エナジーニャンパイア


雨のせいでいつもよりも薄暗く灰色がかった街中の隅っこをフェイタンは歩いていた。

仕事のため、クロロが指定した場所へと向かう。今回は一体何を盗むのだろうか。希少価値の高い古書か、曰く付きの美術品か。別に団長が欲しいものならなんでもいい。自分は彼の望むように動くだけだ。

ざあざあと大粒の雨が降る中、愛用の傘をさして建物の隙間を縫うように歩く。すると突然にゃぁ、と小さな影が勢いよく跳躍してフェイタンの肩に飛びついて来た。反射的にそれを手で跳ね除ければ、ベチャッと水気を含んだ音を立てて呆気なく地面に落ちる。水たまりの上に転がる薄汚れた小さな塊。よくよく見てみれば、ちょん、と控えめにとんがった耳と、短めの尻尾が生えている。フェイタンに飛びついたのはまだ生後して間もない子猫だった。

にぃ、とか細く鳴く猫。ガリガリの体を見ればおよそ飼われている猫ではないと予想がつく。大方腹が減って餌を求めてきたんだろう。だが生憎フェイタンは食べ物を持ち合わせていないし、たとえ持っていたとしてもそれを猫なんぞにあげる気はさらさらなかった。貧弱な体とお世辞にも綺麗とは言えない毛並み、こちらを一心に見つめるつぶらな瞳にも全く心は動かされない。

チッ、とフェイタンは舌打ちを一つこぼし、猫によって少し汚れてしまった肩を軽くはたいて再び歩き出した。指定の時間はまだ先だが、こんな所でもたついているわけにはいかない。時間の無駄だ。


数歩歩いた所でうみゃあ、と猫が鳴く声が聞こえた。それと同じタイミングでフェイタンの足も止まる。猫の鳴き声に心を動かされたわけではない。自身の体に違和感を覚えたからだ。…脱力感。そう、精孔を開いた時のような感覚に近い。体からオーラが抜けていく。

背後でうみゃい、うみゃいと猫が鳴いた。先程とは違い、その声には張りがある。

フェイタンが振り返り、ギロリと猫を睨みつけた。多くの人は彼に睨まれたら逃げ出すか失神するものだが、当の猫は呑気にもごもご口を動かしている。その小さすぎる体はオーラを纏っていた。

うみゃあ。猫が満足気に鳴く度にフェイタンのオーラの残量が減っていき、反対に猫のオーラの総量は増えている。それを見たフェイタンはこの不愉快で不可解な現象の原因があの猫にあることを確信した。おそらくこの猫は他人のオーラを吸い取って自分のものにすることができるのだろう。飛びつかれた時に何かされたか。それしか思い当たる節がない。憎らしいことに、先程までの弱々しさは綺麗さっぱり消えている。このクソネコ、調子に乗りやがって。

容赦なくオーラと殺気を飛ばしてやれば、猫の満足気な表情は一転して怯えたものになり、オーラが吸い取られる不快な感覚がフェイタンから消えた。

にゃうぅ、と低い声で猫が鳴いた。不満気な声だ。どうやらあれだけフェイタンからオーラを吸い取ってもまだ足りないらしい。

上目遣いで不満を訴える猫。生意気な目だ。
ぶっ殺してやろうか。そうフェイタンは思ったが程なくしてその案を却下した。殺せないわけではない。ただ、こんなゴミ屑に使う刀が勿体ないと思っただけだ。それに放っておいても勝手に野垂れ死ぬだろう、あんな奴。フンッと鼻を鳴らしたフェイタンは踵を返し、何事も無かったように歩き始めた。

一歩、また一歩と足を動かすフェイタンを、猫はじぃっと見つめ続ける。
その食い入るような視線に自然と眉が寄る。チッと盛大に舌打ちをして足を止めた。

「おい、」

「にゃう…」

「いつまでボサッと突立てるか」


いつまでボサッと突っ立ってるか


この言葉に隠された意味を光の速さで理解した猫は、ぶるりと体を震わせて余分な水分を取ると、勢いよく走り出した。その表情は明るく、ぴちゃぴちゃと肉球が水溜まりを踏む音が薄暗い路地で静かに反響する。フェイタンの足元まで来た猫は、黒くゆったりとした服に爪を引っ掛けて器用に彼の肩によじ登った。肩のあたりが湿っていくのが分かる。どうやら体を震わせたくらいではまだまだ足りなかったらしい。フェイタンが顔をしかめた。

「汚い体で人の肩に乗るなクソネコ」

「にゃあ!」

「お前話理解してるか?肩に乗るな言うてるね」

「にゃ!」

「チッ、次ワタシのオーラ盗んだら殺す」

「にゃあーん!」

分かってますよぅ!とでも言うようにフェイタンの頬にまだ乾ききってない自身の頬を擦り付けた。普段されることのないスキンシップと頬についたべちょっとした感触が忌々しくて、フェイタンは本日四度目の舌打ちをした。目線を右肩にやれば、つぶらな瞳と目が合う。自身の細い目とは全く違う、キラキラと輝くまん丸なそれを見てさらに舌打ちを一つ。
そしてにゃあにゃあと嬉しさを孕んだ鳴き声に舌打ち。クソネコが。少し優しくしたくらいで調子に乗るな。

ゴォーン、と街の時計塔が時間を知らせた。時間まであと一時間、まだ大丈夫だ。この猫に餌をやるくらいの時間は十分ある。そして食べ物を与えたら速攻で殺すか捨てるかしてやろう。そうフェイタンは心に固く誓った。

餌と言えばこいつは、というか世間の猫は一体何を食べるのだろう。そう考えを巡らせてからすぐに、故郷の猫共はゴミでもなんでも口にしていたことを思い出した。そうか、雑食か。そしてここで柄にもなく真剣に考えていたことに気づき、フェイタンはこの短時間で何度目になるか分からない舌打ちをした。なぜこの汚い毛玉のためにわざわざ何かをしてやろうとしているのだろう。自分にも分からない。胸の奥がムカムカする。自己嫌悪で吐きそうだ。あぁ、らしくない。

「にゃあ」

「何ね」

「うみゃあ!」

「うるさい。大人しくするよ」

「にゃん!」

舌打ちと猫の鳴き声がほんのり光が差しこむ路地に響く。


雨はもう上がっていた。

Marker Maker様に提出。
素敵なideaはまみゅう様からお借りしました。