愚者の間奏世界 のコピー | ナノ

優しさという無関心


考えてみれば、あっという間に私は堕ちていったような気がする。
これが前世の呪縛というものなのだろうか。
抗う事すら出来ずに、私は前世に囚われて迷子になっている。

「前世のせいにすんじゃねーよ、クソ女が」
「……どうも、ゲイボルグ」

毎日のように見る前世の夢も。
白昼夢のような感覚の前世との対話も。
前世の記憶と感情を色濃く思い出した今の私には馴れる程だ。
暗闇の白昼夢で、テュケーではなくゲイボルグに会うのも馴れた。
この魔槍も私だから、彼が出てきたところで驚く事など何もない。

「ご機嫌は、如何でしょうか」
「最悪だな。わざわざ訊くんじゃねェよ。オレが求めてんのはクソガキであって、クソ女じゃない」
「……ええっと、あなたが求める“クソガキ”は、私の魂のテュケーですか?それとも、ハスタの方のテュケーですか?」

私は美しすぎる青い光を見つめながら問う。
ゲイボルグは槍だから表情など見えないし分からないが、その感情が手に取るように分かるのは##NAME2##としての記憶か、それともゲイボルグとしての記憶か―――。

「クソ女が。バルカンの元で一瞬にいた不安定なテュケーも、オレの狂気で狂っちまったテュケーも、全部オレのクソガキだ。オレの求めるクソガキはここにはいねェ」

苛立ち混じりの惚気。
どうするべきなのか、反応に困る。
私の中のゲイボルグは不安定な子供のテュケーと共に在ったマトモな人格を保っているゲイボルグだ。
魔槍と呼ばれる前の彼だからこそ、こうした意志疎通が正常に出来る訳で。
テュケーにとって1番大切な時間と1番大好きなゲイボルグな訳で。
私には、彼と彼女の恋物語を馬鹿に出来ずにいる訳だった。
決して、自分の前世だからと贔屓目に見ているのではない。
馬鹿に出来ないくらい、笑えないだけだ。

「あなたは、テュケーの全てを愛していますよね」
「少し、違う。オレはテュケーだけは愛せた。戦い、血を浴び、肉を裂く以外に心揺さぶられるものは……テュケーしかいなかった。武器に心が揺れるものなんか、戦しかないのにな」

そもそも武器に揺さぶられるような心があるのか。
そんな事を言ってしまいそうになったが、それでは元も子もなくなってしまうので、あえて何も言わない。

「あなたにとっては、不運でしたね。戦う事だけを宿命付けられた存在が、何かを愛してしまうなんて……絶対にハッピーエンドになんかならないのに」

実際、ハッピーエンドにはならなかった。
バッドもメリーバッドも通り越して、デッドエンド。
そうして、現世の私にツケが回っている。

「……」

そんな風に思考を巡らせていた私を、ゲイボルグが笑っている気がした。
この空間で果たしてこちらの思考が向こうに筒抜けなのかは定かではないが、理解しているからこそ笑っているのだと思う。
ただ、馬鹿にしてくるような笑いではない。
同情、のようにも見えるし……ただの苦笑いにも思える。

「他人事みたいにしやがって。このどうしようもない感情に始末を付けんのはテメェらなんだぞ。不運なのはテメェらの方だ」
「……そうですね」

前世のせいでこうなっているのに、他人事なのはどっちだろう……と文句を言ってやる気にもならなかった。
前世の行いは、そのまま私が行った業のようなものだ。
受け入れるしかない。
そもそも前世が混同するようになってしまった最近では、前世を中心に何かを考えるようになり、何が正常なのか判断がつかなくなる時がある。

「……マトモなあなたを見ていると、テュケーの気持ちが分かって、何だか、複雑なんですよね」
「は?」
「恐ろしき、狂気の魔槍……でも自分だけには違う一面を見せてくれる、この優越感……」

覚えがある。
確か、私もハスタに抱いていた感情だ。
周りがいかに殺人鬼と言えど、私にはそんな実感湧かなかった。
それも前世が絡んでいると言ってしまえばそれまでなのだが、でも、本当に複雑だ。

「あなたは優しいですよね、ゲイボルグ」
「……」
「私に、ハスタやテュケーのように“迷え”と言わない」
「……言う必要もねェくらい、テメェは迷ってる」
「ええ、そうです」

でも、それでも2人は私に迷うよう導いてくる。
現に私は迷う。
迷って迷って、どこに行きたいのかも分からない。

「……あなたは優しいから、縋りたくなります」
「……気色悪ぃな!とっとと現実帰れ、クソ女!」

それが本気か照れ隠しかは判断しかねる。
たぶん本気の割合の方が高いだろう。
ゲイボルグは本気でテュケーにしか興味がなく、私は彼にとってテュケーの生まれ変わりでしかない。

「また来ますね」
「来んなボケ」

テュケーの転生者だから、私は彼にまだ好かれている。
テュケーというのが、私とゲイボルグを繋ぐもの。
でなければ、私はただのゲイボルグの転生者だ。
自分の前世にこんな感情を抱くのはなかなかに変なので、ここはテュケーに感謝する。
感謝するが……ああ、やはり複雑なのだ。
ゲイボルグは私をリトスとしては接してくれないから、テュケーの転生者としてとしか見てはいないから。
だから彼は私に「迷え」だなんて言わない。

彼は優しいが、それは私への思いやりではない。

ただ、私がどうでもいいから何も言わないだけだ。

……そんなあなただから、私はテュケーと同じように惹かれていくのでしょう。

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