優しく諭して(柳生) | ナノ



「ほら、いつまでも腹を立てていないでそれをこちらに寄越しなさい」
「い・や・だ!」
「いい加減に投降しないとお昼ご飯が食べられませんよ」
「いいもん!私にはコーラさえあれば!」


バスルームに立てこもり、このやりとりを続けてもう30分が経過した。胸に抱えた2リットルのペットボトルには半分くらい残った茶色の清涼飲料水。もうぬるくなってしまっている。


私がこんな目にあうのも全部全部、このドアの向こうの最愛の旦那・柳生比呂士のせいだ。


3ヶ月前に晴れて結ばれて幸せ絶頂の私たちだけど、最近比呂士が私の食生活に執拗に口出ししてくるのだ。医者だからかもしれないけれど正直うざい。イライラする。そしてついに今日、比呂士が実力行使に乗り出した。他人から見れば馬鹿馬鹿しいかもしれないけど少なくとも私は本気だ。私の血はコーラで出来ているのだから。

「毎日毎日2リットルものコーラを飲み続けるなんて糖尿病になりかねません。即刻やめるべきです。おととい気持ちが悪いと言って戻していたでしょう」
「だから何!?それコーラのせいじゃないよね!?好きなものくらい飲ませてよ。お酒じゃないじゃん!」
「そういう問題ではありません。量を減らせばいいんです。それにも折れないなんて・・・コーラに大量の糖分が含まれていることくらいご存知でしょう」
「じゃあカロリーゼロのやつにする!」
「むしろ糖類ゼロであの味なんて得体が知れず恐ろしくないのですか」


ああ言えばこう言う・・・このドア越しの攻防にもうんざりしてきた。バスルームのくもりガラスの向こうに背の高い比呂士のシルエットが浮かぶ。もう嫌だ。何でこんなことしてるんだろう。比呂士、最初は注意して運動を勧めるくらいだったのに。近頃はやれ野菜が足りていないだの、栄養バランスが悪いだの・・・どちらが嫁か分からない。あれ、悲しくなってきた。


「はあ、仕方ありませんね」


いきなりそう言って比呂士はドアから遠退いていく。足音もするから間違いない。やった!ついに諦めたか。問題は私が外に出るタイミングなんだけど。このぬるいコーラじゃ美味しくないし・・・


ガチャッ

「!?」


鍵をかけたはずのドアが不意に開け放たれた。そこにいたのは小さな鍵を手に微笑む比呂士。

「なっ・・・浴室専用の鍵なんてあったの!?」
「何を今さら。壊れたときのために作っておいたでしょう、家を建てるときに」
「そうだっけ・・・」
「全く、困ったお嫁さんですね。退屈しないでいいですけど」


比呂士の手がこちらに伸びる。愛しのコーラが取られる!と思ってきつく抱えこんだ瞬間、何故か私ごと抱きしめられた。え?

「ひ、ひろっ」
「私は別に意地悪で言っているわけではないんですよ。あなたに健康でいて欲しいだけなんです」
「・・・分かってるよ」


比呂士はひどく真面目だから。そういう彼を、私は好きになったんだから。


「・・・でも!私にだって譲れないものがあるんだよ!」
「健康を損ねてでもですか?あなた一人の身体じゃないんですよ」
「私の身体は私の身体じゃん!」

それでもまだ食い下がる私に、比呂士は軽くため息をついた。


「・・・あなたが微塵も考えつかない以上、私から言うのはためらわれたのですが」
「え?」

比呂士は私を抱き締めたまま、耳元でそっと囁いた。


「最後に生理が来たのはいつですか?」



「・・・あっ!」


その瞬間私は比呂士の首に思いっきり抱き着いた。コーラを放り出して。






二万を踏んでくれたアリスのリクエストでした。ありがとうございました!
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