FNAF | ナノ

誠心スケルツォ


例えば、笑っている仕草だったり。
例えば、拗ねている仕草だったり。
例えば、喜んでいる仕草だったり。
例えば、怒っている仕草だったり。
例えば、悲しんでいる仕草だったり。
そのどれもが俺の中では重要で、重大で、彼女が無防備にも見せてくれる表情ひとつひとつに俺は胸を高鳴らせる。
年甲斐にもなくときめいている事実に、最初は自分で引いてしまった。
いい歳をして本気で恋をするだなんて、一体いつ誰が想像しただろう。
少なくとも俺自身、こんな想像は出来なかった。
こんな予定も、なかった。

「ねぇ、この人どう思う?」

当の本人は俺の気持ちを察する事もなく、やはり無防備に俺に声をかけてくる。
気軽に肩へと触れてくる程度の事は出来きてしまう距離の近さ……、良い友人だからこそという重みが俺の心にのし掛かる。
ヴェスナが俺に見せてきたのは1枚の写真だった。
そこには、見知らぬ男が写っている。
写真の中の見知らぬ男は、頼り無さそうではあるものの穏やかな微笑みを浮かべてこちらを見ている。
顔だけで云えば、悪くはない。
かといって良くもないが、それがかえって、この男が真面目なのだろうなと憶測させる……あくまで憶測、見た目の印象でしかない。

「写真?……この男、誰だ?」
「知らない人よ。でもお母さんがね、良い人だからって紹介しようとするの。私はいいって言ったんだけど、写真渡されちゃってどうしたものかしら」

彼女はそれを何でもないように言ってのけたが、俺は内心穏やかではなかった。
彼女の母親が彼女に紹介した男の写真。
それだけで、想像は出来る。
彼女の年齢的な意味も込めて、想像出来てしまった。

「それって……、……その、結婚的な意味での?」
「たぶん、そうでしょう。そういった意味での、紹介」

俺の穏やかではない気持ちになど、彼女が気が付くはずもなく。
彼女は深い深いため息をつきながら、写真をひらひらと雑に扱っていた。
それが、俺にとって少しだけ、救いになった。
彼女はおそらくどうでもいいと思っているのだ。
この写真に写っている男を。

「貴方的にはどう思う?この人。見た目で判断するしかないから、その……、男の人から見ての印象っていうか」

俺にそんな意見を求めてくる彼女を、無慈悲だとは思いつつも、残酷だとは思わなかった。
何故なら、彼女の中には「こう言ってほしい」という正解などなく、純粋に俺の意見を求めているだけだからだ。
普通の女と違って、他者の意見を素直に聞き入れることの出来る彼女のそれは、軽く才能だろう。
普通の女っていうのは、既に答えが決まっているものだ。
わざわざ意見を求めてきたところで、そいつの出した答えとピタリ合わせなければ理不尽にもこちらが怒られる。
少なくも、俺が今まで付き合ってきた普通の女というのは、そんな奴らばかりだった。
……と、話が逸れた。
過去になったどうでもいい奴らなんかよりも、今は目の前にいる大事なヴェスナの事だ。

「君の趣味はどうなんだよ」

もっとも、俺の答えも答えとて、決まっていた。
俺は彼女に関わる男全てをとことん否定するつもりでいる。
ただ、初めから否定しにかかるのかと言えば、そうではない。
この男は彼女の母親が紹介した男だ。
下手に否定しては、彼女を傷付けてしまうかもしれないし、反感を買うかもしれない。
まずは、ヴェスナ自身に質問を投げ返す。
否定するのはそれからだ。

「格好いい人は好きだけど」
「じゃあ……止めとけば?こいつ、なよなよしてそうっていうか、女々しそうっていうか……」
「優しそうな人ではあるって事?」
「いや、……いや、人は見かけによらないんだぞ、ヴェスナ」
「ふふっ、貴方ったらお父さんみたいな事を言うわね?」

