FNAF | ナノ

お気に召すまでシュガー



俺の可愛い可愛い恋人はとにかく他人から触れられる事を嫌う。
嫌うというよりも、ただ単に苦手だと言えば良いのだろうか。
他人は無論、家族からであっても、恋人からであっても、体に触られるのを良しとしない。

「なぁ、ヴェスナ……」
「い、や」

俺が何て言おうとするのかは大体分かっているのだろう。
ある意味、恋人と思いが通じ合っているという事で喜んでもいいのかもしれない。
素直に喜べないのは恋人らしい事が何も出来ないからだ。
別に難しい事を請うつもりはない。
ただ隣でくっついて座りたいとか、手を握りしめたいとか、髪の毛に触りたいとか……本当にそれだけだ。
何もしない、いや、本当に。
彼女が嫌がる事を無理矢理やらかして嫌われてしまっては意味がない。
彼女に嫌われてしまっては生きる意味も無くなってしまう……というのはさすがに冗談だが、しかし、それに等しいくらい。
俺の中で彼女の存在とは大きい。

「あのな、俺はまだ何も……」
「触りたい、とか言うんでしょう。嫌よ」
「何で分かるんだ」
「貴方の恋人ですもの」

くすくすと笑う彼女に、胸が苦しいくらいに大きく跳ね上がる。
こういう事は平気で言えてしまうくせに触れ合いの事になると一気に距離を置き始める彼女が憎らしくさえ思えてきてしまう。

「恋人だって言うならちょっと隣に座って手を握るくらい許せよ、恋人だろ」
「嫌ったら嫌」
「どうして」
「恥ずかしいし……馴れてないから?」
「何で疑問系にする。……馴れてないなら馴れさせればいい話だろうに」

ソファに腰かけている彼女へと手を伸ばす。
このまま肩を抱けてしまえたら……。

「駄目」

勿論、物事はそんな簡単に都合良く運ばれていくはずもない為、彼女は徐に立ち上がり俺との距離を取る。

「そんなに触りたいのなら他に触らせてくれる女性の所にでも行ったら?」
「冗談!」
「ええ、冗談。そんな事されたらショックで自殺してやるかもね」

距離を置いてしまえば、彼女の口はこういう事をあっさりと溢してくれる。
触れられないからといって、愛されていない訳ではない。
愛の言葉を投げ掛ければ、それ相応の言葉は返してくれる。

「……冗談じゃなくても、俺は君以外に触りたいとか思わないから安心してくれ」
「いつ恋人らしい触れ合いが出来たか分かったものじゃないのに。健気ね」
「本当だよ。君次第なんだから早く覚悟を決めてはくれないかな?俺はおあずけだけ食らってすっかり欲求不満なんだ……って、冗談だ!冗談だから!離れるな!!」

俺が少しでも色を匂わせるような事を言えば彼女は表情を固くして離れていく。
ああ、もう、そういう話題も苦手な彼女だからこそ可愛い愛しいとは確かに思うが。
子供じゃないんだからいい加減馴れてくれよ言いたい。
そうだ、彼女はとにかく馴れていない。
恋人というものに。
他者との触れ合いというものに。
挨拶程度に軽く触れる事ですら、彼女には免疫がないのだ。
彼女が今までどういう環境で育ってきたかなんて、彼女の全てを知っている訳ではないから当然知らない。
ただ、本当に他人に触れて来なかったんだと思う。
本当に他人に触れられて来なかったんだと思う。
ああ、綺麗なんだろう。
彼女はとても綺麗なんだ。
今後、彼女が汚れていくとしたらそれは全て俺の手で汚されていくという事だ。

「……ちょっと電話男さん?何にやけてるのよ」
「あ、いや、なんでもない。ごめん」
「変な事でも考えてたの?」
「何だよ、変な事って」
「悪戯でもしようとしてるのかなって」
「……可愛い事、考える、な……君は……」

彼女の言動に思わず膝を折って頭を抱える。
そうだ、彼女の純潔がどのレベルかと言えばこういうレベルだ。
純粋だとか無知だとかそういう次元ではない。
疎さで彼女を越える人間はおそらくいない。

「え、ちょっと貴方、大丈夫?」

急にその場にしゃがみこんだせいか、彼女が心配そうな声を出した。
実際には急に眩暈だとか立ち眩みだとかではなく、ただ彼女が好きだなぁという感情にやられて思わず力が抜けてしまっただけなのだが。
まさか、そんな事を馬鹿正直に言えるはずもない。

