ペダル | ナノ


「彼氏とどこまで進んでるの?」と訊かれると私はすごく困ってしまう。翔くんと私のいつもの距離感といえば手が触れるか触れないかの間隔で並んで歩くとか、二人掛けのベンチで右腕と左腕をぴったりくっつけて座るくらいで、それは他人から見れば幼児のままごとみたいなものかもしれなかった。私はそれだけでも結構精一杯なのだけど、顔に出さない翔くんが先に進みたいと思っているのかどうかよく分からない。でも時々、故意かどうかも分からないふんわりした感覚で、翔くんの唇が私の頭のてっぺんに降りてきているような気がする。身長差を利用して、翔くんは私に見えないようにそんないたずらをした。そして私が動揺したのを見て取ると、決まってそっぽを向いてしまうのだ。


だけどその日は違った。翔くんの部屋のソファーで一緒にレースのビデオを見ている時だった。ふいに翔くんが目を細め、私のつむじあたりに唇で触れた。何回か経験したことなのにドキドキしすぎて目を伏せてしまう。しばらくすればいつも通り離れてくれるだろうと思って耐えていたけれど、そうはいかなかった。

口唇がどんどん降りてくる。額までくだってゆっくり口づけたかと思うと、ずずいっと押され、ソファの背に頭を預ける体勢にさせられた。その状態でじっくりと見つめられるのは恥ずかしくて死ねると思った。翔くんの薄い唇が私のそれと重なったときはもうこの世の終わりだと思った。寿命までの心臓の鼓動を全て使い切りそうだった。

大きな手で目を塞がれ、繰り返されるキスを無防備に受け入れ続ける。

「ま、待って」

キスの合間に声を出すと、翔くんは口の端に唇を寄せたまま「なんや」と応えた。じとっとした眼差しに背筋がゾクゾクする。

「なんで、今日は・・・・・・」
「ボクらそういう関係やないの」
「そうだけどっ」
「いったん」
「え?」
「いったん口離したら、もうダメになる気ぃする。離してしまうからそっから先がないんやって、いつも思っとった」

彼の告白に息を呑んだ。唇はさらに下降する。つるつると首を伝って鎖骨のあたりを逡巡した。こそばゆいくらいの優しい触れかたなのに、唇の通り道がヒリヒリするような錯覚におそわれる。

せめて何か喋ってくれたらいいのに。いつの間にかテレビも消されていて、他に音がしないから自分に施されている行為に集中するしかなくなる。ちろちろと右肩をさまよう唇のほかに細く長い指が腹部に伸びている気がついた。やめて、お腹撫でないで、恥ずかしい。這うような手の動きに意識が飛びそうだ。やんわりと腰を掴まれたとき、ついに限界を超えてしまった。

「わーーー!!!」
「はっ?」

突如大声をあげた私に、翔くんはぎょっとして身体を離した。それでもまだ心臓はポンプするのをやめない。私の頭の横に手をついたまま見下ろしてくる翔くんの表情は「解せぬ」と言っていた。それはそうだ、私は最悪のかたちでムードをぶち壊してしまったのだから。せっかく翔くんが私と進展したいと思ってくれてたって分かったのに。伝わってきたのに。でも、でも、

「・・・今日は」
「は?」
「今日は、かわいい下着じゃないから、だめです・・・・・・」

一瞬の間。珍しく翔くんが顔全体で困惑していた。

「・・・・・・はあ?」
「あ、あと、心の準備ができてないからちょっと待って・・・・・・次!次に家で会えるときは・・・・・・あっでも翔くん忙しいよね、やっぱり今日じゃないとだめなのかな・・・・・・じゃあせめて電気」
「待ち、待ちや」

自分でも何を言っているのか分からなかった。発熱しそうな頭に浮かんだセリフをポンポン口に出していると、翔くんが私の両肩を勢いよく掴んだ。目線を左下に泳がせて、困り果てている姿は小さな子どもみたいだ。

「だ、誰もそこまでするとか言ってないやろ・・・・・・」
「えっ」
「ボクはただ、口、に、したくて、やけど一回離したらもう触れんくなりそうやから、そのまま、それで」
「は はい」
「キミいっつも、口にするの怖がってそうやったから、離さんどけばええかと思って」
「それは、その、怖いとかじゃなくて、あの、恥ずかしかっただけで・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

すごい。翔くんの顔、平静を装ってるけど赤くなっている。あんなふうに触っておいて「そこまでするとは言ってない」だなんて!?と思ったけど、翔くんなりの苦しい言い訳なんだと察するとたまらなく彼が可愛くなった。

いつも饒舌で余裕たっぷりな彼が、私の前でだけ、たまに少しだけ分かりやすくなる。口に出してくれなくても、触れるキスや身体をなぞる手つきで好いていると伝えてくれる。こんなにいとしい人がそうそういるだろうか。頑張って応えようと思わせてくれる人がいるだろうか。

「今日、キスできて嬉しかったよ翔くん」
「それは何よりで」
「次はちゃんとしてくるから、もっと触っても大丈夫だよ」
「・・・・・・キミ、もっと慎み深かったんやないの?無理して強がんのやめ。だいたいいきなりベタベタ触られて喜んどるようでどないすんの」
「それは・・・・・・翔くんだからでしょ」
「・・・・・・まァ、お望み通り触り倒してやってもええけども」

素っ気ないセリフを吐きながらももう一度額に優しくキスしてくれる翔くんの背にそっと手を回した。少し大胆になった彼も、大きな彼のこじんまりとした部屋も、心臓の鼓動に逆らうようにゆっくり流れる時間も、これからすべて私のもの。私だけのものなのだ。



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