愚者の間奏世界 のコピー | ナノ

あたたかいもの



あまり自分で料理をするという事はなかったから、誰かが私の作ったものを食べてくれるという事柄が、何故か妙に新鮮だった。

「美味しいですか?」
「うん……?うん、美味しいよ」

私の手料理を食べながら、笑顔で美味しいと言ってくれたルカ・ミルダが嘘をついている様子ではなくって、お世辞でも何でもない事に思わず頬が緩む。
両親にアップルパイを作ってとせがまれる事ならばあったが、食事を作れとは言われた事がなかった。
だから、自分の料理の腕もよく分からないままだったが、彼の様子を見るとそんなに悪い訳ではなかったようだ。
素直に安心した。

「リトスって料理上手だったんだね、ちょっと意外だったよ」
「それ、どういう意味ですか」
「いや……その……、リトスって、不器用だから」

躊躇いがちに、遠慮がちに、しかしルカは存外はっきりと物を言う。
それにしても、私が不器用……というには少々語弊があるんじゃないだろうか。
ある一点で秀れば、ある一点で劣るだけだ。
妙な違いしか、そこにはない。

「……美味しいのなら、それでいいでしょう?」
「うん、そうだね」

ルカはくすくすと笑いながら食事を進めていく。
私はそれを眺めて、やはり彼のことを微笑ましく思う程度。
もし弟がいたらこんな風なのだろうかと考えてみるが、私の弟だとしたらここまで弱気でもないし優秀でもないだろうと馬鹿なことを考えるのを止めた。

「リトス、今度はチーズスープ作ってよ」
「絶対に嫌です」
「……拒否が早い」
「だって私チーズが嫌いですもん」
「チーズとチーズスープは違うと思うけどなぁ」
「私からしてみれば同じなんですよ」

私は面倒くさいけれど、実に簡単に出来上がっている。
自分の好きなもの以外なんてまともに作り上げられるはずがないのだ。
ましてや嫌いなものを扱うとなれば、上手くできる訳もない。
よって彼の好物など私が作れるはずがなくて、そういうのはどうぞ他の人に任せていきたい。

「リトスの作ったチーズスープ飲みたかったなぁ……」
「あなた、チーズスープ評論でもするつもりですか?誰のチーズスープが一番美味しいかとか」
「別にそういうのじゃないよ!ただ……」
「ただ?」
「リトスが一番母さんの味に近いかもって思っただけなんだ」

申し訳なさそうに言ったルカに、私はなんて言えば良いのか分からなくなった。
いつもならぽんぽんと出てくる当たり障りのない言葉でさえ出て来なかった。

「……家が恋しいですか」

ようやく出てきたと思えばそんな言葉で、自分で発した言葉のくせに当たり前だろうと嫌悪感を示したくなった。
元々は良家のお坊ちゃんだったくせに、突然異能者になって故郷を離れて、戦争じみた事に巻き込まれて。
不幸な少年だなと改めて思ってしまう。
いや、運がなかっただけだろうか。

「……まあ、でも、旅に出るって決めたのは僕だから」
「潔い事で」
「全部終わったら、家にだって帰れるはずだしね」
「そうですね」

それまでは家庭の温もりも味も捨てるしかないだろう。
「母さんの味に近いかも」と言われて、ルカの要望を叶えてあげる程、私は生易しくないし、甘くなかった。

「ま……大丈夫でしょう。いつかは必ず家に帰れますから」
「それ、リトスの占い?」
「そうですよ。ないよりは頼りになるでしょう?」
「……うん」

もちろん、占ってみせた訳ではないから、気休め程度の言葉にしかならないかもしれない。
実際ルカはどことなく居心地を悪そうにしていて、でも、その綺麗な瞳に涙を溜めなくなっただけ、大きな進歩なのかもしれない。

「申し訳ないですけど、お家に帰れるまでは私や他の人の料理で我慢してくださいね」
「それはそれで、贅沢なんだろうね」
「どれだけおだてられてもチーズスープは作る気にはなりませんけどね」
「……残念だなぁ」

しかし、「それでもいいや」と彼は零す。

「リトスの作る料理はみんな美味しいから、僕の好きなものじゃなくたって喜んで食べるよ」

そんな誑かし男の常套手段であるような言葉もルカが言えば何ともいえない無垢さにこちらがどうしようもなくなった。
落ちた訳ではない、落ちるつもりもない。
ただ、絆されただけだ。


あたたかいもの
(彼は私の弟ではないし、それに類似した存在でもない)
(では、尽くしたいと血迷うこの愛着は何と云うものだろうか)

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