いいや、これはただの未来の話だ。
いずれ来る未来の話。
必ず来る終わりに対してどう向かってやろうかという話。
俺は物好きながら度々考える。
一人で、寝室で、タオルケットを頭から被って、枕に顔を正面から埋めているとどうしても考えるようになる。
聞こえるのは時計の音と俺の呼吸と心臓か脈の音。
家の中、それも珍しく自室にいるとはいえ、外からの音はひとつも届かない。
窓でも開けてやれば何か変わるのかもしれないが、嫌いなのだ。
扉を開けっ放しにして、無防備なままでいるのは。
ああ、こんなろくでもない未来のことを考えて呼吸の仕方を危うく忘れる。
生き苦しさに冷めた顔をしながら俺は今日も眠れないのだろうかと考える。
こんなことなら夜勤にでも突っ込んでもらった方がずっと有意義だ。
夜間警備なんて好きでやろうと思えるものじゃないが、あれは余計なことを考えずに済むから良い。
絶対に自分からやりたいとは言えないが。
しかし眠れない方が俺にとっては困るのだ。

「あら、せっかくのお休みなのにまだ起きてるの?」

無音の部屋にいきなり転がり込んだ聞き馴れた声に、どくんと心臓が嫌な跳ね方をする。
凛とした女の声に、俺は首筋のあたりからぶわっと熱いような、それでいてさっと冷たくなるような汗をかく。
何だ、何でそんな音もなく部屋に入ってくるんだ。
君は幽霊か何かなのか。
それともこれは君じゃない?幽霊が彼女に似せて声をかけてきただけか?……ああ、いや、駄目だ、俺は疲れている。

「……ヴェスナ?」

自分の思考回路すら信用ならず、俺は向けられた声におそるおそる返した。

「ふうん?他に心当たりのある女性でもいるのかしら?」
「ああ、うん。じゃあヴェスナだ」

クスクスという女の笑いはホラー映画にしては少し優しすぎた。
どちらかというとラブロマンスで優美な女優が奏でそうな笑い方なものだが、その中身が開け放たれた扉の前にいる彼女だと思うと何とも言えない気分になる。
彼女を恋愛映画に喩えてみて嫉妬している訳ではなくって、単純に彼女とラブロマンスが結びつかないだけだ。
そうだな、彼女なら人形を愛でるサイコホラーな恋愛映画だったら似合うかもしれない、俺もそれなら観てみたいと思う。
彼女とは一応自分と愛や恋やを通じて交わしているはずの恋人関係であるはずなのに、こんなことを言うのは酷いだろうか。
むしろ恋人だからこそ確信めいてそういう風に思っているのだ。

「なあヴェスナ、今何時?」
「深夜2時よ」
「……なんだ、今から寝ようものなら昼過ぎまでは爆睡できるなあ」
「いいんじゃない?明日……いいえ、もう今日ね?今日は休みなんでしょう?ゆっくりしていいと思うけど」
「でも、君がいるのに眠るのはもったいない気もする」
「寝なさいな。貴方、意外と疲れを溜めやすいし……、疲れるとネガティブになりやすいんだから」
「そうか?」
「そうよ」

私が言うのだから間違いないわと自信満々な笑みを浮かべながら、彼女はうんうんと頷いている。
ああ、君が言うなら間違いないんだろうなあと俺も笑いながら、俺は自分を覆っていた毛布を上へと持ち上げる。
彼女が入れるような空間を作って、彼女が入ってこられるような動作を取る。
下心?失礼な、そんなものははっきり言って……、砂糖粒程度にしかない。
それよりも、彼女の存在と温もりを早く感じたかった、と言う方がずっとずっと素直だろうか。
実際、そんな所だ。
一人で寝るのが怖いわけじゃない、一人でいることで余計なことを考えてしまうのが嫌なだけだ。
俺にとっての聖女様が側にいてくれたら何かしらの効果がありそうじゃないか。
少なくとも悪夢は見なさそうだ。

「なあ、こっち」
「入れと?」
「どうせこれから寝るんだろう?俺は休みなんだ。昼過ぎまで君と寝たい」
「私の予定は無視?」
「明日も元気に仕事なのか?」
「ええ、貴方が起きる前にはいなくなってるわよ」
「それはそれでいいかな」
「そんなに一緒に寝たいの?」
「怖くってさ。寝付きが悪いんだ」
「子供みたい」
「子供なら君と一緒に寝れるのか?なら俺は子供でいいよ」
「いい歳した大人のくせに」

彼女は困ったようにため息をついて、しかし嫌がる素振りはない様子で、俺は安心する。
ゆっくりと扉から離れてこちらへやってくる姿には、女性らしい色というのはこれっぽっちも感じられず、本当に寝付けずにいる子供をあやすような雰囲気の方が近かった。
俺がわざわざ空けた隙間に彼女が入ってくれるのかと思えばそういう訳でもなく。

「……ヴェスナ?」
「あら、期待していた?」
「いや、期待するも何も。……今の、完全に入ってきてくれる流れだったじゃないか」

ベッドの側まで来た彼女は聖母のように微笑んで、ベッドの端の方に腰掛けた。
俺の肩までタオルケットをしっかり掛けると、本当に子供をあやすように頭を撫でてくれる。
慣れた手つきなのは、彼女が四人きょうだいの第一子長女だからだろうか。
弟さんや妹さんが眠れないという時にはこうして頭を撫でて寝かしつけていたのかもしれない。
子守歌なんか歌ったりして、……と考えたところで彼女は素敵な音程の持ち主だったことを思い出す。

「なあに、貴方。失礼なことでも考えてる?」
「まさか、君。何も考えていないよ」

俺は小さく笑って目を瞑った。
今彼女がどんな表情をしているのかは残念ながら見れないが、目を瞑る最後の瞬間に見えたのは不満そうに頬を膨らませた彼女だった。

「なあ、ヴェスナ」
「なに、電話男さん」

俺の名称の後に「早く寝た方がいいわよ」と付け加えながらも、俺の言葉を待っているようだった。
早く寝かせたいのも事実だろうが、彼女は他者から発せられる言葉を好む人だ。

「君、悪夢って見たことがある?」
「悪夢ってどんな?」
「何でも良いよ。……悪夢じゃなくたっていい。寝る前に、自分の呼吸しか聞こえない世界で、ふと怖くなったりすることは?」

俺の言葉を彼女が吸い込んでいく。
彼女は俺の言葉をどう捉えたのだろう。
この間にも俺は目を開けずにいた。
目を開けたら、この不可思議な感覚からも覚めてしまいそうだったからだ。
ここは夢の世界ではないはずだが、彼女に撫でられていることで微かな眠気には誘われている。

「ううん……、そうね、」

俺の髪と額にそっと触れながら、しばしの沈黙のあと、彼女はぽつりという。

「残念ながら、そういったことはないわね」
「なるほど」
「ええ、寝る前に余計なことを考えて後ろ暗くなるほど私はネガティブではないし、マゾでもないの」
「まるで俺がそうだみたいな言い方しなくっても」
「余計なことを考えてしまうのも、悪夢を見てしまうのもきっと疲れてるからよ。プライベートにまで仕事を持ち込むなんてスマートとは言えないわね。クソみたいな店やクソな上司の事なんて忘れてしまいなさいな。貴方が眠るまでは私も側にいるでしょうから」
「起きたら?」
「言ったでしょう、仕事よ」
「じゃあ……寝たくないな」

そんな子供じみた発言をしたら彼女は困ってくれるだろうか、なんて考えてしまうのもまた子供だと思った。
何だ、何だ。
不安になりすぎてしまって、精神が退行でもしているのだろうか?
いいや、俺は子供ではない、大人だ。
だから、彼女が間髪入れずに「寝て、私の為に」と言った瞬間には安心してしまった。
そう言ってもらえれば、俺は良識ある大人としてはいはいと頷いていられる自信があった。
ただ、ここで彼女がどんな形であれ俺を受容して甘やかしてしまおうものなら、そこにとことん甘えるだけの予感だってあった。
彼女が彼女で、本当によかった。

「……ヴェスナ、寝るから。寝るからさ」
「あら、寝ると宣言する暇があるなら寝たらいいのに。何かしら」
「俺が練るまでの間、どうか手を握っていてよ。それ以上は望まない」
「お安い御用だわ」

玉砕覚悟で言ってみたのだが、そこはなんて女神のようで聖女のような彼女。
なんとまあお優しい!なんて言ったら、叩かれてしまうだろうか。
彼女は掛け布団の下に隠れていた俺の手のひらを探し当てて、それを離さないように固く握りしめてくれた。
一度掴んだものは離さないと言わんばかりにーーーああ、これではまた仕事のことを考え始めてしまう。
俺はもう寝るんだ、余計なことなんて考えずに。
そうして彼女がいない目覚めを迎える。
それでまた、仕事へと向かうんだ。
それが日常で、日々の繰り返しで、でも、彼女がいるからまだマシだと思えるような日常だ。
彼女の手のひらの温度を指先で感じながら、俺はまた考えてしまった。
ああ、どうせいつかはこの温度も消えて無くなってしまうのだ。

進行形のタナトフィリア
(人が絶対に死ぬ生き物ならば、わざわざ生きる意味を見出せる程、自分は前向きにはなれなかった)
(しかし失う恐怖を知るくらいならば彼女に出会わなければ良かったと叫ぶほど、自分は悲観はしていないのだ)


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