ゆりかごの侵略者

マリア先生に拾われてからだいたい一年の月日が経った。育てられる環境は劣悪だけれど、我ながら超優秀な赤ちゃんだったと思う。泣かないし、我儘言わないし。けれどはっきり言えばこの一年、苦痛でしかないベイビーライフだった。動けなくて暇だし、流暢に喋れないし、何より1人で排泄が出来ないのが辛い。マリア先生ならまだしも、アビやニコルなど、自分より年下の少年(確かに体は彼らの方が大人だけど)に手伝ってもらうのは本当に心にきた。

そしてその結果、どんな羞恥プレイにも耐えられる鋼の心になりました。どんと来い、羞恥プレイ。

大きいザルに汚れたタオルを何枚か敷いたものが私の定位置。寝心地は最悪だが、他の子供達は地べたに雑魚寝なので、それなりに良い待遇なのだろう。基本私は一日中ここに放置されている。
たまに先生におんぶしてもらって外に散歩に出かけることもあるが、辺り一面がゴミなので全く楽しくない。

天井を見れば、所々空いた穴から暗い色の煙が立ち込める空が見える。子供達が帰ってくるまでの長い時間、私の暇つぶしと言えば、この天井のひび割れの数を一つ一つ数えることと、空を見ることしかない。

はぁ、早くみんな帰って来ないかなぁ。

  

さわ

ふと頬に何かが触れたのを感じ、意識が徐々に浮上していく。どうやらヒビの数をカウントしているうちに眠ってしまったみたいだ。

「!?」

目を開けてみれば視界の半分が細く蠢く何かで埋め尽くされている。なんだろう、おそるおそる顔を横に向けると、見たこともない生き物が私と一緒のザルに入っていた。テレビに疎い私でも知ってる。こいつ、アニメ映画の巨匠が手がけた作品に出てたやつだ。腐海に生息してるやつだ!
こうして実際に目にすると途轍もなく気持ち悪い。そもそも虫全般苦手なのに、なんでこんなやつと一緒に昼寝をしなければいけないのだろうか。

なけなしの勇気を振り絞って、ポカッと件の生き物を殴ってみる。早く私の領域から出て行ってほしい。けどやっぱり赤ん坊スペックのパンチでは無理があったようで、中途半端に奴を怒らせてしまっただけに終わった。無数の目が真紅に染まり、足の動きが活発になったのだ。

「ぎゃああああああぁあ!!!」

風の谷のお姫様、あなたを尊敬します。こんなのと仲良く出来るだなんて。私には到底無理です。あぁ、うぉんうぉん言ってこっちに突進してくるよぅ。誰か早く助けて!

「どうしたの?…うわっ何これ!?シロナ、今助けるからね!」

私の叫び声を聞いて様子を見に来たニコルが素早く私を腐海から連れ出してくれた。

「大丈夫?」

あまりの恐怖に数秒間フリーズしていた体が細い体に包まれ、助かったと分かった瞬間、体から力が抜けてどばっと涙がこみ上げてきた。

「う"、う"ぇっ、あああああぁぁん!!!」

「よーしよし怖かったね。もう安心だよ。…ちょっとアビ。君だろ?こんなことしたの」

ニコルと一緒にいたのか、扉のそばにアビが立っていた。

「別にいーだろ?せっかく面白いモンが捨てられてたんだからよー。それに、今日はこいつが来て丁度一年だろ?プレゼンだよプレゼント」

「だからってシロナと一緒のベッドに放置するのはダメだよ。泣いちゃったじゃないか」

「おーおー泣け泣け。こいつ全然泣かなくて気味が悪いと思ってたんだ。今のうちに泣かしとけ」

全く反省していないアビに殺意すら覚える。何がプレゼントだ。こんなの貰って喜ぶ人間はお前と風の谷のお姫様しかいないんだよ。人がせっかく手のかからない赤ちゃん演じてやってるのに、感謝されてもこんなタチの悪い悪戯される筋合いはない!

いつか絶対同じことやってやろう、そう硬く決意した。首洗って待っとけ。