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ナイトメアの夜明け


「ハロー、ハロー」という言葉はあまり好きではない。
悪夢のような時間を告げる、夜勤の事を彷彿とさせるから。
今夜のバイトも嫌だなと思いながら、あと数日で終わりだと自分に言い聞かせる。

「ハロー、ハロー!」
「……!」
「夜勤明けね?お疲れ様、ジェレミー!」
「……ああ、ヴェスナ。おはよう」

そして、夜勤が明けてのその帰り道、決まって出会う人がいる。
ヴェスナ・ラプティス……、どうやら地元の新聞記者らしく、そのフレンドリーさと来たら最早図々しさに近く、彼女とは知り合ってまだ数日かそこらだと云うのに、もうずっと前からの知り合いのように錯覚する。

「ねぇ、警備員さん。これからのご予定は?」
「飯でも買って、食べて、帰って寝るよ」
「じゃあ!ご飯奢ってあげるわ!……少しご一緒できない?」

女性に奢ってもらうなんて男性としてはどうなのか、とは思う。
しかし彼女はいつも、人が少なくて美味しいお店へと連れて行ってくれるものだから、すっかり疲れ切った脳ではついつい頷いてしまう。
もっと言えば、彼女はどんな愚痴も黙って聞いてくれるし、そこから会話へと発展させるのが上手だったから、……その、とても話しやすいのだ。
それら全てが新聞記者としての才能なのだとしたら恐れ入る。

「でも、貴方は本当に凄いと思うわよ。最低賃金でよくあんなブラック企業なんかに勤められるわね」

彼女に連れて行かれた早朝からやっている喫茶店には、自分と彼女以外客の姿は見当たらなかった。
しかし、肝心の食事はとても安いし美味しいし、……初めてこの店に連れてきてくれたヴェスナが得意気な表情を浮かべて「いい店でしょ?」と笑ったのを思い出す。

「ああ、うん……。今週の勤務が終わったら、昼勤務にしてもらえないか掛け合うつもり」
「辞めないのね。御立派だわ」

クスクスと笑いながらヴェスナはまだ熱を持っている珈琲を一気に飲み干した。
その光景に苦笑しながら、自分は目の前のバターロールを手に取る。
パンを千切って口の中に放り込みながら、自分はヴェスナの様子を伺う。
彼女は珈琲のおかわりを頼み、自分もと朝食に手をつけ始めた。
この間に自分達の間に会話はなくなる。
そしてその間に、自分はどうしても考えてしまう。
“彼女は果たしてどこまで知っているのだろう?”と。
彼女は自分の仕事として、かつての店で起きた不祥事を探っているというが、それは一体どこまでだ?
今までの会話を通してきて分かったが、彼女は深夜の人形達の様子は知らないようだ。
自分が夜間警備を嫌がるのは、単純にブラックだからだと思っている。
それは確かに間違いないが、その内には人形達に命を狙われているからというのが大きくある。
……まさか、深夜になると人形が動き出すなんて信じてくれないだろうし、もしくは機械人形なのだから動いても不思議はないのではという意見が出るだろうか。
どちらにせよ、自分は人形達が動く事実を彼女には打ち明けないままだ。

「この喫茶店、本当に美味しいわよね」
「え?……ああ、そうだね。よくこんな穴場見つけたもんだよ、仕事関係とか?」
「うーん、仕事といえば仕事だし、仕事じゃないといえば仕事じゃないかも」
「どういうこと?」
「貴方の上司に教えてもらったのよ」

自分の上司、という言葉に思わず彼女の顔を凝視してしまった。
彼女はおかしそうに笑ってから、右手の親指と人差し指と小指を立てて、中指と薬指を折り込んみ、耳元へと当てた。
それは、電話のジェスチャーだ。

「ハロー?ハロー、ハロー!」

悪夢の時間を告げる言葉に自分はげんなりとする。
自分の表情の変化に気付いた彼女は更に可笑しそうに笑うのだ。
自分からしてみれば笑い事でもないのだが、分かってもらえる訳もない。

「うちの店より美味しい食事が摂れるお店を教えてやるからうちの店に構うなよ、ですって」
「あー……構い続けてるようだけど……」
「だって仕事なんだもの。はいそうですって、やめられないわ」
「やっぱ、そうだよな。仕事ってそういうもんなんだよな」