彼女は、なんとなく人を否定する人ではないのだろうなと思った。
短所を長所に言い換えたり、欠点を個性に変換させたりがとても上手いのだろうと、何となく思った。
おそらく、彼女自身の性質としてもあれば、新聞記者としてどうとでも捉えられる記事を書く為のスキルでもあるのかもしれない。
俺の言った事を前向きに言い換えたヴェスナに、慌ててまた否定の言葉を投げ掛けたのはあからさまだっただろうかと俺は不安になった。
しかし、俺が考えるより彼女は気にしていないようで、クスクスといつもみたいに笑っている。

「まあ、お母さんにいくら良い人を紹介されようとも私は断るつもりだけどね」

……、少しばかり、訂正しよう。
どうやら彼女の中にも普通の女らしい正解とやらはあったらしい。
ただ、それは俺を苛立たせるようなものではなくて、むしろ俺にとって好都合のものだった。

「良かった……」
「……なぁに、嫉妬でもしてくれてる?」

思わず声に出てしまっていた。
ヴェスナは可笑しそうに言う。
言葉としては何とも魅力的だが、彼女自身の色気も何もない言い方に、やはり俺は異性としては意識されていないのかと現実を突き付けられる。
異性の良い友人───彼女の性質上、最高の立場に近いそれを喜ぶべきか否か、非常に難しい。

「ああ、妬けちゃうよ。……友情にしては行き過ぎてる?」
「いいえ、そんな事思わないわよ」

俺は異性として、男と女としてではなく、あくまで友人としてを演じた。
真実を嘘を混ぜ合わせた言葉は、最も本心を悟られにくい。
案の定彼女は俺の言葉を素直に受け止めて、俺に無防備に笑いかけてくれている。
写真の男はヴェスナのこんなに笑顔を見られないのだろう、ざまあみろ。

「男女の間に友情なんて成り立たないとは言うけど、やっぱり迷信よね。私、貴方の事とても良い人だって思うし、良い友人だって本当に思うの。多分、こういうのって貴重なのよね」

その言葉が俺をどれだけ傷付けている事か、彼女は知らない。

「大事にしないとな」
「ええ、大事にしたいわ」

知る由もない。
知る必要もない。
余計な事をして疎遠になるより、今の形が彼女にとっても俺にとっても最も美しい形だ。

「でも現実問題、いい歳だものね……。貴方も親から言われない?結婚とか、せめて彼女とか……」
「言われるっちゃ言われるけど……、でも最近は諦められてるかもなぁ。俺にもその気はないし……」
「仕事人間だから?」
「それもある。君もそうだろ?」
「言い返す言葉もないわ」

結婚……、彼女……。
その言葉の、なんて無意味な事か。
俺にとってそこに当て嵌まるのはヴェスナただひとりだ。
どんな女に言い寄られようと、親から結婚を勧められようと、ヴェスナとこうして出会って惹かれてしまった以上、選択肢などはない。

「今の俺は、仕事と君が居てくれればそれで十分だって思ってるよ」
「そう言ってくれて嬉しいわ。私もね、仕事終わりにこうして貴方とお話しするの、とても好きよ。電話越しでも、顔を合わせてでも」

電話男さん、とおどけたように彼女は俺の愛称を呼んだ。
いい加減名前で呼んでくれても良い気がするが、ヴェスナは愛称が馴れてしまっているらしい。
俺はたまにしか、記者女さんと言わないのに。

「俺はなるべく会いたいけどな」
「何だかそれ、恋人みたいね?」
「あっ、ごめん。嫌だったか?」
「ううん、嫌じゃないわよ」

満面の笑みで、首を左右に振るヴェスナ。
無邪気なのは罪な事だ。
俺は頭を抱えたくなった。

「……そういう事を言うと、誤解する男は絶対いるから止めた方がいい」
「貴方は誤解するの?」
「俺は君の事を分かってるから……、その、誤解はしないけど」
「じゃあ大丈夫よ。貴方以外にこんな事言わないから」

