「最近、死んでみたいって思うんです」
ボクとリトスさん以外は皆出かけてしまった宿屋のラウンジ。
目の前の一人用ソファに腰かけるリトスさんに目を向けると、彼女の視線は天井を見ているようだった。
まともな会話を求めているんじゃないなと理解したボクは再び本を開く。そして軽く流しておくことにする。
「自殺願望かい?止めた方がいいのかな」
「あっ、結構です。思っているだけなんで」
彼女は「死ぬ気はないです、あはははは」なんて嘘っぽく笑って、天井から床に視線を変えた。
床に目を向け、手を組んで、更には疲れたようなため息を吐く……。
正直、そんな人が目の前にいられたんでは本に集中できない。
「何かあったの?」
「……いいえ、別に」
微笑む彼女。
微笑みながら、「ただ……」と言葉を紡ぎ出した。
「今ここで死んだら、また転生して……幸せになれるのかなって」
本のページをめくりながら、ボクは彼女の言葉に耳を傾ける。
ちなみに、本の内容はまったく頭に入っていない。
脳内でリピートされるのは死を葛藤する彼女の声だけだ。
死ぬ気はないと言っていても気まぐれな彼女のこと……いつ死ぬか分からない。
彼女に死なれては、ボクの目的は果たされない。
「いつになったら、幸せな結末を得られるんだろう……」
だが。
今ここで彼女に、死ぬという選択肢は与えられない。
彼女には死への執着がない故に、死から見放されている。
死のうとしてみたって、彼女に人間らしさがない限りは死は訪れない。
ボクは、それを知っている。
何がどうなのかは知らないが、ボクの知る知識では彼女が死ぬのは“あるひとつの条件”を果たした時のみだ。少なくともそれは今ではない。だから今死ぬことはない。
リトスさんは震えていて……見るに耐えない、なんとも言えない表情をしている。
肩をすくめて、ボクは本を閉じ、立ち上がった。
「キミは……今どれだけ自分が幸せなのかちゃんと考えるべきだよ」
ボクは自分のマントをリトスさんの頭に被せた。
驚いたリトスさんは大きく跳ねて、ボクの名前を小さく呼んだ。
「あ……あの、それ……どういう意味ですか?」
「言葉の通りだよ。キミは十分幸せなのさ」
傍観者のボクから言わせれば、彼女は魔槍の刺客―――もとい魔槍を見つめすぎているのだ。
どうせ「死んで転生したい」というのは、「魔槍とうまくやり直したい」ということなのだろう。
さすが。
運命の彷徨い子。
彼のために心身共に傷付くのはボクの知っている通りのキミだ。
だけど、リトスさんが彼ばかり見ているのは、なぜか面白くなかった。
もっと周りを見て御覧。
キミには、キミを大事だと言ってくれる仲間がいるじゃない。
キミには、ボクの姿が見えていないの?
何なの?
キミはバカなの?
「……リトスさん、ボクはね、」
「おーい、リトス!帰ったぜー!」
「―――」
ボクの声を消し去るようにスパーダくんの声が宿屋のラウンジに響く。
どうやら買い出しに行っていたメンバーが戻ってきたようだ。
「あっ……スパーダ……みんな。お帰りなさい」
「リトス!喜びなさい!あんたの好きなリンゴ、大量に買ってきてあげたから!」
「リトス、リンゴ!早く食べるんだな、しかし!」
「いや、リトス姉ちゃんに特製アップルパイ作ってもらうって手もあるで?」
仲間たちがリトスさんに寄って、囲んで、話し出す。
ボクの入る隙間はなくなって、やれやれと息をつく。
「ところでリトス……どうして、コンウェイのマント……?」
「えっ?あ……これはコンウェイが何故か……」
「彼女が震えていたからね。寒いのかと思って貸したんだ」
「はいっ?」
戸惑うリトスさんをよそに、ボクはみんなの輪から離れた。
「あの、コンウェイ……」
離れたボクに対して、それでもなお彼女は近付いてきた。
申し訳なさそうに微笑み、ボクへマントを返す。
「私、大丈夫ですから……お返しします」
「そうかい?」
リトスさんから返されたマントを羽織って、ボクは少し残念な気持ちになる。
……ん?どうして、残念な気持ちになるんだ……?
「……あ、そういえば、さっき何て言おうとしたんですか?」
「何のこと?」
「とぼけないで下さい。スパーダ達が帰ってきたその時に何か言いかけたじゃないですか」
「……ああ」
ボクは微笑む。
彼女がそうするように。
「気にしないで」
リトスさんは納得しない。
それでもボクが話すつもりがないと悟ると、諦めてみんなの所に戻った。
「……」
それにしても。
ボクは、彼女に何を言おうとしたんだっけ?
なるほど。
これが、『自分で自分がわからない』ってことか。
興味深いな。
「……リトスさん―――いいや、」
ボクは彼女の方を見る。
彼女は仲間たちと共に、笑い合っている。
それはもう、幸せそうに。
「運命の彷徨い子……じきにボクが救ってあげるよ」
それが“キミ”にとっての救いになるかどうかは。
キミが決めることだ。
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