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さびしい僕らに愛が降る

※トレイ妹設定※

初恋は、生クリームの味がした。
物心がついた時には、わたしは両親や兄に混ざって店の手伝いをしていた。幼いわたしに出来ることといえば近所の商店に買い物に行ったり手の届くものを取ったりすることだけれど。それでも、手伝えるということは嬉しかった。頼りにされることが嬉しかった。何か手伝えばよしよしと兄が頭を撫でてくれて。その瞬間が、堪らなく大好きだった。
トレイにいちゃんは、わたしの自慢の兄だ。カッコよくて、優しくて、でも怒ると怖くて。わたしを含めたたくさんの妹弟たちの面倒をよく見てくれたいいお兄ちゃん。歯磨きだけはちょっと煩い。
自慢の兄を、異性として、ひとりの男性として意識したのはいつだったか。まるでそうなるのが必然だったというかのように、きっとキッカケなんてものはなかったと思う。わたしは視野が狭い。この世で素敵な男性がいるのだとしたら、おとぎ話の王子様がいるのだとしたら、それは兄であると信じて疑わなかった。というか、兄しかいなかった。一番近い男性が、一番素敵な男性。血の繋がりとかそういったものは考えていなかったし、「大きくなったらにいちゃんのお嫁さんになる」が口癖だった。それで、みんな微笑ましそうに笑っていたし、何も気にしたことがなかった。口約束。でも、将来の微かな希望。トレイにいちゃんがわたしの王子様であることを少しも疑ったことなんてなかった。
されども、歳を重ねればそれが幻想であったと嫌でも思い知る。
思い出すだけで頭が痛くなるし、頬は熱を持って赤くなる。幼い頃に戯言を吐き出した時点で、誰か矯正してくれれば良かったのだ。きょうだいとは、結婚できないよと。現実を。叩きつけて欲しかった。

「あのさ、トレイにいちゃん」
「ん、どうした。なまえ」
「今日のケーキって、トレイにいちゃんが作ってくれたんだよね」
「ああ、そうだな。なまえの好きなものを作ったから楽しみにしててくれ」

優しく笑うトレイにいちゃんは、普段よりもかっちりと着込んだ礼服。スマートな姿はそれだけで女性を魅了するだけの力がある。赤の他人であってもわたしはすれ違っただけでトレイにいちゃんに惚れてしまうなと思った。身内贔屓だろうか?それとも、未練だろうか?どうだろう。きょうだいは結婚できないという現実をいつの間にか常識として取り込んでからは、わたしのトレイにいちゃんへの恋心はすぅーとケーキクーラーの上で冷まされていくかのようだったから。

「こうして見ると感慨深いものがあるなぁ。大きくなって」
「にいちゃん、お父さんみたいなこと言ってる……」

わたしの為に用意されたケーキ。わたしのために用意された演出。わたしの為に用意された祝福。わたしの為に用意された衣装は、ドレスは、シフォンケーキのようにふわふわとしていて、生クリームのように真っ白だ。
今日は、わたしの結婚式。
相手は、勿論トレイにいちゃんではない。
共学の魔法学校で出会った、トレイにいちゃんのように優しくて暖かな、誠実な人。
幼少期から実兄に恋心を抱きつつも、いつの間にか矯正されてしまうものだ。タブーを侵さないように。法を犯さないように。清く正しくあれとへんてこな法ばかりを生み出した女王が云うのであれば、それに従うしかない。いつの間にか矯正されて、いつの間にかみんなが望むような普通に当てはめられた。
真っ当な恋に、真っ当な未来。みんなも、兄も、祝福してくれるわたしの世界は、きっと何も間違っちゃいない。相手もとてもいい人なのは事実だし、彼と生涯一緒に居たいと思ったのだって事実だ。

「気持ちは父親だけど、いや、兄だよ。やっぱりこれは兄の気持ちだ」
「妹を送り出す兄の気持ちって?」
「そうだなぁ。めでたいと思うのと同時に悔しい、かな」
「悔しい」
「子供っていうのは父親や母親、その半分の血を受け継いだものだろう?それならきょうだいっていうのは親とも違う血の繋がりの濃さがある。同じ命の濃度を持ってる。同じ体で生まれて、同じ血を持っている、自分の分身みたいじゃないか?」
「けーくんさんの話?」
「ちょっと違う」

くつくつと笑うトレイにいちゃんは、頭を撫でてくれる。しっかりと整えてもらった髪の毛が崩れないように優しく、控えめに。

「自分の一部をごっそり奪われたみたいな気分だ。俺の方がなまえのことを知ってるのに、ってな」

わたしと視線を合わせてくれるように屈んでくれるトレイにいちゃんの顔は、どことなく寂しそうで、静かだ。静かな顔。静かに説教する前の雰囲気に似ているけれど、怒りの対象はわたしではなくて、彼でもなくて、自分自身に向けているようにも思えた。気のせいかもしれない。

「でも、幸せのために旅立つのならそれは祝福するよ。まあ、嫌になったらいつでも戻ってきていいんだぞ?」
「不吉なこと言わないでよ」
「すまん、すまんーーさぁ、そろそろ時間だ。行こうか」

トレイにいちゃんの手のひらが差し出される。
時間。ああ、もう、わたしはクローバー家から切り離されてしまう。今生の別れではないのだけれど、ファミリーネームが変わってしまうのに一抹の寂しさを覚える。
トレイにいちゃんの手を取って、子供の頃は出かける時にはいつもにいちゃんの手を握っていたと思う。腕も組んだ。擬似的な恋人になっていた。と、思う。いつ恋をしたのかも、いつ失恋したのかも分からないけれど。もしかしたら、大人びた兄へのただの憧れだったのかもしれないけど。
それでも。
わたしの為にと作ってくれたウェディングケーキは、初恋の味がした。


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