気を許されている。
心を許されている。
これ以上ない幸せな事のはずなのに、俺は胸をぎゅうぎゅうと握り潰されたような痛みを感じた。

「……君はどうしてそういう……!」

好意を越えて、悪意になりそうだ。
擦れ違っている訳ではないが、もどかしい。
俺の想いを知らない彼女は、とことん身勝手で好き勝手だ。

「……?なぁに?」
「……何でもない」

いっそ彼女を消してしまおうか。
それとも俺だけの場所に閉じ込めてしまおうか。
そうしたら、この苦しみも少しは癒されるだろうか。
……いいや、きっと無理だろうな。
この想いは伝える事でしか昇華されない。
そして欲深い事に、彼女に受け入れられる事でしか、消え方を知らない。

「なぁ、記者女さん」
「なに、電話男さん」

愛称と愛称の交差。
この瞬間が俺は嫌いではない。
俺と彼女しか居ないと云うのが、分かりやすく自覚できるからだろうか。
それとも、こうして特別と特別を交差させる事で、何を言っても許される免罪符とでも思っているのだろうか。

「……俺がさ、君の事好きだって言ったらどうする?」
「……えっ?」

しかし実際に好き勝手に言ってみるといい。

「いや、何でもないよ。ごめんな」

こんなものは、ただの冗談にする為の予防線だ。

「……冗談?」
「……ん、冗談」

臆病者め。
ああ煩い煩い。
これからも彼女と居続ける為にも、そんな危険な賭けをするはずがないだろう。

「そう、……びっくりした」

青い瞳を瞬きさせるヴェスナ。
俺は嫌な意味で高まる心拍数を悟られないよう、いつも通りを装って笑う。

「俺と君は友達、だろ。その領域を侵すような事はしないよ」
「そうよね……」

彼女は安心したように息をひとつ落とした。
安心したという事をそのまま言葉にしなかっただけ、救いか。

「あ、でもね、」

また何かしら爆弾でも投げつけてくるつもりだろうか。
生憎これ以上は、俺の精神が持たなそうだから止めて頂きたい。

「……面と向かって言われたら、ちゃんと考えるわよ」

彼女から吐き出された言葉は、俺にとって救いの言葉だっただろうか。
或いは、死刑宣告にも近かったかもしれない。
“ちゃんと考える”……、その言葉はきっと、彼女の事だから嘘偽りなんてないのだろうが。
イエスかノーの選択肢に置き換えた時、彼女がどちらを選ぶのかはとても分かったものじゃない。

「……ヴェスナ……、……ヴェスナ!」
「ん?」

何度でも、言おう。

「……俺はさ!その……っ、君の事が、特別だって……思ってるよ」

俺は彼女に、恋をしている。
ヴェスナ・ラプティスに恋をしている。
年甲斐にもなく、恥ずかしいくらいに、本気の恋だ。
例えば、笑っている仕草だったり。
例えば、拗ねている仕草だったり。
例えば、喜んでいる仕草だったり。
例えば、怒っている仕草だったり。
例えば、悲しんでいる仕草だったり。
彼女の感情ひとつひとつに、俺の感情ひとつひとつが翻弄される。
若者かと呆れたくなるような愚かな恋心を抱えている俺は、一縷の望みにも蜘蛛の糸にも縋っていたいのだ。
結局俺という人間は、欲望に勝てない。
期待には、勝てない。

「ええ、ありがとう。私も貴方は特別よ」

他の誰でもない。
俺は彼女の特別になりたかった。
特別の中の、特別になりたかった。
彼女が言ってくれている俺への特別だなんて、何と滑稽で陳腐で残酷か。
俺と彼女の間には決定的な違いがあり、俺はそれを知りながらも歓喜する事を止められない。
彼女が俺と共に居てくれればいい。
他の男の元へ行かずに俺の隣に居てくれればいい。
そうして、いずれ。
いずれは俺の想いを知ってくれればいいと思う。


誠心スケルツォ
(俺は君を愛しています)
(俺は君に愛されたいのです)


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