FNAF | ナノ

世界は不思議な程真実で満ちている

この世界は大抵2つのもので構成されている。
この世界は大抵2つのもので構成されていて、そこには常に矛盾が付きまとっているものだ。

「ねぇ、電話男さん」

今日は電話は耳元にない。
彼ならば今、私の目の前にいる。
彼ならば今、私の目の前で神経質そうな笑みを浮かべている。

「何だ、記者女さん」

その疲れきった声に私は何だか泣きたい気分になった。
日々の仕事に疲れているのは私だって同じだし、彼には最初から怒り散らしたかったし泣き叫びたかった気分なのに、そんな声を目の前で聞かされては、そんな表情を目の前でされては、……何も言えないではないか。
───1987年。
それはFreddy Fazbear's Pizza新店舗を展開させて新しいキャリアを積んでいく年であるのと同時に、Freddy Fazbear's Pizza新店舗と新型人形を無かった事にしてまたゼロを始める年でもあったらしい。
私は連日の激務と今回の“閉店”作業に駆り出されてすっかりボロボロになっている電話男さんへ、申し訳ないとは思いつつ一枚の紙を突き付けた。
それは私が書いた新聞記事だった。

『ロボット、廃棄処分!フレディー・ファズベアーズ、閉店。』
『開店からほんの数週間で、『Freddy Fazbear's Pizza』は閉店する運びとなった。』
『新しく作られた自動人形は、欠陥不良の可能性がある為、全て廃棄処分する事となったが、旧オリジナルキャラクターについては、会社再建の希望として引き続き続投していく事が決定。』
『Fazbear Entertainment社のCEOは、「これは我が社にとって、僅かな後進に過ぎません。我々としましても、どんなに小規模な予算でも、またいつの日か再びオープンすると、自信をもってお約束いたします」とのコメントを残している。』

それは凶悪なテロでもなければ殺人でもない。
ただの地元ピザ屋の閉店を告げるだけの記事だった。
本来であればこういったニュースは私ではなく後輩が担当するのだろうが、ここまでFreddy Fazbear's Pizzaと関わりを深く持ってきたのは私だ。
気が付けば私は後輩に自分の仕事を押し付けて、代わりに後輩の仕事を引ったくるように奪っていた。
児童行方不明事件はあのまま、子供達の死体も見つからないまま解決という流れになり、世間ではああそんな事もあったなという程度の記憶に留められている。
そのFreddy Fazbear's Pizzaが閉店という流れになっても、既に経営が低迷していたFreddy Fazbear's Pizzaに対する関心というのは数年前に比べれば薄いものだ。
未だにあの事件を引きずりFreddy Fazbear's Pizzaにとやかく言ってくるのは余程正義感に溢れているのか余程の阿呆かだ。
私は、そのどちらでもないし、そのどちらでもあるのかもしれない。
でも、私にそんな正義感があるとも思えないし、阿呆側の人間になるんだろうか。
……否定はしない。
私はFreddy Fazbear's Pizzaの純粋なファンとして、新聞記者として、ヴェスナ・ラプティスとして、このピザ屋に関わってきたし彼に関わってきたのだ。
ある意味阿呆なのかも。
思考が馬鹿になってしまいそう。

「ああ、うん。……もっとボロクソ書かれてるかと思った」
「本当は、もっとボロクソ書く予定だったわよ。でも、ここ最近の貴方の様子を見ていたら……何だか、出来なくて。貴方にトドメを刺すのが私、なんていうのは嫌だもの」
「俺はトドメを刺されるのなら君が良かったな」
「軽口は叩けるのね」
「君が考えているより余裕に見えるだろ?」
「見えるだけでしょう?」
「そう、そうなんだよ」

電話男さんは笑った。
とても空虚な笑い方で、あまり見ていたいものではない。

「もうさ、閉店の事は良いんだ。俺にはどうしようもないからさ」
「ええ」
「ただ、俺は頑張ったんだけどなぁって」
「ええ」
「甘えや言い訳に聞こえる?」
「……どうかしら」
「君は優しすぎるな、はっきり言えばいいのに」
「何て言ったらいいの?」
「いつもみたいに言ってくれたらいいよ。俺は君の言葉が聞きたいな」

それは、トドメを刺されるのなら私が良いという彼の願望なのだろうか。
それとも、一種の現実逃避として日常的な会話を求めて私に縋っているのだろうか。
突き落として欲しいのか、救い上げて欲しいのか。
それはあまりにも両極端ではないだろうか。

