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アリアドネの糸

ファズベアーエンターテイメント社と聞いてまず思い付くのはフレディファズベアーズピザだろうか。
大人も子供も楽しめる夢の国というスローガンを掲げ、家族が安心して楽しめるよう安全性を高めていることが売りのひとつだ。
ピザ屋ではあるけれど、ピザ屋が美味しくないという事でも有名か。
店に行く子供達の目的というのは大抵遊び場と“人形”達だ。
あそこには、子供達の良い遊び相手になる機械人形達がいるものだから。
確か新装開店して、人形達も一新されただとか言っていたが、私はそこまで興味をそそられていなかった。

「ヴェスナ!仕事だ!」
「はーい、何ですか?」
「例のピザ屋、あるだろ?取材行ってこい」
「はいはい、了解でーす」

……何よりも私は、“最近”のフレディファズベアーズピザに、興味が湧かないのだ。
いいや、それでは語弊があるだろうか。
フレディファズベアーズピザ自体は重要なビジネス相手だ。
常に何かしら記事の良いネタを掴ませてくれて、しかし決定的なものは絶対に見せてくれないなんともじれったいビジネスパートナー。
そんなやりとりなど学生同士の甘ったるくて阿呆がするような恋愛だけで十分だし、そもそも絶対的及び決定的な何かが出てきてしまった場合、それはもう、ただのお祭りだ。
うちの新聞社に限った話ではない。
……と、話が逸れた。
興味がないというのはあくまでプライベートでもデリケートな部分な話だ。
よく、「昔は良かった」だなんて過去に縋る者達がいるが、私もそれに近い。
昔のフレディファズベアーズピザの方が私は好きだったのだ。
ピザの味ではない、ピザの味ならば今も昔も変わらず順調に美味しくない。
変わったのは、店の売りである人形。
今あの店で稼働しているのはトイシリーズと呼ばれている外見も愛らしい子供受けするようなデザインの人形だ。
お馴染みのフレディ、チカ、ボニー、フォクシーの名前の頭にトイをつけ、デザインは一新。
今は閉じられているかつての店舗で役目を果たしていた人形はオールドシリーズと呼ばれるようになり、名前と共に過去のものとなった。
私は昔の人形達が大好きで大好きで仕方がなかったのだ。
旧人形達との出会い、もとい“彼”との出会いは身体中に電流が走ったような衝撃だった。
私が初めてフレディファズベアーズピザに足を踏み入れたのは結構昔の事で、それは当然一人ではなくて家族と共にだ。
私は両親や弟妹達と共に、まだ何も問題が起きていなかったあの店へ客として足を運んだ。
その時はまだトイシリーズではなくオールドシリーズ……、もといフレディ達がオリジナルであった時代だ。
そう、“彼”が居てくれた時代だ。
そう、バンドでベースを担当している“彼”が居てくれた時代だ。
『Bonnie』。
それが彼の名前だ。
それが私の初恋の相手の名前だ。

「お姉ちゃん!お姉ちゃん!フレディとね、ボニーとね、チカちゃんがね!」

元気良く人形達の名前を教えてくれる幼い妹の頭を撫でながら私は「はいはい」も軽い返事だけを繰り返していた。
機械仕掛けの人形を理解できない妹とは違い、私は既に子供騙しに騙される年齢ではなかった。
だからこそ、当時の私は人形に対してどこか避けていた部分があるかもしれない。
人形は好きだが、所詮は子供達の物なのだ……と。
その思いもあってか、彼との出会いはより一層衝撃的なものだった。

