プロローグ

「おぎゃあ!おぎゃあぁぁっ!!」

誰か、誰か助けてえぇ!と言ってるつもりなのに、口から出るのは"おぎゃあ"という赤ちゃん言葉のみ。

あぁ、なんで私赤ちゃんに退化しちゃってんだろう。一体何があったというのか。空があんまりにも綺麗だったから写真を撮ろうとして、その後体に物凄い衝撃が走った所までしか覚えていない。写真に夢中になり過ぎて周りが見えなくなるのは昔からの悪い癖だ。

これは夢の延長線だろうか。それとも私、あれから死んで新たな人生を始めちゃったんだろうか。

いやこんな事を考えている場合じゃない。過程がどうであれ、私は今無力な赤ん坊なのだ。持ち物も自分の上に乗っかっている暗号文が書かれた紙切れと、汚れたうっすいブランケットのみ。早く誰かに拾ってもらわねば死んでしまう!

けれども視界は全部ゴミ、ゴミ、ゴミ!なんてこった、ゴミしかない!!あぁ神様、何故私はこんな場所で赤ん坊をやっているんでしょうか。あなたがやったと言うのなら何故こんな気まぐれを起こしたんですか?

  

おぎゃあ、おぎゃあと腹の底から声を上げる。なぜか?それは勿論誰かに拾ってもらい、養ってもらうためだ。中身は花も恥じらう16歳だけど見た目はこの通り、赤ん坊である。ぷっくりとした小さな手足、おぎゃあとしか叫べない口。これで何が出来ると言うのか。夢だって思いたいけど、肌を刺す鋭い冷たさが夢でないことを証明していた。

このまま誰も来ずに放置されたら死ぬ。確実に。

どれくらい叫び続けただろうか。周りに人が集まって来た。顔や姿はよく見えないけど、結構な人数がいるようだ。
やった!これで誰かに拾って貰えば万事解決!そう思っていたのも束の間、ひそひそと小さな話し声が耳に入ってきた。

「かわいそうにねぇ」

「けどこんなのを養う余裕はねぇな。自分の分だけで精一杯ってのに」

「おい、赤ん坊って食うと美味いって聞いたぞ」

「マジかよ!殺すのは流石に気が引けるから、自然に死ぬまでほっとくか」

…気のせいかな、食べようって聞こえたんだけど。この人達会話が物騒すぎる。
ザッザッと足音が遠のいて行く音が聞こえた。あれ、ちょっと、どこ行くの?
それを訴えるように、さらにボリュームを上げて泣いてみるが全く効果無し。それどころか早歩きの足音にギアチェンジしてるんだけど。

あいつら、赤ん坊見捨てやがった。こんなに泣いてるのに見捨てるなんて、人間に見せかけた悪魔に違いない。きっとそうだ。

「おぎゃああぁぁあ!!」

それから更に時間が経ち、いい加減泣くのがしんどくなってきた。赤ちゃんって泣くのに凄く体力使う。あぁ、赤ちゃんのまま、もう死んじゃうのかなぁ。こんな鼻が曲がるような臭い場所で死ぬのってなんか嫌だ。でももうどうしようもないか。

ぐるぐる頭の中で考えるうちに、頑張って泣くのが馬鹿らしく思えてきた。そっと目を閉じる。神様、次はもっとちゃんとした所に私を置いて。


「こんにちは、可愛い赤ん坊さん。名前は…そう、シロナと言うのね」

心地良い声と共にぐっと身体が一気に持ち上げられる感覚がして思わず目を開けた。目の前に居たのは、蜂蜜色の髪に碧色の瞳、ビスクドールのような顔立ちの、修道服を着た女の人。

「私と一緒に行きましょ」綺麗なピンク色の唇の両端をきゅっと持ち上げてそう言った。その笑顔は正に太陽、メシア、女神、どんな言葉でも言い表せないくらい素敵で、輝いていて、絶望に瀕していた私を一気に希望へと引っ張り上げてくれた。


これが恩人、マリア先生との出会いである。