「貴方が仕事に対して一生懸命なのは知ってるわよ。人一倍キャリアを気にしているのも知ってるわ」
「ああ」
「だから貴方がショックを受けているのも分かるし、これからどう進んでいくか迷っているのも分かる」
「ああ」
「私が貴方にかけられる言葉なんてないの。私は貴方じゃないから、貴方の心を理解する事なんて出来ない」
「ああ」
「側で話を聞くくらいはしてあげる。側で泣くのを許してあげる。側で怒るのを許してあげる。側で笑ってくれるのを許してあげる」
「ああ」
「私が貴方に出来るのって、きっとそれだけよ。……記者としては、記事で貴方を殴る事ができる」
「ああ」

私の言葉に、貴方の言葉が返ってくる事はなかった。
たった一言、曖昧な返事だけが目の前で響く。
軽口を叩いて余裕に見えるだけで、彼は本当に限界のはずだ。
世間が未解決となった事件を語らなくなったって、その行動は無意識に店へと影響を及ぼしていた。
児童行方不明事件以来店の売り上げは下がり、常に人手不足を嘆いていた。
昼勤務にしろ、夜間勤務にしろ。
確か、夜間に至っては、夜間警備に関しては、1週間だ。
1週間で人が入れ替わり、夜間警備が云々と彼は日頃悩んでいた。
……まあ、数週間で閉店してしまった新店舗だから、実際にその1週間ごとに入れ替わる夜間警備も実質2人か3人程しか働いていないのだろうが。
そういえば、1番新しい警備員……名前は何と言ったか、ジェレミーだったかフィッツジェラルドだったか、電話男さんが良い仕事ぶりなんだと褒めていたが、どうだったか。
今回のFreddy Fazbear's Pizza閉店の記事を書く際に、せっかくだからその彼からも話を聞こうかと思ったのに彼とは連絡がつかなかったのを思い出す。
多分、辞めてしまったのだろう。
記事を書く為のインタビューを出来なかったのは残念だが、この雇用条件が悪い会社から去るという選択肢は賢明かもしれない。
この会社に社員として昔から居続けた結果が、目の前の彼だ。
仕事を生き甲斐にしている事もあるせいか、仕事に躓くと駄目になってしまう脆さはとても分かりやすい。

「ねぇ……、ちょっと……」
「……ん?何だ?」
「元気出せなんて、無責任な事は言わないけど……別にFE社が倒産した訳じゃないわ。やり直しなら、出来るでしょう」
「……慰めてくれるのか。……いいな」
「本気で言ってるのに」
「俺も本気さ。本気で落ち込んでるし本気でショックを受けているし、……本気で今、君には感謝してるんだよ」

私は言葉に詰まる。
いつもであれば、彼との会話は心地良いのに。
何故か今は良い言葉が出てこない、何を言っても不正解な気がする。
ああ、新聞記者として私は言いたい事は言えるし他人と関わるのも優秀な方だと思っていたのに。
いつの間にか、彼に対して素を見せていたせいか彼の前で気張る事がなくなっていたせいか、私は彼に対して気を許していたのだ。
私自身が気が付かない内に私は彼の感覚に侵食されていたし、彼の事を良い友人だと思って、しかしそれを決して声には出さないようにして彼と関わってきたのだ。
彼は私が真実を書き綴る為に必要な存在で、そこにプライベートは必要ないはずだったのに。
私は、公私混合をするような人間ではなかったはずなのに。
情が芽生えている、いつの間にか。
それはとても、人間らしい感覚だ。
家族以外では初めてかもしれない。
幼少から、学生の頃から、社会人になってからも、どこか自分は上辺だけで外で必要とされるべきキャラクターを取り繕う事に必死だったから、相手の事なんて考える暇なんてなかったのだ。
新聞記者としては様々な倫理観や道徳観や罪悪感を誤魔化すのに適した性質だったと思う。
しかし、素の私なんていうものはこれだ。
相手が何を考えているのか、相手が私をどう思っているのか。
こう言ってしまっては嫌われるかもしれない。
こう言ってしまっては傷付けるかもしれない。
親しくなれば親しくなるほど、関わり方が分からなくなる。
異国の血が混ざって純潔ではない濁った私なんて、肌の色が周りと違う私なんて、……そんなのは私が決められた事ではないし変えられる事でもないのに、しかし人間社会とは自分とは異質なものを排除する傾向にあるものだから、差別は区別に麻痺させられて、私は徹底的に排除されるのだろう。
だから、私はそれを受け入れたフリをして何とか外では外の姿を演じていたのに。
彼にはそれをしたくないと思っている。
彼には新聞記者としての言葉をかけたくないと思っている。
ヴェスナとしての言葉をかけたい訳でもない。
“私”の言葉をかけたい。
どんな言葉が正解になるのか、私には分からない。
そうして話は繰り返してしまう。