「ああ、うん……大丈夫だよ……ちょっと、急に、立ち眩み」

適当な理由で誤魔化し、立ち上がろうとする。

「はい」
「……えっ?」

すると、細長い指が開かれた小さな掌が目の前に差し出されていた。
彼女の手だ。
見間違えるはずもない。
毎日毎日、この手に触れたいと見つめていたのだから。
ヴェスナの手だ。
彼女が、彼女の意思で、俺に、手を、……差し出している。

「えっ……、……えっ?」

咄嗟の事に戸惑った俺は俺を心配そうに見下げるヴェスナとヴェスナの手のひらを交互に見つめた。
その状態がしばらく続いたせいか、彼女が不思議そうに首を傾げる。

「えっと……立つの辛いのかなって、思ったんだけど。……そうでもなかった?」
「い、いや、いきなり手を差し出されたから驚いただけだ。……えっ、ふっ……、と、取って、いいのか?」

触れても良いのだろうか?
触れる、と伝わりやすい言葉にしてしまったら彼女が意識して手を引っ込めてしまうかもしれない。
それだけは避けたかった為に、俺は触れると言いかけた自分の言葉を一旦飲み込んで、言い直す。
彼女は更に不思議そうな顔をして、更にずいっと手を突き付けてくる。

「いいわよ」

あまりにもあっさりとした解答。
彼女の表情はどうしてそんな事を訊くのだろうと言いたげだった。

「き、君、触れられるの嫌なんじゃ……!」
「嫌よ。嫌だけど……さすがに、急に立ち眩み起こすような恋人を放っておくほど薄情じゃないわよ」
「……あ、う、うん……そう……」

俺はおそるおそる手を伸ばした。
情けない事に、手が震えている。
彼女に触れたい触れたいと言っていた割りに、いざ触れられると思ったらこれだ。
彼女の手に自分の手を伸ばしている時間は、一体どれ程の長さだったのだろう。
きっと、実際の時間に換算したら数秒なのかもしれない。
しかし俺にはその数秒が、何分にも何時間にも何年にも思えて、とてもとても、長かった。
そしてようやく触れた彼女の手は、俺の手が触れた事を確認すると彼女の方から握りしめてくれた。
今なら、死んでしまえると思った。
死んでもいいと思った。
悔いはない。

「よいっ……しょ」

彼女が俺の手を強く握りしめながら起こしてくれる。
実際には、立ち眩みを起こした訳ではないから彼女の助けを借りずともあっさり立ち上がれるのだが。
しかしせっかくの彼女からの厚意だ、甘えなければ申し訳ないだろう。
彼女の方から俺に触れてくれてのだ、触れなければ申し訳ないだろう。

「大丈夫?働きすぎで疲れてるんじゃない?」
「かなぁ……」
「今日はゆっくりしたら?そうだ、珈琲と紅茶どっちがいい?淹れてあげる」
「……珈琲」
「ええ、じゃあ座って待っていて」
「あっ……」

彼女は笑いながら、キッチンの方へと向かう。
俺の事を強く繋ぎ止めていた彼女の手は、いとも簡単に離れていく。
彼女のいなくなった俺の手は行き場を失くし、空中を掴む。

「……ヴェスナ!」
「ん?どうしたの?」

俺は慌てて彼女を追ってキッチンへと向かう。

「手伝うよ」
「ええ?別にいらないわ。貴方が休まないと意味ないじゃない」
「いいから、いいから!俺がじっとしてるのが苦手なのは君も知ってるだろ?」

俺は彼女の肩を抱いて、笑った。
彼女から拒絶の色は見受けられない。
ああ、きっと、俺の具合が悪いと思っているからだ。
優しい。
愛らしい。
とても単純で、堪らない。

「砂糖ってどこにあったけ?」
「あ……上の方に……、あっ、その隣」

今度は、風邪を引いたフリをして彼女に甘えてみようか。
きっと彼女はころりと騙されて、俺の頭や額を優しく撫でて看病してくれるかもしれない。
想像しただけで思わず口元は緩んでしまう。
近い内に実践してみようと考えながら、俺は彼女に砂糖の入った容器を渡す。
彼女はそれを受け取り、嬉しそうに笑っていた。


お気に召すまでシュガー
(彼女の隣に寄り添いながら彼女の淹れた珈琲を飲んで思う)
(この世でこれ以上素晴らしい愛があるだろうかと)


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