愚者の間奏世界 のコピー | ナノ

誓約



言葉には不思議な力があるとか言うが、それは声に表したものではなく、書き記したものであっても同様である。本などはその最たる例であって、心を動かす物があるのだって事実だろう。
手紙とかいうものも、そうだ。
言葉を声にするのが下手な人間からしてみれば手紙は一種の救いであり、素直になる為の道具みたいなものだ。近くにいようが遠く離れていようが。距離などは関係なしに役立ってくれる。

「私、今まで恋文とかいうものを馬鹿にしていたんですよ。でも最近思ったんですけど、案外いいものなのかもしれませんね」

いつも通りの朝。
朝食のスクランブルエッグをトーストの上に少々雑に乗せながら私は目の前の男に何でもないように呟いた。
男は私の言葉に驚いたのか、あんぐりとだらしなく口を開き、私を見つめる。何か悪いものでも食べた?とでも言いたげな視線を向けられていて、ムッとしてしまう。
確かに、私らしくはないのかもしれない。それは認めよう。言葉の通りに、私は恋文を馬鹿にしていたのだし、何だったら手紙で想いを伝えるという事も、虚構の世界でしか認められずにいた。現実しようものなら寒気がする、だなんて。

「何て顔をしてるんです、あなたは」
「だって、リトスちゃんがらしくないこと言うからさ。ハスタさんビックリしちゃったな」

男、ハスタはふざけた言動をしつつ、本気で吃驚していたようで、乾いた笑いを起こしながら手元のフォークをくるくると弄ぶ。
どうやらそれなりに動揺しているらしい。

「まあ、らしくはないですけどね」
「リトスちゃんもしかして、オレにラブレターでも書いてほしいのかな?」
「ああ……なるほど。そうなんですかね」
「はぇ?」
「あなたに恋文でも書いてもらいたいのかもしれません、私」
「え……」
「だから、何て顔してるんですか、あなたは」
「だ、だって、リトス」

おもむろに、ハスタの手のひらが私の額から頬から、首筋まで触れられる。彼の手は生暖かく、ああ生き物なんだなあと当たり前のことをどこか遠い場所で思った。

「熱、ない」
「ないですよ、むしろ何であると思ったんです」

いや、それは日頃の私の行いのせいか。
愛してるなど言われれば嫌そうに顔を歪め、抱きしめられれば冷ややな視線を向けてやる。
そんなことが常な私だ。だから、恋文を書いてほしいなんて御乱心だと思われたのだろう。失礼な、とは思うが、しかし仕方がない。

「……えっと、あの、いいですか?理由付けしても」
「むしろ聞かせてもらいたいくらいだよね」
「じゃあ言いますね」

理由、だなんてそんなの一言で表せられるものだった。
しかし、一言で終わらせてしまうのには私の性質上許せない。照れ隠しかって?煩い。

「……私たち、告白という告白をしなかったでしょう?だからなのかもしれないけど、妙に自覚がないというか。今までのこと全て、前世の繋がりがあってこそだったし……、私とあなたは、お互いが居場所でお互いでしか理解し合えないように“出来上がって”しまっていたから……だから」

恋人だとか云われてしまっても、それらしさなど無いし、分からないのだ。
特に一緒にここで暮らすようになってからは、意外かもしれないが接吻などの恋人同士がするような行為など一切していない。ハスタは言葉と温もりさえあれば、リトス・イディオという存在さえあれば、満足な様子だったから。

「証拠を下さい。未来に残せる証拠」

自分で放ったその言葉に、顔が火照るのが分かる。
どうして私はここまで必死になっているのだろう。
今となっては殆ど関係がない前世がそうさせるのだろうか?
もう、彼を失いたくないなんて。
私が私らしいことを言っていないのは分かっている。私自身が驚き、体温が上昇する。彼はどんな反応だろうかと、見てみれば。

「う」

私は口元を引きつらせる。
ハスタは非常に愉快そうに笑みながら、私を見ていた。真っ直ぐな視線に、穴が空きそうになる。

「ちょっと、見ないで下さい見ないで下さいっ」
「だってぇーリトスちゃんの反応が珍しいからぁー」

だから、嬉しい……、ハスタはそう言った。

「リトスが望むなら、ちゃーんと書いてあげる。リトスだけへのラブレター」
「……気が向いた時でいいですから」
「ううん。明日。明日までに、書いて……それで……こっからは、サプラーイズ!」

舞台のようにクルクル変わる彼の表情や声音に、私は絆されていくのを感じる。
ハスタのこういうところを、どうしようもなく愛おしいと思う。
ずっと一緒にいたいとも。

「……期待しないで待ってますからね」
「ばっちり期待してよハニー!ダーリン頑張る!」

そして彼も、また同じであると。
私は後日彼からの恋文で知ることになる。


誓約
(ずっと一緒にいたいとお互いに思っているのだから、)
(それなら最期まで、ずっとずっと一緒にいよう)

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