ただの恋愛嫌いを馬鹿馬鹿しくも恋愛アレルギーだなんて云ってみて。
それから仲の良い人間からは当然その話題でからかわれることもあって。
こちらは冗談ではなく、本気で言っているのに。
別に、私は恋愛というものを否定している訳じゃないのだ。
これは何度だって口うるさく言ってやろう。
世の中のカップルが、私の目の前でどれだけイチャつこうとも、私はそれを決して咎めるつもりなどない。
対象が自分になるのが嫌なだけ。
恋愛小説や恋愛映画くらいなら普通に読めるし見れる……、まあ、好き好んで触れたりなどしないけれど。
「あー、うんうん。リトスちゃんが甘ったるいご関係のが苦手でお嫌いなのはユーレーでも分かってますよぉ」
私が自宅のリビングでムスッとしていれば、頭上から同居人の声が聞こえた。
その声こそ妙に甘ったるくて、私は顰めっ面になりかけるのだが、その同居人の彼は“幽霊”だから、なんかもう、色々と諦めている。
「……ハスタさんって、生前彼女とかいました?」
「そんなこと訊いてどうするのぉ?嫉妬?嫉妬してるのリトスちゃん?わー超かーわーいーいー、心配せずともハスタさんリトスちゃん意外に興味ないよ?ていうか生前のことなんか何も覚えてないし」
「……塩まきますか、塩」
幽霊との同居生活も慣れてしまえばもはや苦にもならないのだけれど、不便は当然ある。むしろ不便は多い。
現に今の私の悩みは大きくはないが、この幽霊男がいるせいで小さくもない。
「……ああ、どうしたものか……」
「リトスちゃん、今晩の夕飯で悩んでる?ならピッツァにしようぜっ!おれちゃん食べられないけど!」
「そんなちゃっちな悩み、あいにく抱えていませんよ!そうじゃなくて……、これの処遇に困っているだけです」
そして私はテーブルの上にコトンと悩みの根源ともいうべき品を置いた。
文庫本よりもひとまわりふたまわりほど大きなプラスチックのパッケージ。
描かれているのは、とても表に出ておおっぴらにできるものではないようなイラストというか、なんというか。
「これって……ゲームのパッケージ?へぇー、リトスちゃんゲームするの?」
「ゲームは、まあ……パズルものとか、落ちゲーくらいなら……、たしなむ程度に……」
「じゃあこれも、パズルゲー?」
「どこにとりあえずひたすら美形男子を並べてみた的なパッケージイラストのパズルゲームがあるんです」
いや、もしかしたらあるのかもしれないけれど。
それはなんだか趣旨がパズルとはずれてしまう気がする。
そして今の問題はそこではない。
この、とりあえずキラキラ美形男子をたくさん並べてみましたなイラストが描かれたゲームの処遇。
私をひたすらに困らせているのは、このゲームだ。
「乙女ゲーム、とかいうんですか?こういうの」
所謂、恋愛シミュレーションゲーム。
一生縁もゆかりもなければ、触れようとも思わなかった類いのゲームで、すごく、やりたくない。
私はやりたくないのだが、ハスタさんは何を勘違いしているのか幽霊でも見たような顔で私を見る。幽霊はそっちだ。
「リトス……彼氏できないからって、二次元でいいの……?」
「何でリアルなトーンで引いてるんですか!?断っておきますけど、私の物じゃないですからね!?チトセが押し付けてきたんですっ!!」
「あめちゃん、こんなのやるの?」
……あめちゃん……、チトセのことを指しているのだろうが、何故あめちゃん……、……千歳飴、ということか?