「お姉ちゃん、ウサギ好きだよね?ウサギはね、ボニーだよ!」

妹に促されるまま、私は顔を上げて人形達を見つめる。
そこで、妹が指を差すのは、私が動物の中では好きだと語っていたウサギの機械人形。

「……っ」

私は言葉を失った。
文字の通りだ。

「……ボニーって、いうの?」
「そうだよ!ボニーだよ!お姉ちゃん、ウサギ、好きだよね?ね?」
「……ええ、大好きよ」

青と紫を混ぜ混んだような色をしたウサギだ。
着ぐるみサイズのそれは、赤色のベースを携えて、恐らくはプログラミングされている通りの演奏をしていた。
赤く濁った瞳は、作り物であると分かっているにも関わらず、ぞくりとした。
特にこれといった派手なものはないし、他のフレディやチカに比べて間抜けな顔をしているのに、私は彼に目を奪われて離す事が出来なかった。
恥ずかしい話、私はいい歳でありながら恋愛のひとつも経験した事がない。
料金に心配されてしまうくらいには浮わついた話が一切なかったのだ。
私自身、異性にも恋愛にも興味がなかったというのもある。
けれどボニーとの出会いが私にもたらした感情は、ああ、名前を付けるとしたら間違いなく“恋”である、確信している。
両親や弟が聞けば、恐らく私を病院に連れ込んでいただろう。
私はボニーへと抱いた感情を身内にも友人にも、誰にも話した事はないが、それは決して“人形に恋をする異常さ”を私が理解していたからではない。
恋など、全てのものに与えられた自由な権利なのだから、その対象が生きているものでなくたって構わないはずだ。
恋を楽しんでいる者では、複数の関係や偏った趣向を持つ者もいるのだから、私がとやかく言われる筋合いはないと……、今でも思っている。
当時、何故私が黙っていたのかと言われれば、後ろめたさがあったからなのではなく、この初めての感情を独り占めしておきたいと思ったからだ。
自分だけの想い。
自分だけが知る想い。
自分だけの為に生まれた想い。
その言葉はどのように表現しようと甘美なものであった。

「ボニー」

彼の名前を呼ぶ私の声は震えている。
その震えと共に心拍数が上昇する。
若干の息苦しさが心地好さにも思えた。
あれから数年が経過した今でも、私はボニーへの想いを“恋”だと確信している。
未だ、恋をしている。
叶う事もない一方通行過ぎた一目惚れだったが、彼への愛しさは膨れ上がるばかりだ。
だから、かつての店が閉じられてしまい、新しいお店ではトイシリーズが稼働するという話を聞いて私はしばらく寝込んだ程だ。
トイシリーズの登場以来、プライベートでフレディファズベアーズピザに関わる事はなくなった。
私のボニーへの想いは冷める事なく、永遠に美化されるものとなった。

「ヴェスナ先輩、お仕事ですか?例のピザ屋って、ファズベアーのですよね」
「ええ、そうよ。貴方、行った事はある?」
「いいえ、プライベートでも仕事でもさっぱり。美味しいですか、ピザ?」
「クッソ不味いわよ?でも、昔よりは今の方がマシだったかしら……?」

フレディファズベアーズピザへと赴く仕度をしていると、後輩に声をかけられる。
軽い雑談の中で出てくるあのピザ屋への感想は、やはりピザが美味しくないという事だ。

「まあ、あそこの売りは人形だし、味なんて関係ないんでしょう、多分」
「あー、なんか可愛くなりましたよね。ボニーとか、特に」
「……そうね、私は昔のボニーが好きだけど」
「先輩ってウサギ好きですもんね。別にトイボニーだって嫌いじゃないでしょ?」
「はいはい、私を取材する暇があるのなら貴方も何かスクープを持ってきなさいな」

そこで丁度仕度を終えた私は、後輩の肩を数回手のひらで叩き、小さなショルダーバックを引っ提げて事務所を出る。
目指すは、フレディファズベアーズピザ。
愛しい愛しい彼のいない、新店舗へと。

「ああ、そういえば……トイボニーはボニーの部品をいくらか使ってるんだったかしら?……それは、何て、羨ましい」

久しぶりに心臓の音が煩くなる。
未だ冷めてくれないこの想いを修正する相手は現れない。
だから私は、今日も機械仕掛けの人形に恋をし続ける。


アリアドネの糸
(細くて細くて今にも切れそうな赤い糸)
(私は其が貴方に繋がっているのだと信じて疑わない)

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