愚者の間奏世界 のコピー | ナノ

アンビバレンス

※夢主裏切り注意



ここ最近、ずっと夢を見る。
悪夢を見ている。
殺される夢。
私ではないけど、“わたし”が殺される。
猛将と聖剣に、殺される。
前世の最期を思い出してから、私はずっとこの夢を見る。
何度も何度も繰り返して、まるで「忘れるな」とでも言うように私に見せつける。
見せつけられる度に私はいやでも植え付けられる。
“わたし”越しの狂った殺意。
『あれ以来』私は、“わたし”との境目が分からなくなっている。
前世にだけは飲み込まれないようにと思っていたのに、まんまと前世に感化されていく。

「……」

いいや。
前世を言い訳にするのは間違っているかもしれない。
そんなものがなくたって、狂気に見初められるキッカケなどいくらでもあった。
狂気に惹かれていく理由も動機も、いくらでもあった。
迷子である以前に、愚かな占い師。
行き先すらも、決まっていないのだ。

「次は、マムートですね」
「美味いものがあるといいな!しかし!」
「……そうだね」

何となくで仲間を続けながら、私は未だ此処に居る。
此処が嫌いな訳ではないけれど、猛将と聖剣の転生者に、“わたし”は殺意を持っている。
歪な愛を孕めて、全て、あの人の為に―――。

「……あの人?……まさか」

前世との境目が分からなくなって私は思わず笑ったが、上手く笑えた訳ではない。
むしろ……、確信に似たものがこみ上げてくる。

「……ハスタ」

ハッとして、慌ててカードを引いた。
束の中から適当に引いたのに、それはまるで、最初から定められているようだった。
『道化師』が嘲う―――。
私は船から、ぼやけた視界の先に見える町を見つめた。

「……まさか、いる?」

あの人が。
あの魔槍の転生者が。
ハスタ・エクステルミが。

「……」

その時、豊穣の女神の転生者に名前を呼ばれた。
そろそろ着くから、降りる準備をしろとの事だ。
……ひとまず、マムートに着いてからの私の行動は決まった。
マムートに着き、特に指示もなく自由行動が与えられたのは幸いだったかもしれない。
それとなく抜け出して、私は足早に向かう。
彼がいる場所を知っていた訳ではない。
ただ、「こっちだよ」と手招いていた。
だから、私は気付けば走っていた。
理由なんて分からない。
理由なんてなかったのかも。
会ってどうするなんて分からない。
会って……、会いたかったのかもしれない。

「ハスタッ!!」

人が栄えるマムートにしては貴重な、人気のない路地裏に彼の姿を見つけた。
ピンク色をした頭に奇抜な服装は、彼以外ではありえない。

「え……、うそ……リトスちゃんッ!?」

私の声に気付いたハスタは私の姿を見ると目を丸くさせた。
何故か、驚いているらしい。
それがどうも演技には見えなくて、私も少しだけ、驚く。
どういう事だ……彼が呼んだ訳ではないのか?

「ハスタ……」
「あー……、はいはい、おっけーおっけー!……引き寄せられたんだ、リトスちゃん」
「は……?」
「お仲間の皆さんよりも、俺を求めてくれてるんだ。照れちゃうなぁ」

人を小馬鹿にしたような態度に私は思わずムッとなるけれど、上手く言い返す事は出来なかった。
否定が出来なかった。
今までは、どんなに迷うような、普通なら迷わないような選択肢でも、とりあえず何もかも否定をしてから、選択するようにしていたのに。
否定すらも、どうでもよくなったのか……。

―――違う。

否定ではない。
肯定だ。
認めてしまったのだ。
理由なんていらなかった。
理由なんて、ない。
ただ、認めた。

「リトスは正しいよ?だって、リトスが本来いるべきなのは、オレの隣……。テュケーたる君が本来側にいるべきなのは、ゲイボルグであるオレの側」

ハスタは笑いながら、私に手を差し伸べた。

「おいで」

その一言で、私はふと我に返る。
流されるままにこの手を取ろうとしてしまったが、この手を取る意味をもう少し考えた方がいい。
これは、『勧誘』……ハスタは私を誘っているのだ。
『こちら側に……、軍においで』と。

