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脳味噌に鮮やかなジェラート

※not監督生
※3章後

肺に酸素が吸い込む、という感覚は未だに慣れない。しかし人間は、落ち着きたいときに深呼吸をするのだという。口で大きく吸って、大きく吐いてを何度か繰り返し、自分はオンボロ寮の外で落ち葉を箒で払っている少女に声をかける。

「なまえさん!」

なまえ。その名前を声に、音に出すだけで緊張してしまった。らしくない。声は裏返らなかっただろうか。今さら気にしても呼んでしまった事実は変わらず、彼女は律儀にこちらの声に反応して振り返ってくれた。

「アズールさん?こんにちは。ユウちゃんやグリムちゃんに用事ですか?」
「い、いえ。違いますけど。何故ユウさんやグリムさんだと?」
「アトランティカ記念博物館に行ったときに、ユウちゃんと親しげにお話ししていたみたいですから……ふふ、うちの子と仲良くしてくれているのかと」

微笑ましそうにするなまえの様子は、家族の慈愛を彷彿とさせる。みょうじ家は彼女だけの一人娘だと聞いたことがあるが、どうやら家族関係が希薄という噂は本当らしい。彼女は共に暮らしている監督生たちへの思い入れが強い。彼女と友好的な関係を築くためには、彼らを邪険してはいけない……と分かるくらいには。

「ええ、確かにユウさんとはお話しましたけど。その、今日はなまえさんに用件がありまして」
「私ですか?あら、なんでしょう……私で何かお役に立てることが?」
「い、いえ、役に立つこととかではなく!その、」

乾く。渇く。今は人間の姿をしているのだから、干からびることはないはずなのに、喉の奥がやけに乾いて上手く舌が回らなかった。
けれど、このまま何も言わずにそれじゃあと立ち去る訳にはいかない。不審に思われる。というより、ここまで勇気を出してやってきた意味がない。なまえに、用事があってやってきたのだから。

「なまえさん!」
「はい」
「よろしければ、モストロ・ラウンジの新メニューの開発のお手伝いをしていただけませんか?と言っても、既にレシピは出来上がっていて、なまえさんに頼みたいのは味見役なのですが」
「味見役、ですか」

ぱちぱちとココア色の瞳が瞬きする。綺麗な茶色の瞳に見惚れながらも勢いをなくしながらアズールはそうですと相づちを打った。違う。違う。違う。そうではない。心の中で自分を叱咤する。
新メニューの味見役などではなくて、純粋になまえに食べて欲しいと思った料理を作っただけだ。地道に大食堂に通い、偶然を装いなまえと遭遇し、然り気無くなまえの好みをリサーチする。そんな涙ぐましい努力の元に彼女が喜んでくれそうなサンドウィッチを作ったのだ。何故そんな訳のわからない言い訳をしてしまうのか。一言、あなたが喜んでくれるものを渡したくてと言えればよかったのに。

「私でお役に立てるなら、勿論。断ることなんてありませんよ。ですからアズールさん、そんな心配そうな顔をしないでください」
「あっ、ああ!ありがとうございます!なまえさんは本当にお優しい」

なまえは心配そうな顔、といったがこれは己を反省する顔だ。ひとまず彼女をモストロ・ラウンジに誘うことはできたから、一歩前進、といえばその通りだが。
ああ、もう、なんて一筋縄ではいかない。
恋心とは。本当に。
なんて未知だらけで楽しいのだろう!


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