イタズラ(幸村) | ナノ
『さて問題です。俺はどこにいるでしょう(^0^)/』
7月のある日曜日。ちょうど精市の家の門に着いたときに当の本人からこんなメールが届いた。精市が家に来いと言ったのに・・・意味が分からず立ち止まり汗を拭うと、続けざまにもう一通。
『まずは真夏の太陽の手のひら』
今度こそ精市は気でも違えたのかと思った。でも待てよ、真夏の太陽の手のひら・・・どこかで聞いたことが、
「あっ!」
思いついて駆け出した。向かったのは精市がたっぷり愛を注ぎこんでいる庭だ。年中色とりどりの花が咲いていて飽きることがないが、今は夏なので鮮やかな緑であふれている。その中でも一際目を引くのが青空を仰ぐ黄色いヒマワリだった。
「ヒマワリって、真夏の太陽が手のひらを広げているみたいだよね」
いつだったか精市が私にそう言って聞かせたのだ。
「ヒマワリ、ヒマワリっと・・・」
一番背が高いヒマワリの葉にクリップでメモが留めてあった。なるほど、ヒマワリの手のひらみたい。
『よく覚えていたね。次はブンブンの水飲み場』
何なんだこの上から目線。
ブンブンとは先週部室の近くで発見されたケガで飛べなくなった文鳥だった。ちなみに名付け親は丸井である。部員で話し合った結果、ブンブンはケガが治るまで精市が世話することになった。
確かブンブンはこの時間はリビングにいるはず。庭を出た私は玄関に向かった。チャイムを押す。反応が無い。精市のヤツ意地でも出てこないつもりだ。
仕方なく「おじゃましまーす・・・」と呟いてドアを開けた。靴を揃え来客用のスリッパを拝借する。彼氏の家を一人で徘徊するなんて・・・。だかそもそもその彼氏が私をおちょくっているのだ。
そろーっと豪奢なリビングに入ると、ぽつんといるブンブンだけがバタバタと反応してくれた。微笑みを向けて水の入った容器の下を見るとまたメモが挟まっていた。
『ブンブンだいぶ元気になったでしょ?お次は太陽の国のお祭りの野菜。お一ついかが?』
今度も太陽・・・?太陽の国と言えばスペインだ。スペインのお祭りと言えば・・・トマト祭り。トマト?また外かよ!なんで順番考えないんだよ!
理不尽さを感じながらも再び外に出てしまうあたり私も精市に弱い。今、自分の思い通りに動く私のこともきっとどこかで面白がっているのだ。ムカつくけど精市の楽しそうな顔を思い浮かべると私も幸せになってしまうのだから悔しい。
それにしても暑かった。今日も神奈川は真夏日で、容赦なく照りつける日射しが私の素肌を焼いた。ブラウスの襟元をパタパタさせながら野菜畑の方に向かうと、真っ赤に熟れた食べ頃のトマトが並んでいた。その中の一つに見慣れた白いメモ。
『これが大きくて美味しそうだよ。台所ですすいで召し上がれ』
召し上がれって・・・精市はどこまでマイペースなんだろ。しかしトマト自体はたいへんは美味しそうなので素直に一つもがせてもらった。
ずっしりと実のつまったトマトを持って玄関に戻りながら、私は今回の精市のイタズラについて考える。確か昔読んだ絵本にこんな話があった。女の子が自分の両親をこんな風に奔走させて結婚記念日を祝う話。じゃあ今日の精市にも何か目的があるのだろうか。
台所で言われた通りトマトを洗おうとすると、蛇口にメモが張り付けてあった。
『トマトを食べたら手を洗おうね。自分の服じゃなくてちゃんとタオルで拭くこと』
本気でおちょくられているのかもしれない・・・と思いながらメモをベリッと剥がした。流しでトマトを洗い、遠慮なくそのままかじりついた。実がつまっていて瑞々しく美味しい。さすが精市の家の野菜だ。
そして手を洗おうと流しの下のいつもタオルがかかっているフックに手を伸ばした。
「・・・タオルが無い」
何がしたいんだ精市。急いでタオルのある洗面所に向かいながら今日この家に家族の方がいなくてよかったと思った。濡れた手を握りしめながらいで洗面所へと繋がるドアノブを回した。
「遅いなあ。待ちくたびれたよ」
「ひゃっ・・・!?」
死角からにゅっと伸びた手に腕を掴まれ、そのまま誰かさんの胸にダイブしてしまった。見上げると精市が涼しい顔でニコニコしていた。
「せっ・・・こんなとこで何してんの!」
「何って、見つけてもらうの待ってたんだよ。随分のんびりさんだったんだね」
「はっ・・・!?」
精市は腕時計にチラリと目をやって言った。
「そうだ、何でこんなこと・・・!」
「何って忘れてたの?寂しいなあ。今日は付き合って一年記念日だろ?」
「えっ」
精市が至極当然のように言うから驚いた。精市がそういうことを気にするタイプだとは思わなかった。私はもちろん覚えていたけれど、精市は半年記念日もスルーだったし。
「だからあのトマトは俺からのプレゼント。美味しかったでしょ?頑張って育てたんだよ」
「っ・・・!」
何か言い返してやろうと思ったけど、そう言われると頷くしかなかった。超美味しかった。
私、やっぱり精市が大好きだ。私をからかう精市の余裕に困惑することもあったけど、こういうお茶目な部分も含めて私は精市が大好きなんだ。
そう私が胸を熱くしていると、不意に精市が私の肩に手を置いた。何故かさっきの数倍にこやかだ。
「じゃ、いい具合に汗もかいたところだし一緒にお風呂でも入ろっか」
「・・・は?」
「だって汗かいてベトベトして気持ち悪いでしょ?それとも何?まさか自分は俺に何もしないで済ますつもりじゃないよね?」
「何もって・・・」
は?え?風呂?ぐるぐると混乱する頭の中で、ふっと今日の出来事が一つに繋がった。
「も、もしかしてこんなことのために今日は散々行き来させて振り回したの!?汗をかかせるために!?」
「人聞き悪いなあ。それじゃまるで俺が身体目当てみたいじゃないか」
身体目当てだろ!そうやって叫びたかったけど、近づいてくる熱い眼差しに射すくめられて動けない。最悪だ。さっきまでの感動を返してくれ。
でもブラウスのボタンに触れる手を拒めないのは、私が呆れるくらい精市が好きだからなんだ。
きっと彼の本当のイタズラは、ここから。
My mame is Forever!のMoMoちゃんへの相互記念捧げ物でした。これからもよろしくね!