カレーパニック

ニンジン、じゃがいも、玉ねぎ、肉…、これらの食材を並べられて真っ先に思い浮かぶ料理は何だろう。肉じゃがと思った人、残念。答えはカレーである。

カレーは初めて一人で料理を作ってみようとなった時にパッと思い浮かぶものではないだろうか。実際味付けも全てルーがやってくれるし、材料を水を入れた鍋にぶっ込んで煮込み、ルーを入れて再び煮込むだけで完成する。スパイスを組み合わせる所から始めるとなれば話は別だが、まず失敗しない料理だ。

日の光を反射し鈍く光る鍋の中を覗けば、件の食材達(なんと奇跡的に腐っていない)とカレールー、そして鍋の側にはご丁寧に簡易コンロとガス缶が置いてあった、いや捨ててあった。あと米があれば完璧だったのに。

なぜこの状態で、この組み合わせで捨てられているのか、理由は全くもって分からないが、捨ててあるものはしょうがない。もうこれは私のものだ。簡易コンロとガス缶を鍋に突っ込み、よっこいしょと持ち上げた。今日のご飯はカレーだ。

  

「何これ?」


こてんと首を傾げて尋ねてくるのはシズクちゃん。来た当初はアレだったが、人の名前を忘れることも無くなり、少しずつ口数も多くなってきた。


「カレーの材料だよ。これでカレーを作るの」

「かれー?何それ?」

「うーん、上手く言えないけど、美味しい食べ物だよ。この中の物を使って作るの。一緒に作ってみる?」

こくんと頷くシズクちゃんと一緒にカレー作りが始まった。



「まずはこれでこの食材たちを全部食べやすい大きさに切るの」

「分かった」

以前拾った果物ナイフを渡し、シズクちゃんは玉ねぎを、私はじゃがいもを手に取った。


「…シロナ、」

しばらくお互いの作業にそれぞれ没頭していると、唐突にシズクちゃんに名前を呼ばれた。何事かと思い横を向くと、


「う、うわ、シズクちゃん…」

目に涙をいっぱい溜めるシズクちゃん。どうやら玉ねぎの波動にやられてしまったらしい。

「これ、無性に涙が出てくる。目が開かない」

「玉ねぎはそういう野菜だからね…ってシズクちゃん!?これ皮剥きすぎだよ!!ほぼ何も残ってないじゃん!!」

彼女の手元に残っているのは小さな球体。しかしそれも果物ナイフによってぐちゃぐちゃにされている。シズクちゃんが面白くなさそうにぷぅ、と頬を膨らませた。

「シロナが皮むけって言ったじゃん」

「茶色いやつだけでいいの!…もう、やっぱりあたしがやるからシズクちゃんは水を調達して来て!!」


シズクちゃんに別のミッションを与え、ザクザクと食材を切っていく。本当ならじゃがいもやニンジンなども皮を剥いた方がいいが、めんどくさ…ゲフンゲフン、もったいないのでそのままにした。

シズクちゃんに持ってきてもらった水を鍋に入れ、食材を投入。簡易コンロにガス缶をセットして火をつけた。

「これでしばらく置いといて、ルーを入れたら完成だよ」

「ふーん。..シロナってさ、確か赤ちゃんの時にここに来たんだよね?」

「うん。どうしたの?いきなり」

「いや、あたし達って基本拾ったものそのまま食べるから、料理なんてメンドウな事しないじゃない?それにしては手際良いなって」

じっと私の目を真っ直ぐに見つめられて、思わずドキリとする。ときめきじゃないからギクリとすると言った方がいいかもしれない。シズクちゃんはたまに、ごくたまーにこうして痛い所を突いてくる。絶対言えない、前世では結構料理作ってたんだーとか、言えるわけがない。


「え"っ、いや、それはあの、そう!この前レシピ本とか言うの見つけてそれを読んだから!」

「へー」

ぎこちなく答えてしまったとハラハラするも、シズクちゃんはすぐに興味を無くしたようで、じっと鍋を見つめることに専念し始めた。私のトキメキ返してほしい。


そうやってシズクちゃんと他愛の無い話をしているうちに、具材がいい感じに煮込まれてきた。ぽしょっとルーを投下し、シズクちゃんにおたまを渡した。

「私はお皿とスプーンの代わりになるもの探してくるから、シズクちゃんはこれで中身を掻き混ぜてて。全体が混ざったらここを回して火を切ってね」

「分かった」

  