「不安?」

不思議な事に、不安かと訊かれればそんな事はまったくない。
むしろ、……むしろも何も、何も感じなかった。
淡々と物事が進んでいるかのように思えて、私は諦観に全てを塗り潰される。

「あなたは……、……私を裏切らないでしょう?……絶対に」

運命が初めから全て決められているとしたら、これも運命なのだろう。
彼らだったら、きっと、認めないだろうが。

「あなたといれば、私は私でいられる……。あなたといれば、私はわたしに壊される事はない」

代わりに、私が私を壊すだけ。
そして、彼が私を壊すだけ。

「マトモな判断なんて、あなたに……“アナタ”に出会った時から出来る訳がなかった」

私はゆっくりと手を浮かばせる。
自分の手をゆっくりと、ハスタの差し伸べられた手の上に重ねる。
これがどういう事を示すのかは、分かっているつもりだ。
ハスタは嬉しそうに笑っている。
私も、なんとなくつられて笑ってしまった。

「いーけないんだー、リトスちゃーん……アイツらのコト、裏切った」
「……やっぱりこれって、裏切りになるんですかね」

彼らは仲間なのだから、当然裏切りになるのだろう。或いは薄情だとか。
ただ、私からしてみれば、……わたしは元々、ゲイボルグと一緒にいた。
だとしたら、今までの事はゲイボルグを裏切っていた訳で、むしろ彼の元へ戻る事こそが……やはり、当然なのだろう。
良心が痛むだとか、誰かが悲しむだとか……少しは罪悪感があると思ったのに、そんなものの欠片もない。
もしくは誰か、誰かが引き止めてくれたのなら―――。

「……リトスッ!?」

―――……ああ。

「スパーダ……?」

……変わらなかった。

「……ハスタッ!?何でテメェが……ッ、リトスッ!!逃げろッ!!」
「……どうして、逃げる必要があります?」
「は?」
「……逃げる必要があるのは、あなたの方だと思うの。ねぇ、デュランダル」

私は懐から取り出したカードを指に挟む。
そしてそれを、何の躊躇いもなく、投げた。
投げたら、刺さった。
刺さったら、血が出た。
血が出て……、スパーダがその場に崩れる。

「は……?なっ……、……リトス……?」

私は手遅れだった……。
それを見抜けなかったあなたも仲間も運が悪かった……私も。

「私は、ほら……魔槍の花嫁だったから。仕方がないと思うんです」

迷子が辿り着くのは、結局は明るい光を放っている方向だ。
それがどんなに狂っていても、歪んでいたとしても、彼の不気味な美しさに勝るものなんてない。

「……ハスタ、行きましょう」
「……えぇ?とどめは……?」
「あなたの後々の楽しみを取っておこうと思って」
「なるほどなぁー。んじゃ、ほっとこうかー」

チラッと、スパーダの方を見る。
譫言のように私の名を呼んでいるが、私がそれに応える事はない。
……血は出ているが、あの程度の傷なら自力で回復が出来るだろう。
“私”からの、せめてもの……。
いいや、何を言ったところで言い訳で弁明。
私にそんなものは必要なかった。

「リトス……どうしてだよ……!!」

離れていく中でも聞こえる、スパーダの掠れた声。

どうして?

……「どうして」なんて、愚者に尋ねるつもりか。

私は笑ってあげた。
“わたし”のように、一片の迷いもなく、愛らしく。

「理由なんて、ないですよ?」

そう言わなければいけない気がした。
今私の手を握るこの人のように、この人の狂気に理由がないと言うのなら。
私のこの静かな狂気にも、行動にも―――理由など、ない。
確かにあるのは、ハスタの手のひらから伝わる異様な温もりだけだった。


アンビバレンス
(善悪の判断など私にはあってないようなものだった)
(それをいちいち考えていたら、いずれわたしに壊されてしまう)
(私がわたしに壊されるくらいならば)
(いっそ彼らや、この人に壊されたいと思った)


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