「……ねぇ、お酒でも飲みに行く?奢ってあげるわ。好きなだけ飲んで良いから。好きなだけ愚痴も聞いてあげるから。だから。ねぇ。あの。その。……側に、居させて頂戴」

ようやく出てきたのは、頭の中でしっかりと構成された言葉ではない。
言葉通り、思ったままを吐き出しただけの言葉だった。
拙い。
脆い。
私の言葉を聞いた電話男さんは少し驚いたような表情を見せて、そしてすぐに神経質に笑い出す。

「……何だ、俺の事を口説いてるのか?」
「違うわ!あっ……いや……その……た、ただ、元気になってもらいたくて……それで、今の貴方を独りにしたくなくて……、く、口説いてるとかじゃ、なくって……」
「だから俺の事口説いてるんだろ?な?……そう言ってくれるなら、俺は君の側で甘えさせてもらうよ」

もしかして、私が考えている以上にこの人は参っていないのではないだろうかと思い始めてしまう。
いや、しかし、滲み出る疲れは隠し切れていない。
こんなのは自棄になっているだけだ。

「……くっ、口説いてる、わ……よ……」
「違和感しかないけど、まあいいか」

ふわり。
音になったとしたら、それはきっと、こんなに軽い音だ。
こんなにも、軽い音だ。

「え……」

彼の掌が私の頭上に乗せられている。
彼はそのまま、私の頭を撫で始める。

「えっ、ち、ちょっと……!?」

私は抗議の意味を込めて、彼の事を見上げた。
見上げる。
改めてよく見ると、彼は私よりもずっと背が高い。
掌も大きくて、腕も逞しくて、そのどれもが女の私とは違うのだと感じる。
彼は男なのだと、異性なのだと、そんな当たり前の事を思い知らされる。

「ちょっと!触る事を許したつもりはないわよ!?セクハラで訴えて欲しいの?」
「訴えるのか?」
「訴えて欲しくないなら、その、止めて頂戴」
「どうしてだ?」
「恥ずかしいから」
「簡潔で明確な理由だな」

神経質っぽく笑う彼は、大人しく私の頭から手を離す。
温もりが離れた私は物足りなさからなのか寂しさからなのか、心の奥が締まるような痛みを感じた。
そんな私自身に戸惑いを覚える。

「貴方こそ、らしくないじゃない……こう、……触ってくるなんて。貴方、物理的な触れ合いを易々と異性にするタイプじゃないと思ってたのに」
「おいおい、誤解するなよ。相手が君じゃなけりゃやってないぜ?君は……ああ、特別だ。うちの不祥事を嗅ぎ回る厄介な“お嬢さん”のクセに、俺自身は君にすっかり絆されちゃってさ。君の事は良い友人だなんて思ってるんだ。だから、甘えてみてるんだよ。こんな事言っても君は優しいから受け入れてくれる、こんな事しても君は賢いから理解してくれる、って具合にな。……君を信用してるんだ、記者女さん」

だから。
だから。
電話男さんはいくつも理由を重ねていく。
そのどれもが初めて聞く事ばかりで何だか照れ臭い。
友人らしい友人など、私には縁がなかったものだ。
それが、電話男さんも私の事を良い友人だと思ってくれていたというのだから、照れ臭いのは当然だし、何より、嬉しい。
それをちゃんと言葉にしてくれるのが、私にとって何より重要だと思った。
人間なんていうのはエスパーでない限り他人の心を読めないし、理解できないものだ。
ちゃんと言葉を声にして、出してくれなければ。
それが建前であれ、本音であれ、その行動は真実だ。

