そして予想だにしていなかった事態が起きた。
ピンクのシャープペンがカリカリカリ・・・と滑らかに走り続ける。たまに式を二重線で消し、その下に別の数字の羅列が生まれていく。
柳蓮二の流麗な手の動きはよどみ無かった。まるで問題を見た瞬間解き方が浮かんでいるみたいに。何で、何でこんな問題でスラスラと式が出てくるんだ。彼の思考の跡についていけさえもしない。私は憎たらしいを通りすぎてもはや唖然としてしまっていた。
やがて天敵の手が止まった。
「・・・こんなところだと思うが。解答はあるんだろう?」
恐る恐る数列の最終段を覗きこむ。
「あ・・・合ってる・・・」
ただし私が暗記した模範解答と違う解き方をしたらしい。何が何だかさっぱり解らない。
柳蓮二は小さく頷きノートを私に差し出した。
「ではこれをざっと見てから自分で解いてみろ」
ええええーーー!!??
苦笑いで受け取りながら内心冷や汗の大洪水だった。まさかこんなことになるなんて・・・。そもそも模範解答だって丸暗記なんだから理解しているはずもない。式だけハイ、と渡されて解けるわけがない!
だけどもそれを柳蓮二に自供するくらいなら死んだ方がマシだ。
取り敢えずその美しい字体のノートをざっと眺める。そして苦肉の策で考えているという仕草を見せるために模範解答にあった図を書こうとした。
「ああ、そこは少し違う」
「え」
「πの周期はこうだ」
「ひゃっ・・・」
スッと柳蓮二の手が伸びてきて、私のシャーペンを握っている手に添えられた。どちらも右利きなので自然と身体が密着する。柳蓮二の左手が私の椅子の背に置かれた。
手の力が抜けてふにゃふにゃになったようだった。柳蓮二の手の動くままに端正な図式が描かれていく。されるがままなんて屈辱なのに、その手つきがあまりにも柔く優しいから何も言えない。少しひんやりとした心地よい体温だ。
ダメだ。心臓が早鐘のように鳴っている。今自分達がはたからどう見えているのか考えるだけで気絶しそうだ。柳蓮二のサラサラした髪が顔のすぐ側で揺れた。
「柳く・・・」
「この公式の使い方は分かるか?」
「うっ・・・」
「しょうがないな」
柳蓮二の身体がさらに私に寄る。もう私の精神は限界だった。羞恥で手が震える。柳蓮二は肩を縮こまらせて真っ赤になっているだろう私を見て小さくため息をついた。
そして耳元で低く囁く。
「・・・言っておくが、データテニスをやるにあたって様々な計算式を頭に入れておくのは当然だ」
「・・・え?」
「例えそれが日本屈指の難関大の入試問題であってもな。一通り目を通すくらいはしている」
「・・・!!」
まさか、まさか・・・
信じられずに目を大きく見開くと、宿敵・柳蓮二はどこか楽しそうに笑っていた。
「次からはもっと上手くやるんだな、次席」
ああー!やっぱりこの男、気にくわない!
・・・ツンデレ次席とドSな首席