その男の名は、(柳と双子) | ナノ


碁盤を仕舞うの続編になります。



はあ、と姉さんの口から漏れるため息の甘さに、全身が妙な悪寒に襲われた。関西の高校に進学した彼女は現在秋休みなるものに乗じて里帰りをしている。ところが昨日帰ってからずっと、どこか遠くを見るようなとろんとした目付きのままなのだ。今だって縁側でぼうっとしている。なんなんだこれは。


「姉さん、」
「あっ蓮二お帰りー。学校お疲れさま」
「ただいま。まだ夕飯まで時間があるようだが、対局でもするか?」
「うーーん・・・、ご飯の後でいいや」


俺は思わず眉をひそめた。

「・・・まさか一日中そうしていたとか?姉さんも受験生なんだから、少しは勉強しないと」
「あーはいはい、蓮二はうるさいなあ。本当に私と双子?母さんみたい」
「なっ」

俺が呆然としているのに気付かないのか、彼女は手元にあった抱き枕を抱えてゴロンと畳に倒れこんだ。眼差しはやはりふわふわしている。そのまましばらく左右にゴロゴロしたりして、やがてぱたりと静かになった。

一体、この挙動不審ぶりはどうしたことだ。



「どれ」
「ひゃあっ!」

熱でもあるのかと思い額を近づけようとしたら凄まじい勢いで後退りされた。

「れれれ蓮二!びっくりしたよ!何すんの!?」
「熱を測ろうとしただけだ。そんなに慌てて、姉さんこそ何を考えていたんだ」
「何って・・・」

今度は潤んだ瞳で抱き枕に顔を埋める。時おり俺と同じ真っ直ぐな黒髪に指を通している。家を出た二年半前からだいぶ伸びたその髪は、さらさらと畳の上にこぼれ落ちた。


変だ。

家にいた頃の姉さんはこう言っては何だが女のわりにサバサバしていて、どちらかと言うと友人と接しているような感覚だった。色恋に疎く、だからこそ異性から憧れられどすれ、それが発展することはなかったのだが

これではまるで、


「恋人がいるのか?」
「えッ!」

『ドキィッ!』・・・そういう効果音が似合いそうな顔で姉さんは枕から顔を上げた。まるで熟れた林檎のような頬っぺただ。

「・・・ほう、」
「やっ!ややや違っ!恋人とかそーいうんじゃ」
「では片想いか」
「うっ・・・」

居心地悪そうにそむけられた瞳が熱を持っている。なんだろう。ムカムカする。以前幸村に「柳ってシスコンだよね」と言われた時は否定したのだが。

そもそも関西に行かれては姉さんのデータなど集めにくいのだ。いや、四天宝寺の連中を使ってデータを集めることは出来るのだが、アイツらに姉さんのことを知られたくないという感情が先に立ってしまったのだ。不覚だった。慣れない関西で悪い虫がつく方がよほど危ない。・・・そうだな、白石辺りは余計な詮索をしないだろうから、姉さんを気にかけておくよう頼んでおけば良かったのだ。何にでも果敢に向かっていくくせにどこか不器用な、俺の双子の姉を。


「どこの誰だ?言わなければこれの安全は保証出来ない」
「ああっチーズ太郎!」

チーズ太郎は今回姉さんが家に持ち込んだマスコットだった。チリンチリンと鳴る鈴がついている。チーズにあるまじき三等身ともちもちした感触が特徴で、愛らしいつぶらな目をしているが、今は俺に首を絞められているせいで顔つきが歪んでいる。姉さんはこれを心底大事にしていて、汚れないように机の上に置いていた。


「・・・チーズ太郎をくれた人なの」
「は?」
「だから・・・その・・・好きな人・・・」

「キャアッ!」っと言って姉さんは再び悶えた。つまりこれは好きな男からのプレゼントということか。センスはともかく・・・これは侮れないかもしれない。


「・・・どんな男なんだ?」

出来るだけ、さりげなく聞いてみる。姉さんは赤い顔を抱き枕からガバッと上げ、夢うつつの表情になる。実は誰かに話したくてうずうずしていたらしい。

「すっごくカッコいい人なんだよ。少し前に、駅で私が落とした携帯を拾って電話してくれたんだ」
「またそんな定番のドジを踏んだのか」
「うるさいな!使う駅が一緒だから次の日に直接渡してもらうことになったんだけど・・・」


チッと口の中で舌打ちした。男の方も素直に交番に届ければいいものを。ご丁寧にプレゼントまで用意して、下心ありと見られてもおかしくないのではないか。いや間違いなくあるだろう。姉さん、アナタはそんな男でいいのか。


そんな俺の胸中を知る由もなく、姉さんは幸せそうに続ける。

「モデルさんみたいに顔が綺麗で背も高くてね。あっ蓮二ほどじゃないんだけど。とっても親切で優しいの。チーズ太郎だって『これ付けとったら携帯落としてもすぐ気づくやろ?』って・・・。おまけに隣の高校で」
「・・・・・・隣・・・?」
「うん。本当に素敵な人なの。しかも同い年なんだよ!意気投合してお茶したりしたんだけど、健康とかにも詳しくてね!今度オーガニックの食材を使ったカフェに連れてってくれるんだって!」


まさか、もしかしなくても、


「あ!彼もテニス部なんだって。蓮二知ってるかも。そういえば左腕に包帯たくさん巻いてたけど部活で怪我でもしたのかな?」
「・・・・・・」
「そうだったらどうしよう!それでね蓮二、その人の名前は、」



アイツ、絶対に許さない。




10万打踏んで下さったいちはるさまのリクエストでした。リクエストありがとうございました!
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