愚者の間奏世界 のコピー | ナノ

声より姿だ


あのですね。
私、昔の人ってすごいなぁと思うんですよ。
だって、いつでもどこでも連絡がとれていたって訳じゃないんですよ?
今の時代のように、携帯電話で何とかなる訳じゃない。
何とかして連絡を取り合って、会いに行くんです。
それって、それだけですごく深い愛だとは思いませんか?


……


私はティーカップの中の紅茶をじっと見つめながら、一息零す。

「私には真似できませんよ、本当」

前フリでもなんでもなく、私には無理だと断言できてしまう。
その場で連絡をとれるという便利さがあってもなくても、わざわざ何とかして連絡を取り合って今会いに行きます……なんて。
駄目だ、無理だ、寒気がしてきた。

「リトスってよ……イリア並みにロマンスブレイカーだよな」
「リアリスト、と言って下さい」

私と相席をしているスパーダがチョコチップが散りばめられたクッキーを数枚続けて口に放り込んだ。
お行儀が悪い、なんて私はそういうのをあまり気にする方ではないから何も言わないが。

「そのクッキー、美味しいでしょう。ちゃんと味わって食べて下さいね」
「おう。そんなに甘くねェし、オレこういうの好きだわ。どこで買ってきたんだよ?」

私が作ったものだが、それをわざわざ言うのも遠慮してしまう。
「私が作ったんですよ」なんてハートやら星を語尾に付けて男にそんなことを言うだなんて私のプライドのようなものが許さない。
だから適当に「さぁ、何でしょう」と笑いながら誤魔化しておけば、スパーダはアホなので追及などもしなかった。

「ええっと……それで先ほどの話ですが。スパーダはどう思います?いつでもどこでも話せるのと、いつでもどこでも話せないし会えないの」
「普通に考えりゃいつでもどこでも話せる方がいいだろうよ」
「含みのある言い方ですね」
「なんつーか……どっちも贅沢っぽく見えねェ?」
「贅沢、ですか」

私はキョトンとしてしまったが、同時に面白いと思い、ティーカップをソーサーの上に戻してスパーダをじっと見つめる。
ここ最近毎日スパーダは私のお茶会に付き合ってくれているからなのか、スパーダも段々と感性が豊かになっているらしい。
私の接し方に馴れてきただけと言ってしまえばそれまでだが、彼が言うのはいつも私では考えつかないようなロマンチストな事ばかりなので、面白い。

「いつでもどこでも話せんのも会えんのも、いつでもどこでも話せないのも、結局は好きなヤツに関われるじゃんか」

スパーダが言いたいのは、こういう事らしい。
いつでもどこでも話せて会えるのは、説明する間でもなく贅沢で。
いつでもどこでも話せないしなかなか会えないのは、話せた瞬間または会えた瞬間の喜びが前者以上のものらしく、贅沢なのだとか。
何という浪漫主義者なのかと思わず苦笑した。
使い古された恋愛小説のような展開、私には甘過ぎる。

「まっ、どっちにしろあれだな!電話寄越してもいつも留守電になるリトスにゃ電話とかで成る恋愛ってあんまり関係ねェ話だろ!」
「……昨日電話に出なかったのは、謝ったじゃないですか。サイレントマナーにしたままだったんですよ、よくある事じゃあないですか」

携帯電話の着信なんて煩わしいだけだ。
手紙を見てみろ、あの子は静かでただ要件を必死に健気に伝えてきてくれる。

「というか、そもそもなんですけどね。私達、最近は毎日こうして会ってるじゃないですか?要件があるなら今ここで言ってくれると助かるんですが」

私が自分で正論だと思う事を言ってのければ、スパーダは呆れたようにため息を付いた。

「やっぱ分かってねェよな……リトス」
「む……、何なんですか」

するとスパーダは目の端を僅かに赤らめながら、私を睨んだ。
怒っているのではなくて照れているのだというのは、彼は分かりやすいからすぐに分かった。

「好きなヤツの声って、ふとした時に聞きたくなるもんだろ。だから電話したんだよ」

迷いもなく堂々と言ったスパーダに私は頭を抱えたい気分だった。
歯が浮くような台詞なんて、苦手だ。
どうにかなってしまいそうで……。

「毎日会っていて、好きな時に電話して声聞きたいなんて―――あなたはすごく贅沢者なんですね」

毒でも吐いてやろうと思うのだが、上手くいかない。
空振りだと思った瞬間に顔全体が赤くなるのを感じる。

「リトス顔真っ赤」
「うるさいですよ」

スパーダがニヤニヤと笑うものだから、私は今日も携帯電話をサイレントマナーにしておく事に決めた。

電話するくらいなら直接会いに来い。

……そう言えたらどんなに楽だろうと思いながら私は紅茶を啜り、彼と2人だけのお茶会をいつものように過ごしていた。

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