夜風が運ぶ君(財前誕α) | ナノ
網戸から滑りこむ生ぬるい夜風に吹かれながら携帯を開いた。無機質な液晶はあと十分で今日この日が終わることを告げている。自分の顔が僅かに歪むのを感じた。そっと窓の下の路地を見下ろす。案の定人っ子一人いない。
何してんねんアイツ。誕生日、終わってまうやん。
心の中でそう呟いて、すぐに自己嫌悪に陥った。
もう誕生日を大勢に祝われたいなんていう年でもないし、たいして親しくもないヤツから物を貰いたいとも思わない。だけど一番祝われたい人間から何も連絡が来ないというのもいかがなものだろうか。第一あっちが俺の誕生日を覚えているかも怪しい。一昨日偶然会ったときなんか普通に「よっ!」って言われただけだった。・・・こっちはあんなに固くなったのに。
ああ、こんなん絶対他人には言えへん特にあの無遠慮な先輩ら・・・。項垂れるようにサッシにもたれて、思いの外女々しい自分を呪った。
「あっれー、ひかるう?」
「!」
ぴくん、と耳がセンサーみたいに反応した。勢いよく飛び起きて窓を全開にし、夜の闇に目を凝らす。手近な街灯の下に立ってニコニコしているのは、
「せんぱ・・・」
「まだ起きてんのー?子どもは寝る時間ですよー」
「・・・どっちが」
「おほほ、わたくしは華の大学生ですからね〜!」
ムカつく。
ムカつくんやけどそれ以上に、悪戯っぽい笑顔を見つめるほどに、心臓に広がるじんわりとした感情は。
「今行くんで」と言い残し、マッハで家から飛び出すとキョトンとした先輩が目をパチクリさせていた。
「通りかかっただけだよ」
「遅いし送ったりますよ。生物学上は女やし」
「何それっ」
クスっとした先輩から漂うツンと甘い香り。
「先輩、飲んでました?」
「え、嘘やだ酒くさい!?だから人に会いたくなかったんだよね〜」
「・・・・・・」
さっきからやけに舌が回ると思っていたら酒の力だったのか。よく見たら頬や目が少し赤くなっている。こんな状態で一人で帰るやなんて信じられへん・・・自分が一番女としての自覚ないんやないか。
俺の誕生日に、こんな時間まで、どこで誰と飲んでたん。そんな幼い疑問を浮かべる度に、余計俺とこの人の距離を感じてしまう。奥歯で唇を噛んだ。
「・・・そういや光、今日誕生日だっけ?」
「えっ」
「あ、いや間違ってたならいいんだけど」
覚えてた。
それだけのことでこんなにも胸が締まるなんて。
「・・・珍しく正解っスわ」
「あはは、本当素直じゃないなあ光は」
うるさいうるさいうるさい。顔が熱くなるのを感じて慌てて目を逸らした。何やコレ、何で俺こんなんで泣きそうになっとんの。
「ひかる、」
そう言われてふっと顔を上げると、こっちが溶けそうになるような笑顔があった。
「お誕生日おめでとう」
「・・・ギリギリ間に合いましたね」
「ごめんって。プレゼント・・・今何も持ってないんだよね。あ!家に食べ頃のスイカがある!丸々一個!ね、近いし持ってきてあげようか?」
「いらんわそんなん」
「えー」
ホンマ、そんなんいらん。
先輩に会えて、先輩が祝ってくれたっちゅーだけで、こんなにも心臓苦しくなるんやから。
夜風が運ぶ君
企画サイトH100720さまに提出しました。光ハッピーバースデー!
2010.7.20