「ほな明日の練習は九時から。遅れたヤツはオサムちゃんに昼飯奢らなあかんで!あ、それからな」
部活の終わりに連絡事項を話していた白石がポン、と手を打った。
「最近この辺り痴漢やらストーカーやらが出没してんねんて。せやから必ず複数で帰るようにせえって言われたわ」
「何やそれ」
謙也が首を傾げた。そう言えば聞いたことがある。被害を受けているのは女子が大半だが、時々男子でも標的にされることがあるらしい。恐ろしい世の中である。
「まあ春やからねえ」
「エクスタシーとか素面で言う変態が増えとるっちゅーことっスね」
「こら財前くんどういう意味やねんここ来て説明してごらん」
賑やかでいいなあ、と私が和んでいる側でユウジが小春ちゃんにがばっと抱き着いた。
「こっはるー!一緒帰るで!俺が変質者から守ったる!」
「暑いわ!覆面して抱き着くやなんてアンタのが変質者やないの!どうせなら可愛い子にハグされたいんやけど!」
「あ、ユウジはマネージャーと帰ってや」
「「え?」」
真顔の白石の言葉に私とユウジが同時に顔を見合わせた。サッとユウジの表情に影が差す。
「ちょ、ま・・・白石何の冗談や」
「冗談やあらへん。変なヤツ多い言うたやろ。女の子一人で帰らせるのはあかんやん」
「それは分かった。せやけどなんで俺なんや。マイスウィート小春はどうなんねん」
「ユウジが一番家近いんやって」
・・・むかつく。「最悪や!うがーっ!」と発狂しているユウジを見てるとさすがにムカムカしてきた。別に一緒に帰りたいわけじゃないけど、そこまで露骨に嫌がられたらこっちだって嫌な気分になるし落ち込む。
そりゃあ小春ちゃんと一緒にいたいユウジにとっては私は迷惑な存在なんだろうけど。
「ユウジ、私はいいよ。一人で大丈夫」
だから私は大人の心でこう言ったのに、あろうことかこのモノマネ男はすごい形相で睨んできたのだ。
「余計なこと言うなや。お前は黙っとれ!」
キレた。
いくらユウジがイライラしていると言っても限度がある。もう許さない。こんなヤツ知らない。一緒に帰るなんてこっちから願い下げだ。まだ揉めてるユウジたちを置いて私はカッカしながら一人で学校を飛び出した。
一氏の大バカアホモヤロー!明日ドリンクにタバスコ入れてやる。それを飲んだユウジに差し出す水にもタバスコ入れてやる!怒りに任せてズンズン歩いた。だけど、憤怒が落ち着いてくると今度は先ほどの白石の言葉がざわざわと心を乱した。
『痴漢やらストーカーやらが出没すんねんて』
この道は暗い。街灯も少ないし辺りは住宅街で夕方は人気がない。襲われた子たちはどの辺に住んでたんだっけ。思い出せない・・・
ひた、ひた
その時、背後から足音が聞こえた。私は思わず立ち止まった。何も聞こえない。空耳かと安心して再び歩き出すと、
ひた、ひた
背筋が凍りついた。心臓が狂ったように騒ぎ出す。
まさかそんな、
恐怖で足がすくむ。立ち止まったのに今度は背後からの足音が止まらない。
ひた、ひた、ひた
近づいてくる。すぐそばで聞こえる。だめだ、怖い!!私はぎゅっと目を閉じた。
「おいオッサン、うちの看板マネージャーに話があるんやったら事務所通してもらおか」
「ひィィ!」
「・・・え?」
ゆっくり、ゆっくり後ろを振り返るとそこにいたはジャージを着た中年の男の手首を冷徹な眼差しで捻り上げる
「ユ、ウジ・・・?」
「おい、このまま通報したってもええんやぞ」
「か・・・堪忍・・・」
開いた口が塞がらない。どうしてユウジがここに。そしてこの状況は。ユウジの足元で半泣き顔をしている男を見た。ビーチサンダルを履いている。もしかしてさっきのひたひた言う音の正体はこれだろうか。
ふと、この状況で冷静にモノを考えられている自分に驚いた。さっきまであんなに怯えていたのに。
「俺の観察眼で見たところオッサンは連続変質者事件に誘発されたっちゅーとこやろ。やけに周りを気にしとったし迷ってんのバレバレや。今日は勘弁したるけど今度同じことしたらぶっ殺したるからな。二度とこいつに手ぇ出すなや」
「は、はい!」
ユウジが凄味を効かせて手を放した途端男は転がるように走って行った。やれやれ、と頭を掻きながらユウジは私に向き直った。
「ユウジ、何で・・・」
「アホか!」
「ひっ」
近所迷惑なほど大きな声で怒鳴られ、思わず肩をすくめた。
「変質者出る言われて何でホイホイ一人で帰んねん!襲われたいんか!」
「だってユウジが、」
「俺が何や!自分の安全が第一やろ!踏んじばってでも連れてかんかい!」
言ってることが滅茶苦茶だ。ユウジの視線が刺さるように痛い。でも一つだけ分かるのは、ユウジは私のために怒ってるということ。
「・・・ユウジ、小春ちゃんは?」
「はあ?あんな、いくら小春がラブリーでキューティーでもアイツは男やで」
「知ってるよ!」
「お前のが危ない思たから来てやったに決まっとるやろ」
「へ」
ユウジは私に馬鹿にした視線を向け、わざとらしくため息をついた。
「しゃーないからしばらく登下校に同行させたるわ」
「ユウジ、」
「ほら行くで!ぐずぐずすんなや。置いてくで」
「あっ・・・」
ユウジはやっぱり馬鹿だ。アホだ。女の子の気持ちなんか全然分かってない。大嫌いだあんなヤツ。せめて、
せめて、もう少し優しくしてくれたら素直に「ありがとう」って言えるのに。