すんなりとやめられたのなら、どんなに開放的だろう。
しかし辞められないのには、辞められない理由があるのだ。
何より働かなければ日々の生活は望めない。
生きる為には仕事をしなければならない。
その仕事が常に生命の危機とは実に皮肉か。

「ヴェスナはいいね。仕事、楽しそうで」
「あら、貴方には私が楽しんでいるように見えるのね」
「違うの?」
「違うといえば違うし、違わないといえば違わないわ」

そこでヴェスナは一旦区切り、再び珈琲を飲み干した。
急かさず頼んだおかわりは、これで3杯目だ。

「私ね、将来の夢って作家だったのよ」
「作家?」
「そう。作家。物語を書くの。私、子供の頃は根暗で退屈で本ばかり読んでるような子供だったのよ。同級生に虐められてたから、友達なんていなくってね」
「……意外だ」
「そう、意外でしょう?こんなに図々しくないし、明るくもフレンドリーでもなかったのよ」

彼女の言葉に、自分は上手く反応ができず、曖昧にだけ笑っておく。
……まさか、図々しいなという自分の印象が彼女に伝わった訳ではあるまい、……そう願う。

「だからずっと作家になりたくて、沢山勉強してきたんだけどね。……何を間違えたか、新聞記者に」
「嫌?」
「いいえ。文章を書く職業に違いはないし、まあいいわって感じ」
「天職だと思うけど」
「ふふっ、ありがとう。どうせ私の記事なんて読んだ事もないでしょうに」
「……何で分かるのさ」
「女の勘よ」

ヴェスナにはとことん敵わないなと思う。
夜勤明けという事もあるけれど、言葉が詰まってしまって上手く出ないのだ。

「でもまあ、確かに子供の頃の夢ではないけれど、今の仕事は今の仕事で楽しんでるのも事実なの。結婚でもしてしまえば、今すぐにでも辞めて創作活動でもしかねない勢いなんだけどね」
「結婚できるといいね」
「そこは自分がもらう、とか言わないの?」
「言ってほしい?」
「お給料的に不安が残るから止めておくわ」
「だと思った……」

ヴェスナの事だからと期待は全くしていないが、かといって落胆しないかといえば、話は別だ。

「オレがもっといいお給料貰えていれば、可能性はあったの?」
「それは否定できないわよね。社会を生きる身として、お金の力は魅力的よ」
「じゃあまずは出世するか辞めるかしないと、か……」

彼女の冗談っぽい会話に乗る為、自分はそんな事を言ってみたが、自分の言葉に自分で落胆する羽目になる。
どちらの選択をしても、自分にとっては絶望的でしかないような気がした。

「……とりあえずは、夜勤を乗り越えて昼勤務になる事ね。私も、貴方の上司にそれとなく伝えてあげるわ」
「ちょっ……!?間違ってもそれ、オレが言ったとか言わないでよ……!?」
「大丈夫、大丈夫。言わないわ。あと……2日?3日?それくらいよね。頑張って」
「……うん」

彼女に、夜間警備のバイトの実態を語れれば、どんなに気が楽になるだろうか。
毎夜の恐怖はひとりで黙って抱え込んでいるには少々重すぎる。
心身共に、崩れていきそうだ。

「ジェレミーと一緒に朝食を摂れるのもあと数日なのね。それはちょっと寂しいわ」
「別の人でも誘ってよ」
「そこは、夜勤が終わっても一緒に食べよう、とか言わないの?」
「言ってほしい?」
「言ってくれたら付き合うわよ」
「……あ、そう」
「奢らなくなるけどね」
「……そりゃあ、ね」

けれど彼女にはこの悪夢を語ることは出来ない。
彼女にはこの悪夢から切り離された存在であって欲しいのだ。
彼女との食事も、会話も、自分が生き残れたのだと密かに歓喜できる瞬間だ。
大事な瞬間に……、悪夢はいらない。
悪夢を告げる言葉も、いらない。

「……あと2日、か」

今夜も深夜12時になれば、悪夢が始まる。
そして6時になれば、ヴェスナとまた、笑い合えるはずだ。


ナイトメアの夜明け
(そして6日間の夜間警備は終わりを告げ、自分は昼勤務へと移ることになった)
(誰もいない誕生日パーティーの警備にて、自分は二度と彼女に会えないのだと悟った)

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