「俺さ、今だから言うけど君の書く記事が好きなんだよ」
「初耳だわ」
「……だろう。新聞記者っていうか、マスコミってさ、結構好き勝手に書くじゃないか。真実も虚実もそれっぽくして。いや、君の仕事を侮辱してる訳じゃない。ただ、そうだって思ってた話だ、俺がな」
「いいわ。否定はしないし、本当の事だから出来ないわ。確かに真実をやけに誇張したり、推測でしかない事を大袈裟に書いたりもする。民衆は真実を求めるけど、それ以上に面白さも求めてるから。所詮他人事、自分は安全な所で正義を語ったり罵声を投げるの、紙や画面を隔てれば、完全に別世界だものね」
「人間って糞だな」
「ええ、糞なの」
「……話を戻そうか?俺は、君も他の連中と同じだって思ってたんだよ。数年前。児童行方不明事件の記事の取材で、沢山の報道社がうちに来た日さ。君の書いた以外の記事ってどうだったか読んだかい?あることないこと……あること、ないことないこと、あること、くらいの割合……だな?でも、ないことはないことなのに大袈裟に書かれてた。“真実”を書いていたのは君だけだった。“分からない真実”を貫いたのは、君だけだったんだ」
「ごめんなさいね、しつこくお店に通ったり貴方に電話したりしていたクセに何の面白味もない記事しか書けなくって。でも私、貴方のお店が、Freddy Fazbear's Pizzaが好きだったの。だからって訳じゃないけど……、いいえ、だからこそ、なのかしら。だからこそ、真実しか書きたくなかった。私の知り得たFreddy Fazbear's Pizzaしか書きたくなかったのよ。同僚にはせっかく売れる記事のチャンスだったのにって怒られたけど。まあ、うちの編集長が能天気な緩い人で良かったわね。“真実”しか書かなくたってその原稿をOKにしてくれたんだから」
「じゃあ君の上司にも感謝しなくちゃいけないな。勿論、君には感謝しかしていない。しつこく電話をかけてくる記者女さん……なんて思っていたけど、君の記事を読み始めてから……何か変わっちゃってさ。驚いたんだ。本当に、君が知り得た事しか書かないから。君は君なりに沢山の憶測と考察を重ねているだろうに、それを決して記事にはしなかった。君は確証が持てる、世間に放たれた“真実”しか書かなかった。俺は、……俺はずっと前から君に救われていたんだから。君は、俺の事を記事で殴るなんて言ったけどさ、俺からしてみればそんなの優しい抱擁に近いんだ。Freddy Fazbear's Pizzaを愛してる君がどうしようもなく───」

そこで彼は一旦言葉を止める。
言葉の続きが気になったが、彼が首を左右に振る様子を見て、おそらく続きを語る気はないのだろうと思った。

「すまん。後は、俺の中に留めさせてくれ」
「分かったわ。……何て言われるのか恐ろしかったけど」
「悪口なんかじゃないよ、それは分かっててくれ」
「悪口なんかじゃないのね。じゃあ安心して今夜も眠れそうだわ」

いつも通りの軽口が、ようやく出てきてくれるようになった。
それでも私の言葉はどこか震えていて、何故か緊張している事を私にも彼にも伝えていた。
彼にも、だ。
彼にもしっかりと伝わっていただろうに、その彼は何も言わずただ優しげな瞳で私の事を見つめていた。
紫混じりのその瞳が優しさを表しているのは何処か違和感があって、私は思わず目を逸らす。
このまま見つめていたら、飲み込まれそうな錯覚に陥ったのだ。

「なあ、ありがとうな。今回の閉店の記事もさ、君が担当してくれて良かったよ。君の手で終わらせてもらえて、……きっと、あいつらも君に感謝しているよ」
「あいつらって、新しい人形達の事?」
「ああ。あいつらは欠陥が見つかったせいで廃棄処分って方向性だからな。多分、もう表舞台には戻ってこない。……旧シリーズに戻るのかって考えれば嬉しいんだけど、何というか、微妙な気持ちなんだよな」
「……嬉しくないの?貴方、昔の人形の方が好きだって言っていたくせに」
「それでも、新人形だってうちの店の顔役になるはずだったんだ。……何も感じない程、俺は薄情じゃない。人形だって大事な仕事仲間だよ」
「……そう」
「何だか安心した顔だな?」
「……そう思ってくれる人間がこの世にいるっていうだけで、あの子達も報われるような気がしたから。それだけ」

