帰りたい。帰りたい。いっそ蒸発したい・・・!
同じ言葉が何度も頭をぐるぐる回り、そのたびに軽い嘔吐感に見舞われた。

回りを見渡すとみんなはたった今流行りのポップスを歌っている忍足くんに注目していた。薄暗いが騒々しいカラオケの一室で自分は明らかに浮いていた。


ああ、どうしてこんなことになってしまったんだろう。

学年の終わりだからと強制的に参加させられた打ち上げの内容はカラオケ大会だった。私の一番苦手なものである。それだけでも気が滅入るのに、お調子者な幹事は座席順で一人一曲ずつ歌うことを提案した。最悪だ。しかも大多数が賛成し提案は可決された。終わった、と思った。

私はカラオケに殆ど行ったことがないのでどのくらいの声量を出せばいいのか分からない。その前にそもそも人前で何かするのが大嫌いなタチで、関西にいることも苦痛に感じる時がある。誰にも言ったことはないけれど。


悩んでいるうちにとうとう左隣の友達の番になってしまった。ノリノリで立ち上がった彼女の隣で私は凍りついた。

やだ、どうしよう、やだ・・・

足が震える。心臓のバクバクいう音がやけに大きく聞こえる。友達の歌声なんか耳に入らない。逃げ出したい。消え去りたい。でも今さら不自然すぎる。ああどうしたら・・・


とうとう友達が歌い終わってしまった。沸いた空気の中みんなの視線が私に注がれているのを感じて一気に体が熱くなる。幹事に急かされ入れる曲を聞かれる。ああ、もういっそ倒れてしまおうか。そう思った時だった。


「あ、俺も一緒にデュエットでかまへんかな」


えっ?

私を含めたみんなが、私の右隣に座っていた人―――白石くんを見た。

白石くんは私の腕を引いて立ち上がっていた。ニコニコしながら。


え?今白石くんなんて言った?一緒に歌う?私と?


クラスのみんながざわざわと騒ぎだした。そりゃそうだ。大人しい私と違って白石くんはクラスの中心たる完璧なイケメンだ。かくいう私も訳が分からない。困惑しっぱなしだ。


だけど白石くんはそんなの気にしないというように飄々としながら、私だけに聞こえるように囁いた。

「自分ドラ○もんの歌は分かるやんな?アンアンアンいうやつ」
「え、あ、うん。一応・・・」
「ならそれの秘密道具のとこだけ歌ってや?ほないくで!」
「・・・え?あ、ちょ!」

いつの間に入れたのか、次の瞬間ドラ○もんのテーマが流れ始めた。この曲でも白石くんはソツなく歌う。女子がメロメロになっていた。

問題のシーンが近づくと白石くんは目配せした。私は無意識に頷いた。

「そ〜らを自由にと〜びたいな〜」
「は・・・い、タケコプター・・・」

みんながどっと沸いた。どうやらそれまでの白石くんの完璧なドラ○もんに私の自信無さそうなセリフが被さったのが面白かったらしい。白石くんが歌いながらウインクしてきたので思わず笑ってしまった。


結局私は二つのセリフしか言わなかった。もはや白石くんのワンマンドラ○もんだった。それでもはっきり分かる。


白石くんは震える私を助けてくれたのだ。


白石くんがフィニッシュを飾り盛大な拍手の後、私は白石くんに無言で頭を下げた。

「顔上げや。俺が勝手にやったことなんやから。謝ることないて」
「だ、だけど・・・」

思わず顔を上げた瞬間、笑顔の白石くんに額を小突かれた。

「俺が個人的にやりたかったからやったんや。セリフ、可愛かったで」


さっきまでのが比じゃないくらい顔が熱くなった。そしてさっきまでのが比じゃないくらい鼓動が速くなった。







恋の始まり。




白石がアンアン言うと卑猥・・・
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