戻れないから(謙也) | ナノ



『今から車で行く泊めて』


は?

一人暮らしのマンションに帰り着いた途端に謙也からメールが届き、その内容に首を傾げた。謙也も今日は地元の中学校の友達と飲んでくるって言ってたのに。文面からしてものすごく急いでいることも気になった。急いでるのはいつものことだけど。そして十分後、

「つっかれたああああ」
「うわ酒くさっ」
「アホ!俺ちゃうわ!」

スーツの襟元を弛めながら金髪の彼はやって来た。ソファーにドカッと沈みこみ、フーッと息を吐く。寒さのせいか鼻の頭が赤くなっていた。

「俺ちゃうって、謙也は飲んでないの?」
「車で来てんねんで?当たり前やろ。ったく・・・アイツら『謙也はまだ未成年や!飲酒反対!』とか言って俺には一滴も飲ませへんかってん。こちとらサークルの飲み会で鍛えられとるっちゅー話や!」
「ああ・・・」
「道理で俺んちの近くの居酒屋になったわけや。最初っから俺を足に使うつもりやったんや」

「せっかく成人式やのに」と謙也は口を尖らせる。不機嫌そうな謙也に冷蔵庫から取り出した缶ビールを渡すと、嬉しそうに顔を綻ばせた。何でわざわざうちに来たの?と聞けば、疲れとるんやから優しい彼女に介抱して欲しいやんかーと言われ、こちらが照れてしまう。

「テニス部が全員揃ってたの?」
「おん。なんとオサムちゃんもやで。とことん酒から遠ざけられたわ」
「懐かしいなあ」
「ところがあの先公、いきなり肩組んで『俺も昔はそうやった。同じ3月生まれの苦渋や』とか言い出してん。絶対嘘やろ」
「私もそっち行きたかったなあ」
「あかん。大変やった」


謙也が突然吐きそうな顔になった。

「隣のテーブルで飲んどった別の成人式グループに絡まれた」
「女?」
「まあ」
「殺す」
「待てって!それは何とか回避出来たんやけどな、酔ってテンション高くなったアイツに頬っぺたチューされてん。ここ!もうきっしょくてかなわん」
「は!?アイツって誰!?」
「白石」
「・・・許す」
「なんで!?」

右頬をごしごし擦る謙也。笑い話として話したつもりが墓穴を掘るなんていつものことだ。そんなちょっと抜けた彼を好きになってからもう長い年月が流れた。


「久しぶりに見たけど、白石かっこよかったよね。袴着てたのがまた」
「おまっそれ彼氏の前で言うセリフか!?」
「いいじゃん本当のことだもん」
「・・・せやなお前最初白石のことが好きやったもんな」


えっ。

危うくビール缶を取り落とすところだった。私の動揺を見てとったらしく、謙也は白けた目をして頬を膨らませた。

「な、なんで」
「知らんとでも思っとったん?お前中学のときは白石一筋やったやろ」
「だからなんで知って」
「俺はずっとお前見とったもん」


反転。切なそうに私を見つめる謙也にドキンと心臓が鳴った。

「え、だって、謙也が私に告白したの高校入ってから・・・」
「絶対フラれるって分かっとる中学時代に言って何の得があんねん」
「じゃあ」
「俺は中学からお前が好きやった」


初めて知る事実だった。確かに私は中学生のときは白石にお熱で、高校生になって白石と離れてから謙也にベクトルが向かっていった。中学のときは白石のせいで霞んでたけど忍足くん超カッコイイ!みたいな感じで。とは言っても、だんだん見えてきた謙也の魅力は果てが無くて、気付けば白石の時よりも好きになっていたのだけど。


「なーんだ」
「ん?」

謙也の隣に座ると、頭を肩にもたれかけさせてくれた。

「そうだったんなら中学に戻りたいなあ」
「え?」
「だって中学のときから謙也と付き合ってたら多分もっと楽しかったよ」
「俺は別にええわ」
「・・・私のこと好きだったんじゃないの?」
「まあそうなんやけど」


謙也は少し耳を赤くして呟いた。


「やって俺、白石に『お疲れさま』って言いたくて毎日もじもじしとるお前見て好きになったんやもん」



戻れないからいいんだって思った



企画サイト「はたち」さまに提出予定でした。サイトが誰かに消されてしまったそうです。残念ですが、素敵な企画に参加させていただき本当に良かったです。ありがとうございました。
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