「……ええと……、チトセは、その、片想いの相手がいますからね。その人にどうアタックしていいか分からないらしくて、研究材料にこういうゲームをやるそう……ですよ?」
自分の幼馴染みのこととはいえ、こういう風に言葉にして説明をしてみると妙に気恥ずかしくなるのは何故だろうか。
気にしたら負けなのだろうか。
「“この資料はあまり役に立たなかったからリトスにあげるわ。やってみれば、もしかしたら恋愛アレルギーも緩和されるかもしれないでしょ”……なんて、随分無責任なことを言ってくれまして」
借りたものではなく貰ったもだから、そのまま売ってしまうことも考えたのだが。
面倒なことに感想を求められてしまった。
その感想すら、チトセの恋愛の参考にされるというのだから心苦しい。
やらなければならないのはほぼ確定で、さっさと終わらせてしまえば楽なんだろうけど、私にやる気は当然ない。
「ひとまずハスタさん、ここから出て行ってくれません?なんか、こういう恋愛ゲームなるものをしている時に覗かれるとか見られるとか、嫌でしょう」
選択式のゲームを人前でやるのは、さすがの私にも羞恥心というものがある。
ついでに言えばやはり私は恋愛アレルギーで、こういうものをやって、ものすごい形相をしてしまった時にそれを誰かに見られたくはない。
それが慣れた同居人相手であっても、だ。
「え、そんなの嫌に決まってるじゃん。リトスちゃん何言ってるの、アホなのバカなの」
「……え?何で私そんな散々なこと言われるんです?」
「とにかく!俺やだよ!ここにいるよ!リトスが俺以外の男とイチャコラするのをしっかりと見届けてやるポン」
「……本気でやめてくださいません?」
ハスタさんみたいな、なんというか現実的とは言えない存在にそう言われると、二次元相手の恋愛とはいえ妙な生々しさを演出されそうで。
もちろん、それは気のせいなのだけれど。
それから私は恋愛ゲームをするか否か、何故かやる気満々なハスタさんといくらかの口論を繰り広げ、結局やる羽目になってしまった。
「リトスちゃんっリトスちゃんっ!まずどいつから攻略する?」
「そんなの説明書に一番最初に書かれてる人に決まってるでしょうが……」
それで合っているのかはよく分からないけれど、分からないからこそとりあえずそれでいい。
そのキャラというのは、容姿端麗、頭脳明晰、周囲の人間からは憧れられ、信頼されている学園内では王子様な立ち位置で……主人公のみには何故かオレ様キャラになるとかかんとか……。
説明だけでもう私はリタイアしたい、させていただきたい。
『俺に何の用だ?前に俺に近付くなっつったのが理解できなかったのか?』
「私だって近付きたくなかったですよ、でもシナリオ上ここに来ちゃったんだから仕方ないじゃないですか」
「リトスちゃん、んなこと言っても画面の相手にゃ伝わりませんぜー。というか、ほら、選択肢で会話してあげないとー」
何故かすごく楽しそうなハスタさん。
確かに画面には選択肢が3つほど現れていて、解答しなければいけないようだ。
「ほらぁ、早くしなよ、リトスちゃん?」
「……私の選びたい選択肢がないんですけど」
「おう?」
「『お話ししたいことが……』『すみません』『用がなければ話しかけてはいけませんか?』……って。何で『帰る』の選択肢がないんですか、帰りましょうよ。こんな主人公以外には猫被った人間と付き合ったっていいことありませんし、こんなこと言われてここから好感度10まで上げられる自信がありませんし、というかこんな態度とっているくせに好感度10でカンストとかどういうことなんですか、軽いんですか、主人公も分かりましょうよ、こんな人と結婚したら絶対苦労しますってば」
何故かそこでハスタさんにため息をつかれてしまい、彼に呆れられたのが個人的に屈辱で、私は大人しくシナリオを進めていくことにした。
「『すみません』と……って、何で謝ったのに怒られるんですか」
「そりゃあ、構ってもらいたいのが男心ってやつでして」
「面倒くさいですね……」
「……リトスちゃん、恋愛アレルギーなのと同時に恋愛下手なんじゃない?」
別に、恋愛が下手と言われたところで痛くも痒くもなんともないが、ハスタさんに言われるのだけは本当に嫌だった。
「……」
というか、幽霊に恋愛が下手だとか言われる筋合いがない。
なので、そこから私は少しだけ本気を出してみた。
とりあえず、主人公にも猫を被らせてみて、相手が喜びそうな選択肢をひたすら選んでいくだけのお仕事。
『卒業だな……、お前に言いたいことがある』
その甲斐あってか。
『お前は永遠に俺の側にいることを許可してやる』
おそらく、もっともいいエンディングにたどり着いた。
思わずハスタさんに向かって、どうですか!なんて胸を張ってみたものの、しかし、何が楽しいのかさっぱり分からなかった。
「クリアしてみたは良いものの……これ、何が楽しいんですか?好きとか愛してるとか本気でさぶいぼ立ったんですけど」
「リトスちゃんたぶん本当に恋愛向いてないんだよ」
「だから何でリアルトーンなガチトーンなんですか!別に恋愛下手でもいいって言ってるじゃないですか恋愛なんかしませんもんっ!」
ゲームのエンドロール中に流れる回収スチルから漂ういちゃこら空気に私はため息をつきたくなる。
自分の恋愛でなければ私はだいぶ寛容だと思ったが、これでは周囲の恋愛にもアレルギーが反応しそうだ、困ったことに。
「いないんですか、不幸なエンド担当のキャラはいないんですかっ……」
「ああ……リトスちゃんって、そういう傾向の……。ん〜、まあ、あるんじゃないの?ぼくちん知らな〜い」
「じゃあ私が納得できるキャラが出てくるまでやってやろうじゃないですか!……なんか、スチルが埋まらないのも気持ち悪いし」
「うわ、出た、コンプ厨〜!リトスちゃん予想以上にめんどくさかった〜!」
「お黙りなさい」
無免疫恋愛
(それから私とハスタさんはもうしばらく恋愛ゲームを続けていたのだけれど)
(それが原因で胸やけがしてきたのは、また別の話)
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