愚者の間奏世界 のコピー | ナノ

いつかの着せ替え人形


アンジュのその発言は唐突なものだった。

「リトスって案外オシャレよね?」
「……え」

その言葉に私は目を丸くする。
そんなことを言われるとは思ってもみなかった。

「ああ、確かに。リトスって性格に合わない服してる」

近くにいたイリアまでそんな事を言う。
どういう事ですか、と問う前にイリアは淡々と答えてくれた。

「現実主義者の占い師。恋愛になんて興味はなくて、機能性重視なあんたがよ?そんなフリフリとか装飾とか付いた服を着るんだなぁっていう」

イリアの言う事は的確で、胸に刺さる事も特になく。
意外とイリアは観察眼があるのだなと感心してしまったくらいだ。
反論する気はない。
何故なら、まったくもってその通りだから。

「そうですね。私の趣味ではないですね、この服」

イリアが言ったように、私は機能性重視だ。
動きやすい服が好きだ、もっとラフな格好をしても良いくらい。

「リトスの趣味じゃない?……じゃあお母様の趣味とか?」
「いやぁ……」

母もどちらかと言えば、機能性重視の人だった。
むしろオシャレをしたら?と投げかけてくるのは父の方。
父も父で、言うだけ言ったら後は放置。
決定権はこちらに委ねてくれていた。

「……この服、選んでもらったものなんです」
「へぇ、誰に?」

イリアは何となしに聞いてくるが、おそらくこの名前はイリアが最も聞きたくないものだろうと私は苦笑する。

「ハスタに」

だから、私も私で何でもないように答えてみるのだが。
その名前を出した瞬間、場の空気が凍り付いたのが分かった。

「……へ、へぇ……そう、ハスタさんに……」
「リトスさ……何だかんだ、やっぱりアイツとデキてるんでしょ……、男の趣味で服着てるとか……」
「意外と乙女だったのね、リトス……安心したわ」
「とりあえずどちらの言う事も全力で否定させていただきますね」

ハスタとはもちろんそんな関係ではない。
ハスタが選んだ服だから、好んで着ている訳でもない。
これには、とても現実的な問題がかかってくる。

「高かったんですよ……」
「えっ?」

そうだ。
とにかく高かった。

「あの人、選ぶだけ選んで買わせたのは私自身ですからね……?そこで買ってくれたのならまだトキメキも……、ない、ですけども。そこはせめてですよね……」
「……いくら?」
「5万ガルド」
「リトス、次アイツに会ったら5万取り返すわよ……」
「……あの人そんな大金持たないでしょうよ」

しかし、改めて考えてみもやはり高い。
確か、私がハスタを追いかけてさほど時間も経っていない頃だ。
金銭的には問題なく、むしろマメな両親の蓄えのおかげで余裕と言っても良く。
そんな中での、マムートでのあの出来事であった。

マムートでハスタを見かけたのは本当に偶然で、逃げる逃げられるなどの考えもなかった当時の私は、さも当然のように彼の名を叫んだ。

「ハスタさんッ!!」
「……あ、アホ毛ちゃんだー」
「リトスですってば!」
「覚えてるってば!」

案外ハスタは逃げないもので、楽しそうにケラケラ笑う。
追いかけられているという自覚がないのか、ハスタ自身から私へと近付いてきた。

「あー、やっぱり」
「……何ですか?」
「リトスさん、服のセンス悪いなぁって。動きやすそうだけど、本来なら死刑レベルにセンス皆無。でもリトスさんだから許してあげちゃう。情状酌量の余地アリ」
「……え?」

何を言われているのか解読する間もなかった。
むしろ、ハスタの言葉を解読しようとした私が間違いであった。

「んじゃ、行こ?」
「ええっ!?」

いきなり手を握られ、引っ張られる。
そのままハスタはずんずんと人の多いマムートの通りを進んでいった。

「センスのないリトスさんの為に、俺が服選んであげる!遠慮せずに俺色に染まるといいぜ、ハニー!」
「い、いやいや……!私、別に服とかこのままでも……!?」
「抵抗したら、ここにいる奴ら、殺しちゃう」

爽やかな笑顔に似合わない、恐ろしいほどの低音。
当然の私は、よくあの状況を耐え抜いたものだと涙が出てくる。
出ないけれど。

「ハスタさん……!いくら何でも唐突すぎます!」
「好きな女の子を自分好みにしたいと思うのは当然と思います!」

意味が分からなかった。
しかし、今だからこそ分かる事として、まともにあの人を構っていた私が悪かったのだ。
そうして、あれよあれよという間に、私はすっかりハスタの着せかえ人形にされていた。
当人は服を選ぶだけ選び、私に脅しをかけてほぼ強制的に購入をさせた。

―――……という。
まあ、それだけの話なのだが。

「癪に障るから着てやりますよね、当然」

私の話を聞いていたアンジュとイリアは何とも言えない顔をしている。
その反応は、たぶん真っ当だ。

「……リトスって、やっぱりハスタさんが関わると残念なのよね」
「どういう意味ですか」
「リトスも大概変人ってことよね」
「聞き捨てならないんですが」
「まあ、リトスの服の謎も解けたし、良しとしましょうか」
「そうねー。暇つぶしにはなったでしょ」

言いたい放題の2人に苦笑を投げかけ、私は深いため息をついた。
現実主義者。
機能性重視の効率重視。
そんな印象を否定する訳ではない。
むしろ、自覚しているのだから何も言わないし言えない。

「……、ただ、イヤじゃないんですよね」

嫌いではない、と言えば良いだろうか。
こういう格好も、別に特別好きという訳じゃないが、嫌いじゃなかった。


いつかの着せかえ人形
(そのあたりのことを、意外とあの人は分かっていたのではないか)
(私は、両耳に付けたイヤリングの重みに薄く微笑んだ)

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