熱・視線(日吉) | ナノ



「・・・だれ」
「どういう意味だ」


だって、え、ちょ。

呆けている私に「ジロジロ見るな」と言いながら日吉は手に持ったカメラをいじり始めた。立派な一眼レフのそれは報道委員会の支給品だ。

「だって・・・メガネ!」
「うるさいな。メガネがどうしたって言うんだ」
「メガネ・・・」
「お前大丈夫か」


隣のクラスの日吉とは同じ報道委員でペアを組まされている。ちなみに報道委員のペアというのは一緒に取材をしたり校内新聞の記事を書く当番を受け持つためのものである。私たちは今週取材の当番なので昼休みに道具を整備しに委員会室に集まることにしたのだ。

日吉はきまり悪そうに咳払いをした。青みがかった黒縁メガネの奥の瞳が左上に泳ぐ。

「・・・花粉症なんだ」
「ええっ今さら!?」
「あのな、世の中の花粉はスギ花粉だけじゃないんだ。分かるか?」
「分かるけど・・・」
「だからあんまり見るな!さっさと支度しろ」

それはちょっと無理な話だった。前から日吉のことはカッコいいなあと思っていたけど今日は強烈すぎる。

そのシックなメガネは日吉に驚くほどよく似合っていた。家ではいつもメガネなんだろうか。下を向いた時にメガネが下がっているのも可愛いけれど、たまに慣れた手つきでフレームを押し上げる仕草がすごくサマになっている。それだけでいつもと雰囲気が違ってドキドキした。よく見れば花粉症のせいか目は少し赤くなっていた。瞳が、潤んでいる。


「・・・大丈夫?」

隣で棚からレンズの入ったケースを下ろそうとしていた日吉が動きを止めた。

「え、何」
「俺の心配してるのか」
「そりゃそうでしょ。花粉症思ったより辛そうだし」
「フン、何でお前に心配なんか・・・」

お得意の皮肉もだいぶ大人しかった。喉をやられて声が出しにくいらしい。いつもなら日吉の刺々しい物言いに私が逆上してしまって憎まれ口の応酬になるところなのに。心なしか口数が少ない日吉。意識してしまえば最後、不馴れな空気に身体が一気に固くなった。

・・・どうせ日吉は平気なんだろうけど。そう思ってもう一度日吉の横顔を盗み見ようとしたら、予想外なことに視線がごっつんこした。

「・・・っ!」


棚の上のケースに手をかけていた日吉の手が滑った。逸れた手が隣の蓋の無い箱に当たる。日吉の「あっ」の声に釣られて上を向いた私が見たのは今まさに私たちに降り注がんとするフィルムケースの雨だった。ほんの一瞬の出来事なはずなのに映画のようにスローモーションに見えた。

「うわっ!何これ痛っ」
「わ、悪い・・・」
「ちょ・・・ぎゃっ」
「!」

間抜けなことにフィルムケースに足を取られた私は「あだっ」という情けない声と共に尻餅をついた。そして極めつけに重くて固いものがドカッと頭に落ちる。星が見えた。涙目で拾い上げると古いカメラだった。

「何なのよもう〜」
「・・・どこだ?」
「は?」

私をこんな目に遇わせた張本人はあらぬ方向の空中をキョロキョロしていた。見ればメガネが無い。さっきの衝撃で落ちてしまったのか。

「こっち!日吉こっち!下!」
「え、あ。何でお前そんなとこに」
「あんたが落としたケースに躓いて転んだの!」
「ああ・・・悪かった。俺のメガネ知らないか?」
「知るわけないでしょ!・・・痛!」
「どうした!?」


なっ

頭をさすったとたん、日吉が信じられないスピードで私の側にうずくまった。いやそれはいいとして・・・近い。ものすごく近い。目が見えないからなのか、私のおでこの辺り、そうカメラが私を襲ったところを吐息がかかりそうな距離で見つめている。やだ。どこ見ればいいの私。

「コブになってるな・・・冷やせば大丈夫か」
「日吉、」
「何だ」
「日吉、近い・・・」
「え」

約5センチの空気越しに私と日吉の目が合った。


「っ!!!!」

日吉は凄まじい速さで後退りした。近寄るときと同じくらいの速さだった。無表情だった顔にサッと赤みが走る。かく言う私もさっきから身体がカッカしている。間近で見た日吉の鋭い双眸が、鼻を掠めた制汗剤の爽やかな匂いが、五感を捉えて離さない。

「あの・・・」
「お、おでこ、悪かった」
「う うん」
「俺が片付けとくから保健室に行ってこい」
「・・・」
「・・・何なんだよその目は」


じっと見つめると日吉はふいと左を向いて手のひらで自分の口元を押さえた。私だって本人に気付かれながら見つめるのは恥ずかしい。恥ずかしいけど、今、頑張らなきゃダメな気がした。


「・・・私も片付けするから日吉に保健室ついて来てほしい」
「何でだよ。早く冷やさないと」
「日吉に来てほしい」
「っ、」
「日吉がいいの」

日吉の顔がさらに赤くなって、目が大きく見開かれた。と思ったら強く腕を掴まれた。日吉の手が熱い。

「先に保健室行くからな」
「うん」
「・・・知らないからな、もう」
「うん」

頷いたら腕を引かれた。立ち上がる瞬間に、赤くなったおでこにそっと日吉の唇が寄せられた。


ああ、もう戻れない。





(と、その前にメガネ探さないと)
(・・・・・・)


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