「ただいまー、あ、二人もいたんだ」

「シロナが変わってることやってるって聞いて、ねぇエシラ?」

「えぇアリス、この中身、なかなか良い塩梅なんじゃないかしら?」

「あたしが混ぜたんだもん、当然だよ」

器とプラスチック製の板(スプーンの代わり)を手に入れて教会に戻ると、物珍しさで集まった双子とドヤ顔のシズクちゃんが迎えてくれた。彼女達の中心に鎮座する鍋からはどこか懐かしい匂いが漂っている。中を覗いてみると、先程は具材が水に浸かっている見た目だったものが、とろみのある褐色の液体になっており、それはまさしく前世で慣れ親しんでいたカレーだった。


「よしっ、じゃあ私達だけで味見してみよう!きっと美味しいよ」

プラ板を四つに割り、それぞれを鍋の中に半分ほど浸けて三人に差し出した。
我先にと取るかと思ったのに、予想に反して彼女達はそうしなかった。食欲が無いのだろうか。いやでもこの匂いを嗅げば子供は大体お腹が空くと相場が決まっていると思うんだけど。

「えーっと、シロナが主だって作ってくれたからさ、シロナに一番に食べて欲しいかな?」

「そ、そうね、それがいいわ、ねぇアリス?」

「えぇエシラ。..ほらシロナ、ぼさっとしてないで思いっきりいきなさい!!」

「?ありがとう。じゃあお言葉に甘えて、いただきまーす」

三人の様子が気にかかったが、構わずにお先にいただくことにした。大きく口を開け、はむっとプラ板を口に含めば、スパイシーなあの香りが鼻から抜けていく。じゃがいももホクホク、そしてお肉が口の中でほろりと崩れる感覚がたまらない。

「んっ、おいひい!三人も食べてみなよ!」

「いや、えーと、後で食べようかな」

「そうね、私達はまた今度の機会に」


煮え切らない態度の三人に疑問を覚える。これは絶対何かあると確信した時、手先が痺れる感覚がした。初めは弱かったそれがどんどん強くなっていく。

「….ちょっと、なに、これ」

私から発せられる不穏な空気を察してマズいと思ったのか、そそくさとその場から退散しようとする三人を力づくでとめて聞いた。パッと振り返った双子が輝かしい笑顔で疑問に答えた。

「料理って隠し味が必要じゃない?」

「うん、だから?」


『これを入れたの』

語尾にハートマークがつく調子で続けた後、私に瓶を投げてきた。ラベルが貼られているが、文字が掠れていて読めない。

「これ、何?」

『痺れ薬?』

「はぁ!?そんなもの入れたの!?てかなんで語尾が疑問形!?」

『あたし達が作ったオリジナルなのよ。痺れ薬のつもりで作ったけど、詳しい効果はよく分からないの』


実験に丁度良いと思って、と何の悪びれもなく言う双子。彼女達が最近薬を作っているのにハマっているのは小耳に挟んでいた。植物や液体などの薬の材料が捨てられているのを見つけたのが事の発端らしい。薬と言っても勿論良い薬ではなく、毒薬がメインだが。まだアビに盛るならまだしも、私の料理に毒薬を入れるとは….。さてはシズクちゃんもグルだったな、許すまじ。カーンと頭の中でゴングの音が鳴り響く。痺れて動きにくい手先を無理矢理動かして手元に残っているプラ板を双子とシズクちゃんの口に突っ込んだ。


『むぐっ!?』


それを皮切りにカレーの押し付け合い、いや掛け合いが始まった。

それから時間が経過し、年長者組とマリア先生が帰ってきた時には辺り一面がカレーだらけになっている有様で、私達四人も全身茶色だった。身体中から匂うカレーの香りがただただむなしい。
もう料理はしない。拾い食いバンザイ。

私はカレーには鶏肉を入れる派です。次回からアレを習得する話に移ります。