クラスメイトの忍足謙也はわたしのことが生理的に受け付けないらしい。


「くあーっ!何でお前はそう語尾がとろーんと伸びるねん!トトロか!」
「えーそんなつもりないんだけど」
「現在進行形で伸びとるわ!標準より若干伸びとるわ!」
「謙也小姑みたいやで」
「白石は黙っとれ!」


忍足くんに言わせればわたしは全ての動きがトロいらしい。白石に聞いてみたら「確かにちょおのんびりさんやけど全然気い病むことない」程度だそうだ。

何でも忍足くんは「浪速のスピードスター」という肩書きを持つ程にスピード狂で、スローなわたしが我慢ならないのは性分だと言う。

「だいたいな、お前昨日の長距離走4キロ走るのに30分以上かかるてどないなっとんねん。カタツムリか」
「走るの苦手なだけだよー・・・あ、わたし日直だから黒板消さなきゃ」
「え、ちょ」


時計を見ると次の授業まで3分くらい。間に合うとは思ったけどさっきの先生は筆圧が濃くて、おまけに上の方まで書いていて非常に消しにくい。

半分くらい消したその時、

「だあーーーもう!」

突如忍足くんがつかつかとやって来てむんずと黒板消しを掴んだかと思うと、

「おらあああーー!」

鬼の様な形相で黒板を消し始めた。物凄いスピードで手を動かしているのでチョークの粉が舞ってけむたい。

「えっとあの忍足くん?」
「うっさいわ!お前ほんまどんくさ!次始まるやろ!」
「あ・・・ありがとうわたし後やっとくよ」
「自分一人やったら日が暮れんねん!大人しくこの浪速のスピードスターに任しとけ!」
「うん・・・」


その後5秒で消し終わった忍足くんにせっつかれてあたふたと席に戻った。白石が面白そうに笑っている。理由は教えてもらえなかった。





次の日の朝歩いて登校していると、前方にズンズン歩くひよこ頭を見つけた。忍足くんだった。

「おしたりくーん!」
「えっ・・・なな何やお前この時間やったんかい!おっそ!めっちゃおっそ!」
「普通だよー。忍足くんこそ自転車じゃなかった?」
「おお俺の自転車パンクしててん!」
「・・・忍足くん大丈夫?」
「なっ!うっさいわ!」


わたしが追い付いて、そのまま忍足くんと一緒に歩く感じになる。わたしの左側に忍足くん。車道側だ。何故だか自然にそうなっていた。そう言えば忍足くんは早足で足もわたしよりずっと長いのに並んで歩けている。


「・・・あんな、」


不意に忍足くんがそっぽを向きながら言った。

「うん?」
「自分俺のことは『忍足くん』って呼ぶねやんか、」
「うん」
「やけど白石のことは『白石』て呼ぶやん?」
「うん・・・」
「何で?」


そんなこと考えたことも無かった。白石は前隣の席になってよく話すようになって、いつの間にか白石と呼んでいた。


「特に理由はないけど」
「や、やったら!」

急に忍足くんはくるっとこっちに向き直った。顔に赤みが差していて何だか可愛い。

「俺のことも呼べ」
「えっと・・・忍足って?」
「ちゃう。俺従兄弟おんねん。忍足やったらそいつと被んねん。せやから『謙也』って呼べ」
「え・・・」

今度はわたしが真っ赤になる番だった。狼狽えるわたしの様子に気付いたのか、忍足くんは慌てて言った。

「べべ別に深い意味は無いねん!せやけど『忍足くん』より『忍足』より『謙也』の方が字数少ないやろ?そんだけ早く名前呼べるやんか?」
「う、うん」
「白石はほらアレやろ?名前『蔵ノ介』やから名字より長なるやろ?なおさら時間かかるっちゅー話やから、そんだけやから」
「うん・・・」


どうしようもう忍足くんのこと見れない・・・!!

それからわたしたちは真っ赤になったまま無言で学校まで歩き続けた。校門で何の笑いも取ろうとしなかった忍足くんの姿は逆にテニス部みんなの笑いを呼んでいたらしい。




(聞きましたよ先輩とんだヘタレっぷりやったらしいっすね)
(は・・・!?ちょ、お前か白石い!!)
(人聞き悪いやっちゃ。それにしても謙也はかわええなあ。何が字数や。笑わせてくれるなあ)
(ななな何で知っとるんや!どこから聞いてたんやコラアア!)
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