丸井くんの誕生日(丸井) | ナノ
本当なら今頃すごく幸せな気分のはずだった。学校へ行くのだってワクワクしていたはずだった。何よりも早くブン太に会いたくて会いたくてうずうずしているはずだった。


まさかこんな殺伐とした気持ちで20日の朝を迎えるなんて思わなかった。


午前6時前。いつもよりずっと早い朝食を取りながら私はがっくりと肩を落とした。

今日は付き合って初めてのブン太の誕生日だった。もうずっと前から私の頭はそのことでいっぱいだった。ブン太の周りの人にリサーチしてプレゼントの計画を練りに練った。ブン太の欲しがっていたCDも買ったしケーキのレシピだって徹底的に研究した。全てはブン太に今までで最高の誕生日を味わってもらいたいからだった。万全の準備を昨日までに終わらせておいたのだ。それなのに昨日の放課後ブン太と一緒に帰ろうとテニス部の部室まで行ったら、


『そう言えば明日丸井先輩誕生日っすね。彼女と何か約束してるんすか?』
『いやそれがマジやべえの!アイツ俺の欲しいモン超嗅ぎ回ってるみたいでさ。何かジャッカルにまで聞いてんの見たし。バレバレじゃん筒抜けじゃんみたいな』
『愛されとるのう』
『でもさー普通そこはシークレットってのが面白いだろい?もう八割方分かるだろプレゼント。全くアイツも少しは頭使えって、』


最後まで聞いていられなくて、ブン太が言い終わらないうちに私は部室のドアを力任せにぶち開けた。中にいたのはブン太と仁王と後輩の切原くんだった。3人とも私を見るなり表情をガラリと変えた。

『なっ・・・おま、いつから・・・』

私は立ち上がって近寄ってくるブン太をキッと睨み付けた。

『地獄に落ちろ!』
『はっ!?ちょ、』

悪役の様な捨てセリフを吐いて部室を飛び出した。後ろからブン太が追い掛けてくるのが分かった。男子から逃げ切れるわけもなくすぐにブン太に腕をひっ捕まれた。

『待てって!』
『放してよ!最低最悪のブタ野郎!』
『落ち着けっ!』
『うっさい!アンタにあげるモンなんか何も無い!』


一瞬、ブン太の大きな瞳が揺れた。その僅かな隙に手を振り払って私は走り続けた。自分の頬が涙で濡れていたことに気付いたのは家に帰り着いてからだった。


夜、落ち着いてから携帯を見ると着信履歴がブン太で埋まっていた。着信拒否にしてやるとメールが止めどなくくるので全部消してやった。そんな時に仁王からメールがきた。


『丸井はお前さんが自分のために一生懸命で嬉しかったんじゃ。素直に言えんかっただけナリ。あれが丸井の精一杯のノロケぜよ』

『相当参っとるみたいじゃから連絡してやってくれんかのう』


もう何もかもが居たたまれなくなって携帯の電源を切った。

ブン太の真意なんかどうでもいい。ただ、もう私がブン太のために作り上げようとした誕生日は来ない。そんな気がしてひたすら悲しかった。それもこれもブン太が私の気持ちを踏みにじったからだ。ふざけんなあのバカ。もう絶対口利かない。ケーキだって自分で食べるしCDだって売り払ってやる。昨夜ベッドで丸まりながらそう決めた。


それで私は今朝こんな早くに登校しようとしているのだった。ブン太は部活の朝練があり、それ以降の時間に行くとどこかでブン太に会ってしまう可能性がある。だから完全に出会わないためにはヤツより早く登校するしかないのだ。


本当なら一緒に登校するつもりだったのにな。


ため息をつきながら玄関のドアを開けようとした。


ガンッ

「ん?」

ドアが開かない。まるで向こう側に何か重いものがあるみたいに。

「何なわけ全く・・・!」

誰かのイタズラか。時間が無い。仕方なく全体重をかけて徐々にドアを押し開けやっとの思いで外に出る。そこで重いものの正体を見て私は口をあんぐり開けた。


「ぶ、ブン太!?」

信じられない。ドアにもたれるようにしてうずくまっていたのは昨日暴言を浴びせたブン太だった。制服を着ていて俯いたまま動かない。

「やだ、ちょ、ブン太!」

慌てて揺り動かすと安らかな寝息が聞こえてきた。何とまあこいつは朝っぱらから人様の家先で寝ていたのだ!

「何なのもう・・・」

私は拍子抜けしてブン太の隣に崩れ落ちた。


そっとブン太の頬に手を当ててみる。冷たい。一体何時からここにいたんだろう。私、携帯の電源切ってたし電話もメールも出なかったからな。ブン太が悪いんじゃんか。あんな酷いこと言うから。でもブン太の子どもみたいな寝顔を見てたら思わず吹き出してしまった。


ケーキ、食べないで取っておいて良かったな。CDも売り払わなくて良かったな。だってやっぱりあんな泣きそうな顔より、ブン太には笑っていて欲しいよ。





取り敢えずこのまま朝練に遅刻して真田くんに鉄拳制裁を食らうってことで許してあげようかな。




2010.4.20 ブン太ハッピーバースデー!
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