テニス部部長の幸村くんと言えばこの学校で一二を争う有名人だ。儚げな容姿とそれに似合わない圧倒的な強さは立海の生徒なら誰もが耳にしたことがある。だから二年生で初めて同じクラスになった時も、ああこの人があの幸村くんか、というくらいの認識はあった。

幸村くんはいつも人気者で、男子にも女子にも頼られて尊敬されていた。何だか別の次元の人みたいに感じた。幸村くんはごくごく普通のわたしにも挨拶をしてくれるけど、そんな時はただただ恐縮してしまい、うまく話が出来ない。

「もしかして俺のことが苦手なのかな」

一度幸村くんに聞かれたことがある。確か理科の実験で同じ班になった時だ。慌てて首を横に振ったわたしを見て幸村くんはフフッととても綺麗に笑った。その笑顔が忘れられない。やはり幸村くんは完璧で、完成されていて自分とは違う世界の人に思えた。


そんな幸村くんが突然入院した。当たり前だけど幸村くんはぱたりと学校に来なくなった。初めは病状が伝わって来なくてみんなが騒いでいた。心配する声があちらこちらから聞こえる。幸村くんはこんなに大勢に必要とされているんだ、すごいなあ。いつ退院するのかなあとかぼんやり考えながら歩いていたら、前方から誰かが来た。一年生で同じクラスだった柳くんだった。

「あ、柳くん」
「ああいいところにいた。ちょっと頼まれてくれないか」
「え」

柳くんは小脇に抱えていたファイルを示した。

「精市に届ける学校と部活のプリントだ」
「幸村くんへ?」
「ああ。テニス部で三日に一度持って行くようにしてるんだが、今日はみんな都合が付かなくてな」
「何でわたし・・・?」
「お前の家の近くの病院だからだ。あと、精市がお前はミーハー気分で関わって来ないと言っていた」
「え?」

なぜ柳くんがわたしの家の場所を記憶しているのかは置いといて、幸村くんのだと言う発言に驚いた。そのまま流れで御使いを頼まれてしまった。


その病院は確かにうちの近所で、わたしもよくお世話になっていた。一応フルーツセットとお花をお見舞いに持って行った。入院患者のフロアに行って、ナースステーションで名前を書いて、教えられた病室へ向かう。わたしは幸村くんのただのクラスメイトだから緊張したけど、柳くんの頼みなんだと言い聞かせて進んだ。


幸村くんはどうしているだろう。きっとあの優しい笑顔で挨拶してくれるんだろう。体調のことを聞かれたら大丈夫だよと返し、健気に治療を受けているんだろうな。幸村くんのことだから病院でも明るく前向きなんだ。幸村くんの個室にたどり着く頃わたしはそんなことを考えていた。そして深呼吸をしてドアをノックしようとしたその時、


「ふっ・・・うぅ、っ・・・!!」


思わずその場で固まった。僅かなドアの隙間から、無理矢理押し殺したような微かな泣き声が聞こえたから。そのか細い声は疑いようもなく

「ゆ、きむらくん・・・」

ぐらりと視界が揺れた気がした。何で、どうして。胸がざわざわする。だって幸村くんは王者立海の最強の部長で、誰からも一目置かれていて、心も悠然と強くて、それで・・・

泣き声は嗚咽混じりになった。わたしは固まったまま動けない。時が止まったみたいに、白い廊下には他の物音はしない。幸村くんの痛切な咽び泣きしか。


ねえ幸村くん、どうして泣いているの。そんなに重い病気なの。テニスが出来ないのが辛いの。みんなは知っているの。それは、どうにもならないことなの?

幸村くんがそんな風に泣くなんて知らなかったよ。言葉にならない叫びを抱えているなんて知らなかった。君は、いつもこうやって一人で肩を震わせているのだろうか。仲間の前で無理に笑顔を作っているのだろうか。不安に押し潰されないように頑張っていたのだろうか。たった、たった一人で。


気付けばナースステーションに引き返していた。一人の看護士さんがにっこり笑う。

「あらさっきの。幸村くんにはもう会えたの?もしかして彼女?」

わたしはただ「後で幸村くんに渡してください」と、届けものをその人に渡した。そしてそのまま早足で病院を後にした。
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