愚者の間奏世界 のコピー | ナノ

まるで見えない鎖



「歩くのが早い」と年上の聖女や年下の勝ち気な少女に言われてしまう事が旅をしていた頃、少なからずあった。
自分ではそんなに意識をしたことがなかったけれど、意識してみると本当に速くて、その事をただ純粋に驚いてしまった。
それがどうした、という訳ではないのだけれど。
何かがまた突っかかるような気がして、私はしばらくの間は歩くことにすら意識しすぎて疲れていたものだ。
今では気にしていた事が嘘のように、まるで普通だ。
にもかかわらず、何故急にこんな事を思い出してしまったのかというと、恋人の急な行動のせいである。

「リトスっ」
「……ハスタ?」

いつものように町の中を何をするでもなく歩いていると、不意にハスタに手を掴まれた。
彼の手に強く握りしめられた私の手。
どんな意図があるのかは分からないが、この状況が端から見れば手を繋いでいるという姿に見えなくもないだろう。
実際、私はハスタが手を繋ぎたいのだと思ったし、その推測はあながち間違ってもいなかった。

「どうかしました?」
「んーん。手繋ぎたかっただけー」
「……そうですか」

至極単純な理由に、特に拒絶をする気にもならなかった。
だが、どうしても何かが引っかかってしまって「手を繋ぎたい」だなんて単純で可愛らしい理由以外に何かあるのでは……と勘ぐってしまうのも―――私の悪い癖なのだろうか?

「……珍しいですね?」
「んあ?」
「ハスタが手を繋ぎたいだなんて言うの」
「リトスちゃんが言うより不思議じゃありませんけどな」
「……そうですね」

別に私が言いたいのはそうではなくて。
ハスタが求めるのは、もっと内面的で執拗的で粘着質であり癒着した繋がりだとばかり思っていたし、実際に、そういった面がある。
だから、妙な勘ぐりを入れてしまっても仕方がないと思う。
ハスタ・エクステルミというのはこう見えて賢くて、想像した以上に狡猾で、様々な意味で常人には理解の出来ない男だ。

「あ、でもでも、先に手を繋ぎたいって言ったのはリトスちゃんだったね」
「……私そんなこと言ってないですけど」
「え。忘れたフリ?結構ショックだなぁ」
「いや、本気で分からないんですけど」

私がそういった繋がりを求めない事が分かっていたとしたら、ハスタのこの態度は非常に意地くそが悪いかもしれないが、彼は若干、割と、まあそれなりに、落ち込んでいる表情を浮かべていた。

「……ええと。前世まで遡ります?その話は」
「リトスちゃんってほんと時々バカになるよねぇ?“リトスちゃん”って言ってんのに何で前世まで遡んの?」
「……腹立ちますよ、その言い方」

私は私なりに真剣に考えていたのに。
喜んで良いのか虚しくなれば良いのか分からない発言に私は顔をしかめてしまう。

「ヒントほしい?」
「もう答えを言えばいいじゃないですか」
「それじゃあつまらないでしょ?」
「つまるつまらないの問題じゃないでしょう……」
「ではハスタくんヒントのお時間でーす!」

まったくこちらの話を聞いてくれない身勝手さにはため息しか出ないが、むざむざと切り捨てる事ができるほど、私もこの人を軽く捉えてはいなかった。
そして何より、底抜けた明るさを纏いながら「ヒント」だとか言いいながら、繋いだ手を握る力を強めたという行為に、思いもよらず胸の高鳴りを感じてしまった。
母性本能をくすぐられるとは、こういう事だろうか?……いや、何か違う気がする。

「―――黎明の塔でさぁ」

そうもこうも思っている内に、ハスタからはヒントというものが出されていた。
そして彼の出した言葉に、私は言葉が詰まってしまう。
何故そんな言葉を出したのか。
こう……何がどうだ、という明確な言葉など出てこないのだが、黎明の塔での事は話題にすら出さず、避けてきた。
意図的にしろ、無意識にしろ。

「リトス、あの美人さんが言ってたこと、覚えてる?」
「まず美人って誰のことですか」
「美人なお兄さんのことかなぁ」
「……ああ」

私たちとは別の空気感を持っていたくせに、私たちの魂にはさり気なく、しかし密接に関わってきていた“魂の救済者”さん―――あの清々しいくらいの腹立たしい笑みが脳裏に浮かんで慌てて消去を試みた。

「彼、何か言ってましたっけ?」
「“近くにいてくれれば、それでいいよ。共に在る事が魔槍や迷子にとっての救い”」
「……あ」
「俺らの魂は複雑だから、側にいればいるほど、同調するんでしょ?」

確かにそんな事を言っていた。
普段はそんなに思うほど考えることでもないが、そう言われてしまうと、よく覚えているのだと思い知らされた。

「あの時リトスちゃん、俺と手を繋ぎたいってー」
「何にやにやしてるんです、気持ち悪い……そもそも手を繋ぐということだって、必要だったからでしょうが」

そうだ、あくまで必要な事だったから彼と手を繋ぐ事を望んだだけだ。
さも私が繋ぎたかったかのように言うのはやめてもらいたい。

「あなたが繋ぎたいだけでしょう?」
「うん、それもある」

少々ムキになって私が吐いた言葉に、彼は何でもないように答えた。
これでは、私が異様に子供じみているようではないか……。

「あと、リトスちゃんって歩くの普通の女の子より早いしさー。なんかそのままにしてたらどこか行っちゃいそうでしょ。俺の前からいなくならないように、オレの前から消えないように、おれから逃げられないように、繋いでおきたいって思うのは普通じゃないの」

不気味な程、真っ白な笑顔。
狂っているくせに、何が“普通”だと云うのか。

「……“普通の女の子”って。あなた、私以外の女性と歩いたことでもあるんですか?」
「……」
「何黙ってるんです、気持ち悪い」
「んーん!リトスが嫉妬してくれたのかなって思ったら嬉しくなった」
「馬鹿じゃないんですか」
「照れ隠しですね、分かります」

戯れ言ばかりを吐く彼から離れようとしたが、手を握りしめられているせいで、それは叶わなかった。
逃げられない。
わざわざ逃げる事もしないけれど。
直感的にそう思って、何とも言えない気分になった。
少なくともそれは喜びだとか悲しみだとか、そんな安直なものではなくって。

「……のんびり歩いてたら、道に迷う事もなさそうですね」

むしろ落ち着かない、複雑な迷路に入り込んでしまったにも関わらず悠長に散歩でもしているみたいな。
少なくともこの人に繋がれている限りは私は生き急ぐが如く先へ先へは進まないと感じた。


まるで見えない鎖
(手を繋ぐだけでこんなにも愚かしく考える)
(それも、近くなって同調した魂のせいにした)

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