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制限時間=殺戮衝動


みょうじという女魔法使いは、ヴァルハラ修道院が嫌いらしい。

「らしい」というのは、あくまでパーシヴァルの予想で、みょうじ本人から聞いた話ではない。
そんなみょうじの性格というのは魔法使いの中では異端で、明るくヘラヘラとしていて能天気。掟破りの救済も堂々やってのける強者で、パーシヴァルはそんな彼女と一緒にいるのが好きだった。子供のような感性で言えば、楽しかった。
気がつけば彼女の後ろを付いて回って、ずっと彼女のことを見ていた。
そして、分かったのだ。
みょうじはヴァルハラ修道院に来ると口数が少なくなる。
黙々と戦い、魔物を倒し、救済する……。
他の同行者の中にもおかしいと思っている者はいた。
ただ、明るさだけが取り柄のような彼女にその違和感を尋ねる者はいなかった。
そこまで踏み出せる者などいなかった。彼女の暗く不透明な過去を無闇に暴くものではない。そう考えてのことだ。

しかし、パーシヴァルには空気を読むという知識がまだ備わっていなかった。

ヴァルハラ修道院での任務が終わった瞬間。
パーシヴァルは口を開いた。

「みょうじは、どうして、ここ、きらい、なの?」
「……おぅ?」

魔物の救済を終えたみょうじは、パーシヴァルに振り返って苦笑いを浮かべた。
何を言っているのかな君は状態。
修道院にはみょうじが救済した元オークの「ニャー」という声が響いて、それから静かになった。
静寂の中、パーシヴァルは首をこくっと傾げて再び問う。

「みょうじ、ここ、きらいだよね?」
「何でそう思うの?」
「だって、ここくると、みょうじ、しゃべらなくなるから」
「おお……そうだったんだ。気が付かなかったよ」

そしてみょうじはヘラッとして笑う。
これは、「これ以上は話しませんよ」という合図のようなものだ。
大抵の者はこの笑顔で食い下がる。
だが、魔物に育てられた男はこんなことでは食い下がらなかった。

「ここで、なにか、あったの?」
「……聞くねぇ、パーシヴァル」

毛先を指で弄びながら、みょうじは修道院の奥へと進んだ。
そこにあるのは、繭に覆われた聖女の像。聖女に寄り添うように在るのは、安楽死を求めた人間の果ての姿。
聖女の像を愛しげに悲しげに見つめるみょうじの口元は歪んでいた。

「ここはね、私が初めて生贄を選択した場所なの」

右腕を押さえつけて、自嘲する。

「魔法使いの試験には不条理なしきたりがあるでしょ?」

参加者の半数が死に至る魔法使いの試験の最終課題を思い出して、みょうじは静かに涙を流す。
試験の最終課題というのは、試験を共にした相棒の命を生贄にすることだ。相棒と殺し合い、生き残った者が敗者を犠牲にすることで、魔法使いとして認められる。
よく考えてみれば、アヴァロンの魔法使いは皆必ず生贄を選択しているのだ。たとえ救済派の者であろうとも。
みょうじは生贄なんて選ばないと思っていたが、彼女だって生贄にしたモノがあったのだ。
たった一度の生贄。
彼女が試験を共にしたかけがえのない相棒。

「みょうじ……つらい?」
「んー……どうかな。生贄にしたって何てことはないってことは分かったから、いい勉強にはなったかも」

みょうじはパーシヴァルを見ることなく、右腕を見つめ続ける。

「……いつでも彼女は、私のココに居てくれるんだ」

みょうじの右腕は、救済を選択し続けたことが分かる聖なる光が放たれている。
しかし、たった一度の生贄行為は、彼女に深い影を落としているらしい。
こういう時、パーシヴァルは何て言っていいのか分からなかった。
だから、思ったことを言うことにした。

「おんなじだね」
「……おっ?」

みょうじは自分の右腕から顔を上げて、パーシヴァルの顔を見て言葉詰まる。
パーシヴァルは満面の笑みで自分を見てくるのだ。
そんな笑顔になれるように話だったか、これ?とみょうじは必死に考えてしまった。

「ボクも、かーさんをいけにえにしたから。つらいの、わかる。みょうじと、おんなじ」
「……」

思わずみょうじは頬を緩ませてしまった。

「そうねー。おんなじ。お揃いだわ」

大切で大事なモノを生贄にした者同士。
みょうじはニミュエへの罪悪感から修道院で胸を痛めながら祈りを捧げる。
パーシヴァルは母親への罪悪感から自らの胸を掻き毟り肉体を傷付ける。
報われも許されもしない生きている者の罪滅ぼし、償いというエゴ……。

「パーシヴァルも一緒に祈る?」
「うん、いっしょ、やる」
「それじゃ、ひとまず胸掻き毟るのやめようか」
「うん?」
「うんって言いながら掻き毟らないのっ」

みょうじは、自分の痛みもパーシヴァルの痛みも消し去ることは出来ないと思っている。
罪悪感を捨てられるほど、人間は単純に出来ていないのだから。

大切を犠牲にした罪悪感ならば、尚更だ。

「みょうじは、いのる、すき?」
「好きっていうか……自己満足」
「なに、それ?」
「祈っていれば私は許されるって思い込んでるの。祈ったって許されないのにさ」

永遠に消えないであろう傷は、ごまかすことでしか痛みを和らげない。

「ズルい女よ、私は」
「そんなことない。みょうじはいいこ」
「……あはっ、ありがと。パーシヴァル」

別の大切なモノを作って、痛みも何もかもを誤魔化す。
この間にも自分はニミュエの魂に迫られているのに。

気付かないフリをして、パーシヴァルの無邪気さに救われたいのだ。

自分が自分でいられる限り―――。


制限時間=殺戮衝動
(救いようのない私に救いの手を……なんて言わないから)
(罪悪感を拒絶する者同士、誤魔化し合いませんか)


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