「どうしよう・・・」

B組前の廊下で右往左往する私。原因は一週間前に友達とした賭けだった。


“今度の期末テストの総合点数が低かった方がバツゲーム”


やるんじゃなかった・・・と今さら後悔しても遅い。自信はあったのに、つまり私は負けてしまったのである。

しかもその友達というのがテニス部の大ファンで、バツゲームの内容はなんと「仁王雅治のヘアゴムを取ってくること」ときた。


無理。絶対に無理だ。

一年生の時は同じクラスだったけどはっきり言って仁王くんとは会話すらした記憶がない。というか仁王くんは掴み所が無さすぎる。テニス部に所属する彼は全校で知らない者はいないほど有名なのに。おかしな話だ。

私が彼について知っているのはテニス部であることと女の子にもてることと、後は・・・


「・・・そんな所をうろついて、どうかしました?」
「柳生くん!」

そうだ柳生くんがいた!
私には丁度通りかかった柳生くんが救世主に見えた。急いで駆け寄る。

クラスメイトである柳生くんとは好きな本が被ったりしていてよく話した。その柳生くんは確か仁王くんと仲がいいはずだ。彼なら何とかしてくれるはず。

しかし慌てて説明した後の彼の表情は渋かった。

「どうでしょうねえ。私が何かしたら余計面白がって話をこじらせるような人ですからね、彼は」
「そうなの・・・?」
「ええ。仁王くんは私の理解の範疇も越えますよ」

「すみませんねえ」と眼鏡を押し上げた柳生くんに、内心がっかりしていた。折角名案だと思ったのに振り出しに戻ってしまった。

しかし柳生くんは「あ、」と声をあげた。釣られて柳生くんの視線の先を追う。

そこには、教室の隅で机に俯せになっている・・・


「仁王くんは丁度寝ているようです。今実行してはいかがですか?」
「えええ!?」
「大丈夫です。彼ならそれくらいのことで怒りませんよ」
「そういう問題じゃないよ・・・」


しかし申し訳なさそうにしていた柳生くんにこれ以上迷惑はかけられない。

・・・そーっとやれば、バレない、よね?

幸い昼休みでB組の人口はまばらである。私は意を決して敵陣に飛び込んだ。

抜き足、
差し足、
忍び足。


そーっと寝ている仁王くんの背後に回った。俯せなせいで顔は見えないが、肩が規則正しく上下している。しっかり寝ているようだ。

ゴクリと生唾を呑んだ。

壊れ物に触るように仁王くんの色素の薄い髪に手を伸ばす。緊張して手元が狂いそうになるのを必死で抑えた。

ヘアゴムは思いの外細かった。髪にしっかり巻き付いているようで一気に引っ張ることは出来ない。なかなか動かないのにやきもきしながら、根元を押さえて少しずつ引き抜いた。ゴムは滑りにくかったが慎重に、慎重に作業を続けた。そして・・・


「と、取れた・・・」


信じられない。青いヘアゴムが私の手に収まっている。何とも言えない達成感に胸がいっぱいになった。

しかしボーっとしているわけにはいかない。仁王くんが起きるかもしれない。今や仁王くんの銀髪は彼の手元に落ちている。即刻退散!とB組を飛び出した。


全速力で廊下を駆ける。もう少し、もう少しで自分のクラスというときに、曲がり角から現れた誰かとぶつかりそうになった。

「わっ、ごめんなさ・・・」


「そんなに急いで何処へ行くんじゃ?手をしっかり握りしめて、のう?」



こ、この独特の喋り方は・・・?
おそるおそる顔を上げると、そこには先ほど仕留めたハズの銀髪のターゲットが。緩く制服を着こなし、ニッと笑っている。


「に、仁王くん!?」
「そう。仁王じゃ」
「何で!?B組にいたハズなのに・・・って、何であるの!?」


今度こそ目を丸くした。目の前の仁王くんの綺麗な銀髪には私が今握りしめているはずの青いヘアゴムがきちんとついていたのだ。

口をパクパクさせていると仁王くんはクックッと楽しそうに笑った。

「お前さんがこんなに大胆で面白いことをやってのけるとは思わなかったぜよ。騙し甲斐があるのう」
「は・・・?」
「お前さんがゴムを奪った相手は柳生じゃよ。ヅラだったからゴム、外しずらかったじゃろ?」
「え・・・?で、でも」

B組出撃の前に話をした柳生くんは・・・

「アレは俺ぜよ」
「ええええーーっ!!?!」
「・・・お前さんは本当に面白いダニ」


そんな、あの時点で仁王くんと柳生くんが入れ替わってたなんて!

「でも何でそんなこと・・・」
「柳生が教えてくれてのう。クラスに興味深い賭けをしてる女子がいる・・・ってな」
「え!?」

ま、まさかの柳生くんの裏切り!?
ショックを隠せない私を見て仁王くんはまた笑った。

「柳生は知ってたからのう・・・」
「え?」
「何でもないぜよ。それより」


トン、と廊下の壁に背中を押し付けられる。仁王くんが不敵な笑みを浮かべながら近づいてくる。

「ほら、お前さんバツゲームの続きをせないかんじゃろ?」
「え?ちょ、仁王くん」
「お前さんがヘアゴムを奪ったのは柳生。ならバツゲームは失敗じゃろ?俺から取り上げるまで終われんのう」
「そ、そんな」
「俺とお前さんの勝負、じゃろ?」


耳に唇を寄せられ、「さあ、鬼ごっこの始まりぜよ」と囁かれれば。



勝てる気なんかしないよ、仁王くん。








(感謝しとるぜよ柳生。お陰で上手くいきそうじゃ)
(それは何よりですが、彼女には悪いことをしました)
(プリッ)

仁王は気になってたっていう。
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