届けものの続編になります。


逃げるように幸村くんの病室を立ち去ったあの日から私は二度彼の病室へ行けないでいた。いつしか空気は暖かくなり、風は春の匂いを孕んでいるのに。


怖かった。

幸村くんがまた泣いていたらどうしようって。
その時私はどうすればいいんだろうって。

何をしていてもふっと頭にあの時の幸村くんの嗚咽が甦ってしまう。その度に胸が締め付けられる。開けられなかったドアの僅かな隙間が脳裏にちらつく。


幸村くん、どうしているだろう。


柳くんから幸村くんが私に会いたがっていると聞いたのはそんな時だった。



『精市の病状が安定してきてな。お前に一言お礼が言いたいそうだ。行ってやってくれないか』

・・・そんな風に言われたら行くしかないと思う。私は小さく溜め息をついた。

あの日と同じようにお花とフルーツセットを持って私は結局病院のエントランスにいる。そしてそこから動けないでいる。


まだ覚悟が出来ていないんだ。真剣に病気と闘っている幸村くんと向かい合う覚悟が。

自分の情けなさに涙が出そうだ。


その時。立ち往生している私の前に、白い花弁が一枚舞いながら落ちた。

「何だろ・・・」

こんな所に花びらなんて。そう思って拾い上げると桜の花びらだった。確か病院までの道中の並木道も綺麗な桜色に色付いていた。

「もうすっかり春なんだなあ・・・」

幸村くんが学校を休むようになって季節が一つ巡ってしまったのだ。そう考えると少し寂しくなる。

でもどこから飛んできたんだろう。辺りを見渡すと病院の中庭に繋がる扉が開いていた。導かれるようにその扉を抜ける。中庭は広く、暖かな日差しに包まれている。

その眩さの中にベンチに腰かける一つの姿があった。

「・・・ゆ・・・っ・・・」


―――・・・・・・一瞬、天使かと思った。


若葉色のパジャマを着た幸村くんが陽光の中で優しく目を閉じていた。周りには風に桜の花弁が舞い踊っている。雪のように白い肌。幸村くんが今にも透けて消えてしまいそうで、呼吸することも躊躇われた。

私の気配に気付いたのか幸村くんがそっと目を開けた。

「幸村、くん」
「・・・来てくれたんだね」

そう言って柔らかく笑う。幸村くん。数ヶ月ぶりに目の当たりにする幸村くんだった。身体に緊張が走った。

「そんなに固くならないで。隣に座ってくれないか」
「は、はい!」
「ふふ・・・どうして敬語なの」

ぎこちない動きで幸村くんの隣に座った。洗剤のいい匂いがする。幸村くんを直視出来なくて、私はお見舞いの品をずいっと差し出した。

「ありがとう。あの日と同じだね」
「・・・!覚えてたの?」
「当たり前だろ。君がお見舞いに来てくれた日なんだし。ね?」

ね?と言われても・・・!!何故だか顔が火を噴きそうだ。正面を向けない。そんな私を見て幸村くんはまた微笑んだ。


「あの日は・・・みっともない姿を見せてしまったようだね」
「・・・!!」
「いいんだ。ごめんね、折角来てくれたのに気を遣わせてしまって」
「そんなこと、」

・・・幸村くんの目は真っ直ぐだった。
向き合っているんだ。幸村くんはちゃんと、自分の弱さに。


・・・私は・・・?


「俺、体力が戻ったら手術を受けるつもりなんだ。もう一度テニスをする為にね」
「テニスを・・・?」
「そう。成功するかは分からないけどね。その前に君に会っておきたかったんだ」
「・・・」

大変なことを私に話してくれている。それは分かった。幸村くんの覚悟がピリピリと痛いくらい伝わってくるから。

でも、何で私に?


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