報酬はキミ(財前) | ナノ
「お会計860円になります」
「・・・・・・」
「・・・お客様?」


財布、忘れた。

一瞬で血の気が引いた。日曜日、たまには張り切ろうと学校の近くのカフェで一人で勉強した後だった。レジでバッグを開けて絶望した。妙なやる気出すんじゃなかった。どうしよう家には誰もいない。友だちに来てもらうしかない。誰か空いてたっけ・・・

突っ立ったままぐるぐる考えていると店員さんがどんどん不審そうな顔になっていく。三時間も居座ったくせに金が無いのか、という表情だ。何か言わなきゃ言わなきゃと思うのに喉でつっかえたように声が出ない。後ろに並ぶ背の高いおじさんの視線が痛かった。背中を冷や汗が伝う。怖い。怖い。そんな感情でいっぱいになった。



「一緒にこれで」


私のお会計の上にパサリともう一枚別の伝票が落とされ、横からスッと二枚の千円札が置かれた。え?っと思って隣を見るとそこには端正な顔立ちの黒髪の少年がいた。

「ざ、財前くん・・・!?」

間違いない。あまり喋ったことないけど同じクラスの財前くんだった。彼もこの店にいたなんて知らなかった。私がポカンとしている間に彼はさっさとお釣りを受け取り、店を出て行った。


「まっ・・・待って!財前くん!お代!」
「財布無いんやろ。それくらいええし」
「じゃあ財前くんの分も取ってくるから!お家どの辺り!?」
「あんなあ」

黙々と歩き続けていた財前くんが足を止めて振り返った。不機嫌そうに寄せられた眉にドキリとした。追いかけたのがまずかったんだろうか。

「俺がええ言うてるんやからええやろ。何べんも何べんもうっさいねん」
「でも助けてくれたし、お代だけでも・・・」
「せやからいらんて。ほんましつこい」
「っ、」

クラスの女の子たちはよく「財前くんは猫みたいだ」と言うけど、今私を睨む財前くんは猫と言うより黒豹だ。眼光で射すくめられて動けない。


「・・・何で泣くん」

財前くんの呆れた声がした。言われて気が付いたのだけど、私はいつの間にか涙を流していた。

「ごめ・・安心したら気が抜けちゃって」
「・・・・・・」
「つ、付きまとって迷惑だろうけどお代くらい払わないと申し訳なくて・・・私さっき本当に怖くて、財前くんが助けてくれてすごく嬉しかったから」


言ってから俯いた。ああ、絶対嫌われてしまった。財前くんは泣かれるとかそういうの嫌がりそうだ。私のことだってすごく面倒くさそうだし。きっとレジをつかえさせてた私がじれったかっただけだろう。


でも、たとえそうだとしてもあの時の感謝を彼に伝えなければと思った。



「・・・ふーん」

顔を上げるとすぐ上に財前くんの意地悪そうな笑顔があった。気のせいだろうか、だんだん近付いてくる。

そして、

「うきゃっ!」
「・・・色気無い」

ざ、ざざざざ財前くんが!財前くんが私の目尻の涙を舐め取った!!思わず左目を押さえた。温かい湿った感触が鮮明に残っている。信じられない。脳ミソがショートしたみたいに何も考えられない。動悸が激しい。わ、私このまま死ぬんじゃないだろうか。

「ざざざざっ・・・!」
「挙動不審」

「だ、だって、なんでっ」
「したかったから」
「答えになってない!」
「せやなあ・・・じゃあ」

そう言ってもう一度財前くんはくいっと口角を上げた。その妖艶さにゾクリとしてしまう。ニヤリと笑うその顔はまさしく小悪魔。



「これ、さっきのお代っちゅーことで」






報酬はキミ


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