愚者の間奏世界 のコピー | ナノ

目は口ほどにものを言う

どうしようもなく退屈で、どうしようもなくつまらない、そんな日常が私は一番好きだし一番穏やかであると思っている。
何の問題もなく、何の障害もなく、それが最も平和と言える状態で私が何よりも望む日々だ。
そうして何事もなく死んで逝けたら幸せだと思う。
ありきたりな物語はめでたしめでたしで終わって、その後の物語は知る術もなく、好き勝手に言って良いのだとしたら、きっとそれなりに幸せできっとそれなりな不幸せな物語を送っていくのだろう、……これも、私の願望か。
しかし、私の物語は既に終わっていて、ならばその後付けされる蛇足などには余計な成分しか含まれないのだろう。
虚無主義である、と誰かは言うだろうか。
どうぞお好きに。
私は現実主義者なのだ。

「リトスちゃん、リトスちゃん!」
「はい」
「好き、好き!!」
「はいはい」
「ああもうリトスちゃんったら!はいは一回でしょお?」
「はい」

平穏を望む私の元には、既に平穏とは正反対の存在がいる。
ハスタ・エクステルミ、何を考えているのか分からない……、分からない人だ。
私と彼を知る人間は、私は彼のことを理解しているだなんて無責任なことを言ってくれるが、私自身は彼のことを理解しているだなんてこれっぽっちも思っていない。
ただ、一緒にいるだけだ。
それだけで、「リトスはハスタのことをわかってるんだね、すごいね」なんて言われてしまっても、私は首を傾げる。
私も、きっと彼の方も、お互いであることが楽なだけなのだ。
下手に干渉もせず、かつ突き放すこともないのだから。
せめて味方側ではあろうという気持ちが大きい。
少なくとも、私はそうだ。
ハスタのことは、ハスタにしか分からない。
彼の感情を私が代弁するなど、なんて傲慢なことか。

「リトスちゃん、好き」
「分かりましたから。何回言うつもりですか?」
「んー、リトスちゃんが理解してくれるまで」
「はっ?」
「リトスちゃんってば本当に照れ屋さんなんだからぁ、いい加減素直になった方が身の為ですぜべいべー!そんなリトスちゃんも大好きなんだけどね!好きー!好きすぎて笑っちゃう」

げらげらと笑うハスタを、私は呆れた目で見つめていた。
何となく目を離さなかったのが間違いだったのだろうか。
ハスタの笑いがピタリと止んで、笑っていたことが嘘のように真顔になった彼と目が合う。
彼の行動に関して解ける人間がいたとしたら、誰か助けてほしい。
彼の表情に関して何らかの意図を察する人間がいたとしたら、教えてほしい。
やはり私には、どうにも理解ができない。

「あの、ちょっと、何なんですか……」

真顔の彼としばし無言で見つめ合っていたが、やがてそれも耐えきれなくなった私は静寂を打ち破る。
早く、解放してもらえないだろうか。
全身に不快な熱が溜まり、嫌な汗が首の裏辺りからじんわりと浮き上がるような感覚……、気持ち悪いとは思わないが、ぞわぞわとする。

「んー?なんでもなぁい!」
「何なんですか……」
「何なんですかって何なんですかー、俺はさっきから君に答えを告げているのに!」

ハスタが再び笑い出す。
それに何故か安心した私は、彼に気付かれないよう、小さく小さく息をついた。
唐突に襲われる息苦しさに、呼吸を意識しながら繰り返す。
下手に意識してしまっているせいか、いつもより近くに自分の呼吸音が聞こえる。

「リトスちゃんは好きって言われるの好きじゃない?愛してるってお寒い言葉の方がお好み?」
「勘弁してくださいよ。どちらも願い下げです」
「人とは愛のない世界じゃ生きていけないんだよ、リトスちゃん。リトスちゃんはなんて悲しい世界で生きてしまっているの」
「どの口が言うんです」
「ハスタさんのお口」
「はい、もういいです」

