夏休み(仁王) | ナノ



鈍い身体の痛みで眠りから覚めた。うつ伏せで寝ていたせいか節々がポキポキ鳴る。ゆっくり目を開けると、暗い。果てしなく暗い。教室の大きな窓から満天の星空が見えてギョッとした。は?え?今何時?確か夏休みの補習に駆り出されて、それから・・・


「んっ・・・」

不意に隣の席から漏れた寝息に飛び退いた。よく見ると気持ち良さそうに熟睡する・・・仁王だった。ああ、コイツはサボりすぎで補習になったんだった。私と違って頭はいいんだからちゃんとやればいいのに。ていうか二人して寝過ごすってどうなの?

「にお、仁王」
「っ・・・」
「起きてよバカー」

仁王の肩を激しく揺すったが反応が無い。もうとっくにクーラーが切れていたので、内にこもった熱で彼の身体は熱くなっていた。仁王でもこんなに熱くなるんだってちょっと驚いた。

「んっ・・・ここどこじゃ」
「起きた?私たち補習寝過ごしたみたいなんだけど」
「ヤバっ真田に殺られる」
「もう部活なんてやってないよ。真っ暗だもん」

ふわあ、と欠伸をする仁王は身重の雌猫のような気だるさを放っていて、何だか落ち着かない。仁王はポケットから取り出した自分の携帯をパカッと開いた。

「・・・八時半」
「えっまずい早く帰ろ!大体何で見回りの警備員さんが来てなー・・・」

そう言いながら教室のドアを開けようとして、私は固まった。

「どうした」
「・・・鍵、閉まってる・・・」
「やっぱりか」


えええええ!ちょ、警備員さん!!何でよく確認しないで閉めちゃうの!? 鍵はこっちにもあるけど外からしか開けられないようになってるのに。

「あっ、廊下側の窓から出たら・・・」
「ムダじゃ。夏休みで外からの施錠がされとる」
「は!?何で!?どうやって!?」
「詳しくは知らんが前ピッキングで盗難事件があったらしいのう。それで警備が強化されたとか何とか」
「何それ・・・それじゃ・・・」

あ、朝まで仁王と二人きり!?いやだそんなの耐えられない・・・!だって一応アイツは男で私は女で、別に仁王なんか好きじゃないけど、好きじゃないんだけど得体が知れないし、アイツからわけの分からない色気が霧散してるような気がするし


「落ち着きんしゃい」

仁王がポン、と私の頭に手を置いた。

「まだ方法はあるじゃろ」
「え?」

仁王は、廊下と反対側の窓を指差した。いつの間にか大空に向かって開け放たれた窓からは涼しい夜風が吹きこんでいた。





この教室の窓の下はちょうどプールの入り口にある更衣室の上だった。窓からそこに降り立つのは何てことは無い。けれども、


「別に二メートル半くらい落ちても死にゃあせん」
「無理無理無理無理ぜったい無理!」

私にとってはそこからプールサイドに降りるのが問題だった。予想外に高い。もちろん運動神経の良い仁王はヒラリと華麗に、片手まで着いて着地した。私はと言うと屋根のふちで震えている。銀髪の少年は片手をポケットに突っ込みながら私を見上げた。若干不思議なものを見るときの目付きなのが気にくわない。

「高所恐怖症なんか?」
「違うけど怖いもんは怖いの!」
「ふーん、可愛いのう」
「!?」
「じゃあこうしてみるのはどうじゃ?」


仁王が私の真下に立ち、両手をガバッと大きく広げた。ニヤリと薄く笑っている。

「それは・・・」
「ダイブ」
「む、無理!もっと無理!」
「・・・まあ朝までそこにおっても構わんが。こっちはずっとパンツ見てられるわけじゃから」
「はあ!?ちょっとにおっ・・・わっ」


気付いたときには怒りに任せて飛び降りていた。私はふわりと宙を舞い、仁王が力強く身体をキャッチ・・・するかと思いきや

「おっ」
「ぎゃっ!」

ドポーン!

私を抱えたまま体勢を崩した仁王は、よろけたあげくプールに真っ逆さま。当然道連れになった私は盛大に水を飲み込む羽目になってしまった。

「ぶはっ!仁王!何でよろけるの!」
「いや思ったより衝撃がでかくて。危なかったぜよ。頭打たんでよかった」
「ねえそれかなり失礼って分かって言ってる?」

二人して水から顔を出すと、月明かりが照らす仁王の白い横顔が彫刻のようで思わず見とれた。シャツが身体に張り付いて、均整のとれた美しい上半身の筋肉が見てとれる。仁王はポケットをまさぐり肩を落とした。

「うわ、携帯死んだ」
「どんまい・・・って、こんなにびしょ濡れでどうやって帰るの!」
「・・・透けとる」
「いやああ!」

慌てて胸元を隠した私を見てクックッと笑いながら、仁王は自分のネクタイをほどく。そんな仕草にもときめいてしまうなんて、私って案外どうしようもない。きっと仁王が水に濡れてるせいだ。水も滴る何とやら効果だ。そうに決まってる。


「ま、涼しくてええんじゃないか」
「どこが!」
「プリッ」

仁王がふっと上を見上げ、私もそれに釣られて夜空を仰いだ。

「見てみんしゃい。空が綺麗ナリ」
「・・・」

うん。星がいつもより輝いてに見えるのはどうしてだろう。どこからか虫の鳴く心地よい音がする。日常から切り取られたみたいな幻想的な世界とそれに酔った妙なテンション。びしょ濡れなのが気にならないくらい鮮やかな瞬間だった。一瞬にいる仁王が飄々としているからなのかもしれないけど、ちょっとだけ「こんな夏休みもいっか」って思った。







(コラ君たちそこで何してる!)
((あっ))


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