愚者の間奏世界 のコピー | ナノ

攻撃過多論につき防御不足

前回“彼”に逃げられてから、三ヶ月が過ぎようとしている……。
これは、一度ガラムに戻って兵士や傭兵から情報を集めた方がいいだろうか。
そう思ったその数時間後だった。

私が、盗賊に襲われたのは。

「お嬢さん、金目の物を置いていってもらおうか」

ベタベタなセリフをありがとうございます。
そんな思いで私はカードを出して、身構える。

「お嬢ちゃん?そんなカードでどうする気だい?」
「おいおい笑うなよ。健気で可愛いらしいじゃないか。……いや、よく見れば美人だぜ?金目の物以外にも価値はありそうだ」

盗賊達の下品な笑い声を聞きながら、私は天術を使うかどうか迷っていた。
ここは国の外だし、どの町からも離れているから、目撃者に関しては心配ないだろうが……私は天術を扱ってまだ日が浅い。
上手く扱えるか……不安でならない。

「……」

でも、何とかしてこの状況は打破したい。
私は今手にしているカードを除く、懐に入ったままのカードを一枚引いた。
こういうのはもう運命に頼るべきだ。

引いたカードを見てみる。

「はっ……!?」

私の意識はあっという間に目の前の盗賊から引き離される。
私が引いたカードは『道化師』。
“彼”の存在を暗示するカードだった。

ていうか、どこ!?
どこにいるの!?

「おい。何を急に笑い出してんだ?」
「気味の悪い女だな……おい、とりあえず気絶させておこうぜ」

常人であればここで焦るのだろう。
しかし私は“彼”の存在を確認して、気分も機嫌も最高潮だ。

「じゃあお嬢ちゃん、抵抗しないでくれよ」

盗賊の一人が私に近付き、私の手首を取った。
男のナイフが私の首筋に触れた時だった。

「がはっ……!?」

男が口から血を吐き出す。
そして、糸の切れた劇場人形のようにその場に倒れた。
他の仲間の盗賊の、悲鳴に似た声が耳に届くが、何て言ったのかは分からない。
私は、倒れた盗賊の背中に刺された長槍に気をとられていたから……。

「ハ、ハスタ……さんっ?ど、どこにいるんですかっ?」

私は辺りを見回す。
見たらしばらくは忘れられなさそうな目に痛い赤いジャケットが目に入るまで、そう時間はかからなかった……。

「うっひょ〜〜〜獲物発見!」

ヘンテコな声は聞き覚えがある。

「ハスタさん!」

ハスタ・エクステルミは近くの木からだろうか、地面に落ちてきた。
無駄に華麗に着地して、既に死んでいる男の背から槍を抜く。
彼の視線は私に向く事はなく、獲物達に向けられた。

「ユー・アー・マイ・ブレックファースト!食前酒の前の軽いおつまみでありんす!まさしくあんさんたちのお命を食らうのはわっちにとっては朝飯前!それは太陽がまぶしかったからサ!」

い、言っている意味は相変わらず分からないけど、とりあえず私は安堵した。
盗賊も撃退されるし、私はハスタさんに会えたし、今日は運命が私に味方をしているらしい。

「さっきから見てたぜぇ。あー、えっと……リトスさん、じゃない。アホ毛ちゃんだ。アホ毛ちゃんに寄って集って騒ぐお前らにイラつき気味でね。この怒りをどう鎮めようか悩んでたところサ」
「あの、ハスタさん。リトスです。リトスでいいんです」
「さてさて怒りを鎮める為にはどうしたらいいんでしょうか!1、お前らを刺殺。2、お前らを撲殺。3、お前らを圧殺。どれがお好みだい!?」

盗賊達は呆気に取られたようにハスタさんの奇特な振る舞いを見ている。
ハスタさんがにたりと笑う。

「正解はー……4番!『もう面倒なので皆殺しの上、虐殺』、でしたっ」

槍が振るわれる。
その槍が心臓に命中。
また一人、盗賊は息絶えた。
五人いた盗賊達は、あと三人にまで減っていた。

「さあ、このハスタさまの気晴らしの為に潔く死んでくれ」

低音の声が聞こえた直後、私は感嘆の息をもらす事になる。

ハスタさんの槍さばきは鮮やかなものだった。
そういえば、ハスタさんが戦っている姿というのは初めて見たかもしれない。
いつも私が彼を見つける時には、既に何人か死んでいるから……。

ガラムの軍兵からも同業者の傭兵からも殺人鬼と云われているハスタさんだが、戦い方を見て分かった。
理論も何もない。
力でねじ伏せる戦い。
ただ純粋な経験と目的と殺戮願望から来るような、そんな戦い方。
上手く表現出来ない。ひとつ分かるのは、ハスタさんの表情がとても幸福に満ちているという事だ。

「皆殺しかんりょ〜」

返り血をたっぷり浴びたハスタさんは屈託のない笑顔で私に近寄ってきた。

「アホ毛ちゃん、大丈夫かい?」
「リトスですってば……。でも、ありがとうございます。助けてくれたんですよね?」
「ぼくちん正義の味方とやらに憧れているから」

……殺人鬼が何を言っている。
事切れている盗賊達をチラリと見て、私はすぐに目を離した。
あれは酷い状態だ。
口に出すのも躊躇われるが……あえて言うとしたら、しばらくお肉が食べられない感じだ。

「リトスさんってもしかして戦えないの?ダメだなぁー、そんなんで一人旅行とか危険すぎですピョロよ」
「……いえ、戦えるは戦えるんです。ちっちゃい魔物なら楽勝って言える位までには、成長しましたよ」

まぁ、天術を使わないで勝てるレベルの魔物ばかりを相手にいている訳だが。
自分より強いと思ったら、逃げるのが第一だ。

「心配になっちゃいますよ、ハスタくんは。そんな状態のリトスさんが一人旅とか危険すぎて認められない」
「……あの、いえ、いいですか?何で私が旅をしているか知ってます?あなたを追いかけて旅しているんですよ。あなたが待ってくれればいい話なんです」
「えっ、リトスさんって追っかけ?俺のファンだったの?しょうがないなァ、もう。サインでも欲しいのかい?」
「違いますよ!サインなんていらないからカード返して下さい、カード!」
「出たな、カード返してちゃん」

ハスタさんは楽しそうにケラケラ笑って、私の手を掴んだ。

「ハスタさん?」
「やっぱり覚えておいて損はナイヨー、体術。教えたげるから手頃な魔物探しましょうぜ、ハニー?」

そんな血まみれでカッコいい声出されても……。
……いや。違う違う。

「ハスタさんが私にカードを返してくれれば、それで済む話なんですけど!?そしたら私ガラムに戻って平穏な日常に戻るんですが!」
「おっ、みっけみっけ〜」
「聞いてます!?ちょっと、ハスタさんってば!」
「んじゃあ殺りましょーかリトスさん!!」

私はしばらく、ハスタさんと共に魔物狩りをする事になった……。
結果として、防御以外の戦いのイロハを学び、それなりに戦闘にも免疫はついた訳だった。

―――私は、ハスタから戦闘術を習ったと言っても過言ではなかった。

もう結構昔の話で、天術等は自分で研究してみた結果だが。

「……それで、アンジュ?」

私はイリアのような意地悪な笑顔を浮かべて、隣のベッドに腰掛けるアンジュを見た。

「楽しかったですか?」
「うーん……わたしが期待していた話とは、違う、かな」
「大体、何を期待してるんですか」

その問いにはアンジュではなくエルが答えた。

「そりゃあラブやろ、ラブロマンス。リトス姉ちゃんとあのしんどい変態が今までどんな軌跡を歩んで来たのかをやな」
「まずリトスは、カードを取り返す為にハスタさんを追うとか間違ってるわ。普通は、故郷と故郷の仲間の復讐とか仇討ちとかで追いかけるものよ。憎き敵がいつしか恋する殿方に!そんな展開はないの!?」
「アンジュ。どこからツッコんでいいのか分かりません」

まず、宿屋で就寝前にするような話ではない。
ラブもなければ、ロマンスもない。
…………私は。

「もっと何かないの?ラブで愛な話は!」
「え、ええぇ……?」

私は必死に過去の記憶を引っ張り出す。
前世ならいくらでも、砂を吐きそうな話だってあるんだが。
私とハスタの間でって言われると……。

「アンジュ、リトス」
「……キュキュ?どうしました?」
「イリア、震えてる……何でだ?」

私とアンジュとエルは、部屋の隅っこで頭を抱えてうずくまっているイリアを見る。
確かにイリアは震えていた。

「何であの変なやつの話なんかで盛り上がんなきゃならないのよ……あんな殺人鬼の裏話とか聞きたくないってぇの……」

独り言のようなイリアの言葉に私達は苦笑する。
アンジュがポツリと言った。

「……寝ましょうか」
「……はい」
「……ん」
「??」

私達はそれぞれのベッドに戻る事にした。
ベッドに入る寸前、キュキュが私に言う。

「キュキュ、リトスのさきの話聞いて、わかた」
「え?何がです……?」
「リトス、戦い、防御しない。攻撃してばか」
「……そうですね」
「打たれ弱い」
「うぐっ……」

悪気はないんだ。きっと。
私の欠点とか弱点を指摘してるだけなんだ。

「今日も魔物との戦い、戦闘不能、なた」
「……キュキュ。もう寝ましょう。ね?寝ましょう……」
「?はい、わかた」

ため息をついて、私は改めて思う。
元々私とハスタの戦闘形態は違う。
ハスタのように攻撃に一途では、そりゃあ防御が疎かになる訳で……。

リカルドさんかキュキュに護身術でも習おうか。

そう思った。
思っただけで、私はすぐに寝た。

prev / next

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -