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皮下は宝石

「なまえちゃん、これあげる!」
「え、なあに?」

彗くんの行動が唐突なのはいつものことで、彗くんが私に何かをくれる時も理由があったりなかったり。基本的に深い意味はないことが多い。今回彗くんが差し出して来たのは小洒落た紙に包まれた小さな小さな箱だった。彗くんの手のひらの上にちょこんと乗っかっているくらいには、小さい。彗くんはよくお菓子をくれるが、お菓子にしては小さいなと思う。駄菓子系にしては箱が豪華すぎる。普通の洋菓子和菓子だったとしてもこの大きさの箱に、丁寧な包み紙が施されているところを見ると、そこそこ値が張るものだろうなとは思う。いいや、お菓子だと決まった訳ではないけれど。

「すいくん、これなあに?」
「なまえちゃんを綺麗にしてくれるものだよ」

そう言って笑った彗くんは私の手のひらを取ると、その上に小さな箱を置く。重量感は、少しだけ。箱の中身が空っぽという訳ではなさそうだ。ヒントは私を綺麗にしてくれるものだそうだが。
せっかくヒントをくれたのだから……と思ったものの、答えを考える暇もなく、彗くんはなまえちゃんなまえちゃんと私の肩を揺さぶった。どうやら考えさせるよりもさっさと答えを見てほしいらしい。彗くんの意図を理解した私は「開けてもいい?」と尋ねる。彗くんは待ってましたと言わんばかりに「もちろん!」と首を大きく縦に振る。
彗くんの言葉に甘えて丁重に包まれた紙を丁寧に剥がしていく。小さいからといって豪快にビリビリと破く事はなんとなく躊躇った。見れば見るほど高そうに見えてしまって。緊張でもしているのか、若干手が震える。
そしてたくさんの時間をかけて箱の中から出てきたのは、小さな円形のケースだった。つやつやとした水色の容器は陶器のように触り心地が良く、蓋の部分には花を模ったスワロフスキーがきらきらと輝いている。綺麗な容れ物だ。しかし彗くんは別に容れ物をあげたかった訳ではないだろう。無言のまま、上蓋を取る。容器の中にはクリーム状の何かが入っていた。

「これは」
「リップバームだよ、なまえちゃん」
「リップバーム」

なるほど、すいくんのなまえちゃんを綺麗にしてくれるもの、というヒントは正しい。むしろ答えだ。

「アイドルは当然歌うでしょ。歌ってる時の口元って結構見られてるんだから、ちゃーんとケアしないとね」

彗くんにしてはマトモな意見であり、理由だ。私は彗くんがそこまで私のことを考えてくれたことも、彗くん自身がアイドルとしての観点を語ってくれたことにも感動を覚える。

「あ、ありがとう、すいくん……!これ、大事にする!」
「うんうん、容れ物可愛いでしょー」
「うん、とっても!でも、大丈夫なの?高そう……」
「もうー、せいちゃんへのプレゼントなんだから気にしないでいいんだよっ」

ぷくーと子供のように膨れた彗くんは、そのまま左手の人差し指をリップバームの容器の中へと突っ込む。

「あ、すいくん……!?」

なあに、と。私が制止するよりも早く、彗くんは行動に移していく。にんまりと笑っている彗くんの指先はそのまま私の唇をなぞった。
彗くんの温い指先とリップバームのひんやりとした感覚が合わさって、目の前がくらくらとした。彗くんは丁寧に丁寧に私の上唇と下唇をなぞり、やがてそれが終わると満足そうにいつもと同じ無邪気な笑顔に戻った。まるで、ボクは何もしていませんよ、なんて顔で。

「どう?唇つやつやになった感じがしない?」
「え、う、うーん……なった、かも?」
「ふふ、よかった」

笑顔の彗くんはゆっくりと瞳を開く。細められた瞳には私だけが映っている。私の顔を覗き込んでくる彗くんとの距離は、私がうっかりくしゃみでもしたらキスが出来てしまいそうな距離だった。しかし彗くんは特別気にしていないようにも見える。いいや、気にしているといえば、ある意味気にしているのだろうか。

「ファンはね、ちゃーんと細かいとこまで見てるものなんだよ、なまえちゃん」

今の彗くんには虎視眈々という言葉が、何故かとてもよく似合う。「そういえば」なんて、唐突に放たれた彼の前置きが、何かの予告のように思えて私は思わず身構えようとした。した。過去形だ。

「ん!?」

気がついた時には、彗くんの顔が目の前にあった。いいや、今までだって目の前にあったのだけれど。それ以上に、距離が縮まってしまった。彗くんと私の唇が重なり合っている。これは俗に言う、接吻というやつだ。確かに私がうっかりくしゃみでもしてしまったら唇が重なってしまいそうな距離だとは思っていたが、くしゃみをしたわけでもないのに、キスをしてしまった。彗くんが「そういえば」と言っただけのに。「そういえば」の次にキスが降ってくるなんて、漫画でもドラマでも見たことがない。

「んふふ、なまえちゃん」

永遠にも思えたたった一瞬。顔を離した彗くんはとても満足そうな顔をしており、にまにまというオノマトペがとてもよく似合っていた。私はというと、状況をようやく理解して、顔が噴火したのではないかというくらい熱くなって、赤くなっていた。彗くんの「なまえちゃんまっかっかー」という声がやけに遠くから聞こえたような気がした。


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