いつも通りに……、それにしたって相変わらず訳の分からないが、私が知る彼の雰囲気に安心しながら私はそっぽを向いた。
別に、ハスタを視界にいれたくなかったからそうした訳ではない。
ふとした時に見る彼の顔は正直に言って心臓に悪いから、避けたかっただけだ。
先ほどの真顔などは特にそうで、分かりやすい例のようなものだった。
ああいった顔をされると、ハスタという人間が余計に分からなくなってしまう。

「リトス!好き!」
「分かりましたってば」
「一生一緒にいてね?」
「拒否してもここにいるつもりでしょう?」
「ここじゃないって」
「何ですって?」
「リトスちゃんの側だって」
「……っ、……あなたは、」

私は頑なにハスタの方を見ようとはしなかった。
見ていないから何とも言えないが、彼はどうせ笑っている。
そうだと思いたかった。

「リトス、俺は君が好きだよ」

生憎、甘く溶けそうな優しい言葉や声音に揺らぐほど私は阿呆ではない。
退屈で平和なつまらない日々を望む私はそういった刺激とは無縁なのだ。
ハスタはいい加減それを分かってくれてもいい頃ではないだろうか。
私に期待しても無駄だということをだ。
もしくは、分かっていながらやっているのか。
分からない。
解せない。

「リトスちゃんってさぁ」
「はい?」
「本当に複雑だし面倒臭いよね」
「……喧嘩売ってるんですか?」
「あーん怒らないでマイハニー!そんなところも可愛いし俺は好きだけどねっ?」

他人からの視線は慣れないし、理解もできない。

「いい加減リトスちゃんは俺のことを理解してくれるべきだよ」

だのに、彼は何て残酷なことを言うのか。

「俺はリトスと違って複雑じゃないし、面倒臭くないよ。リトスが思うよりもずっとずっと単純なんだよ、ね?」
「分かりません、そんなの」
「分かってよ」
「分かりたくありません」

ありきたりな幸せでいいのだ。
ありきたりな不幸せでいいのだ。
平々凡々な人生を送れれば、私はそれ以上に望むものなんてなかった。

「なぁー、リトス?こっち見て?」

しかしこの人と一緒にいることになってしまった時点で、あるいはこの人と出会ってしまった時点で、私のそんな望みは叶えられるはずがなかったのかもしれない。
ああ、何て残酷な。
世界は果たして私に優しかったことがあるだろうか?

「……」

おそるおそる、私はハスタの方へと顔を向けた。
血溜まりのように濁った赤色の瞳と目が合う。
普段は光なんて差していないようなそんな瞳が、私の姿を捉えると陽に照らされたガラス玉のようにキラキラと輝く。
それを見て、私はまた全身に熱を溜め込んでいく。
何度味わっても、この温度には慣れそうにない。

「ちゃんとこっち見たー、いい子いい子」
「何です、子供扱いですか」
「ハスタお兄さんの方が実際年上だしぃ?」
「ああ……そうでしたっけ……」
「そうですーっ、だからどうしようもないリトスちゃんをリードするのも俺なんだよー」

ハスタは口元の笑みを歪めている。
私は彼から目をそらせずに、彼からの言葉を待った。

「リトス、好きだから俺とずっと一緒にいてね?結婚はいつしようか?」
「……死刑宣告じゃないですか、それ」

物語が終わっても物語が続いていくなんて、一体誰が決めたのだろう。
そんなものは書き手の自己満足で自分勝手にしかならない。
しかしこの目の前にいる狂人は、無理矢理にでも延長線を引っ張り、作り上げるのだ。
そして私はどうしようもなく、ささやかな望みすらもきっと、打ち砕かれていくだけ。


目は口ほどにものを言う
(彼は私を複雑だと言いますが、)
(彼に見つめられた私は実に単純に出来上がっています)


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