私は自分が書いた記事に視線を落とす。
『新しく作られた自動人形は、欠陥不良の可能性がある為、全て廃棄処分する事となったが、旧オリジナルキャラクターについては、会社再建の希望として引き続き続投していく事が決定。』……。
その一文は実に簡潔で淡白で事実を示すに最も相応しい形をとっていた。
こんな事を言っては、頭がおかしいんじゃないかと言われるかもしれない。
しかし、これは私個人としての思いであって、新聞記者としての私ではない。
だから、あえて言わせてもらおう。
この新聞記事は、ある意味死亡記事なのだと。
1987年……、新しく作られたアニマトロニクス達は、人間の世界の都合で自分達の意識とは関係なく、殺された。
所詮人形だと言ってしまえばその通りだ。
感情もなければ命もない。
家畜を殺す事は善なのか悪なのかという問答にすら発展しない。
しかし、私は言わずにはいられないのだ。

「ねぇ、貴方が殺したの。忘れないで」

明確に言えば、貴方達……貴方の会社、なのかもしれないが、私は彼にだけ、その言葉を突きつけた。
彼は大きく目を見開いて驚愕した後、人形のように黙りこくって無表情になる。

「……ああ、そうだな。俺が、殺した」

やがて、彼の口から放たれたのは告白。
私が言わせたようなものかもしれないが。

「時効って、やってくるのかな?」
「どうかしら。これ以上罪を重ねなければいいんじゃない?」
「もうこれ以上殺すなって?」
「そう。もうこれ以上人形達を弄ばないでって」
「人形は玩ぶ為の物なんだけどなぁ」

ふざけ合うにしては、軽口にしては、あまりに不謹慎すぎる。
人形が好きな私は若干本気の所が見え隠れしているし、私が人形を好きだということを知っている彼は苦笑いを落としていた。

「ほら、なあ、もう飲みに行こうか?せっかくの君からのお誘いだ」
「ええ、奢ってあげるから。好きなだけ飲むと良いわ。……貴方の現状が何とかなる訳じゃないけど、私と一緒に居る時くらい嫌な事は忘れてほしいもの」
「優しいな、君は。君のそういうところ、好きだよ」
「残念ね。私にはボニーがいるから」
「あーそうだったな、そうだった」
「適当に受け流していない?これだからまともな人間っていうのは」
「俺をまともな人間にしてくれるのか、君ってば……」

私のようにクスクスと笑いながら、駄々をこねる子供をあやすように電話男さんは私の肩へ自分の腕を回して軽く触れる。
驚いて彼を見ると、彼は「嫌?」と視線で投げ掛けてくる。
ここで嫌だとでも言えば、きっと彼は神経質に笑いながら「すまんすまん」と離れてくれる事だろう。
私は、嫌ではなかった。
嫌ではなかったのだ。

「……ねぇ、どこに行くの?」

肩に回された彼の手に、私は自分の手を重ねた。
自分自身の行動に私は驚くが、私より驚いていたのは彼かもしれない。
彼の大きく見開かれた瞳は正直に、君らしくないじゃないかと訴えている。
けれど、それを声に出して言わないと言う事は……、彼もきっと、このままを望んだという事だろう。

「そうだなぁ……あっ、俺の家に来るか?適当に好きな酒でも買ってさ。君、今給料日前だから実を言うと苦しいだろう?」
「……貴方、何で私が給料日前って知ってるのよ」
「あのなぁ。何年の付き合いだと思ってるんだ?……なんて、威張れる程じゃあないけどさ。俺と君はそれなりに長く付き合ってるんだ。知らない事もあるけど、知ってる事は知ってるし、覚えてるよ」
「……熱烈じゃない?」
「ほら、君もそういう事言うようになった。そんな事を言う女性じゃなかったのに」
「残念だったわね、理想が崩れて」
「理想なんて崩れるもんさ。俺は……どんな君でも好きだよ」

そこで会話は途切れた。
私が返さなかったからだ。

「……貴方の家の近くって、私知らないんだけど、何かお店あったかしら?」
「スーパーがあるよ。今なら弁当とかも安くなってるかもな」
「!行きましょう!早く!」
「……君は現金なんだから」

この世界は大抵2つのもので構成されている。
この世界は大抵2つのもので構成されていて、そこには常に矛盾が付きまとっているものだ。
……そうでなくたって、矛盾は常に付きまとっているものだ。
世界とは、矛盾だらけでそれが真実を写している。
虚実も真実も、どちらも変わらない。
貴方が私へ向けた感情も、私が貴方へ向けた感情も。
それは嘘もあったけれど、こうして一緒にいる事は綺麗な真実だと私は思ったのだ。

prev / next

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -