きみのためなら星をつかまえよう(サスケ) | ナノ

一年分の不幸が一度に降ってきたような日だった。

家を出てからの急な雨で、念入りに整えた髪も無残にボサつき、お気に入りの草履はぐちゃぐちゃ。それでも気を取り直して彼の家に行ってみれば、急ぎの任務が入ったから映画には行けなくなったとの伝言が入る。相手は忍者だものね、仕方ないと一度は家に帰ったものの、せっかくのチケットが勿体ないと思い夕方映画館に向かったら、なんと他の女の子とデートしている彼を見かけるなんて。


「こんなこと、本当にあるんだなあ・・・」

橙色に染まる空の下、惨めな格好でうずくまる私をたくさんの人がジロジロ見た。映画館から逃げるように走ったときにすっころび、とっておきの着物は濡れた地面のせいでぐちゃぐちゃ、鼻緒も切れてしまった。鼻緒の切れた草履はむしゃくしゃして途中の橋から投げ捨てた。でも片方だけ履いているのは未練がましい気がして、もう一方もさっき近くの茂みに放った。

足も着物もドロドロで、早く帰りたかったのに動けなかった。優先されなかったってことは、私の方が遊びなのかなあとぼんやり考える。全く気付かなかった。いや、もしかしたらあの子も遊びなのかも。二度と会いたくもないけれど、私のことはどのくらい好きだったんだろうとか、どうしようもないことばかり頭に浮かぶ。浮かれていた自分が情けない反面、思い返せば結構楽しい思い出ばかりだったから、憎みきれないのが腹立たしい。


お日様が西の海に沈むように、跡形もなく溶けて消えてしまえたらいいのに。私は両膝に頭をうずめた。幸せな記憶だけ抱いたまま眠ってしまって、二度と醒めなければいい。それともこんなに悪いことがあったのだから、今日の終わりに一つくらい、死ぬほどいいことが起きればいいのに。



「裸足で歩くにはちょっと寒い時期じゃねえか?」


低く甘い声が自分のすぐ傍で聞こえた。顔を上げると、しゃがみこんだ私と視線を合わせるように、至近距離で美しい男の子が地面に片膝を突いていた。え、何?だれ?困惑する私の足元に、男の子は涼しい表情で一揃えの草履を置いた。真新しい、新品だった。

「履きな」

艶やかな黒髪のその男の子は優しく言った。どこの誰かも分からないのに、私は促されるままに草履に足を入れていた。赤い鼻緒の、可愛らしい草履だった。私の足にピッタリだ。

「あの、これ・・・」
「ポイ捨てはダメだぜ」 

男の子が背後から取り出したものにギョッとした。先ほど茂みに捨てた私の草履の片方だった。じゃあ、これを見つけて同じサイズの下駄を探してきてくれたんだろうか?私のために?


「どうして・・・」

他に聞くべきことがあるのに、私は熱に浮かされたような頭でぼうっと男の子に尋ねた。彼のペースで話がしたかった。こんな気分になったのは初めてだった。きっと男の子が見たことがないくらい整った顔だったからだ。それともこの夢みたいな展開に浸りたかったのかもしれない。

「俺はお前の味方だからさ」
「味方って?」
「お前の隣にいるってこと」

男の子は私の両手を取って立ち上がらせてくれた。流れるような仕草。お姫様をエスコートする王子様みたいだと思った。

「酷い格好でしょう」

私は恥ずかしくなって俯いた。

「転んじゃったの。雨が降ったのに、ツイてなかった」
「じき暗くなる。そうなれば分からない。誰にも見られないように、オレが家まで送ってやるよ」
「どうやって?」
「オレは忍者だ。それくらいわけない」
「忍者・・・」


忍者。その言葉が引っかかった。この男の子も忍者なんだ。あの裏切り者のアイツと同じ、この里の忍者。あれ、確かどこかで聞いたことがなかったか。女の子に常に取り巻かれている、イケメン忍者の話・・・


「もしかして、うちはサスケ?」
「へえ、知ってくれてたんだ」

うちはサスケは薄い笑顔で応えたが、私は慌てて身体を引いた。うちはサスケと言えば有名な遊び人じゃないか!私の友達も何人か骨抜きにされていた気がする。あいつと同じ、女心を玩ぶ最低な・・・!


「どうしたんだよ」
「こ、来ないでよ!あいつと同じ浮気者なんてまっぴら!!」
「あいつ?あいつって?お前の男か」
「もう違うわ!!」

いきなり感情的になった私に、うちはサスケは切れ長の目を細めた。

「そんな格好なのはそいつのせいか」
「!」
「その男が浮気したんだな。せっかく、そんなにとびっきりオシャレしてった日にさ」
「・・・・・・」


気付いてくれた。一番気付いて欲しかった人には届かなかったけど、ここに一人、分かってくれる人がいた。ほだされちゃダメだって思うのに、嬉しくて嬉しくて泣いてしまいそうだった。うちはサスケはひどく優しい声音で私に囁いた。

「オレは浮気なんてしないぜ。みんなに平等なつもりだ」
「そんなの・・・みんなに冷たいのと一緒だよ」
「そうか?でもオレは今お前の支えになりたいと思う。お前に寄り添ってやりたい。これも本心だ」
「だって私たち、会ったばっかり・・・」
「オレの気持ちを言ってるだけなんだから、時間なんて関係ないだろ。いつまでも湿気た面してんなよ。可愛い格好してんだから、笑ってなきゃ勿体ないぜ」

そうして優しい手が私のボサボサの髪に赤い薔薇を一輪差した。ズルい、理屈になってないと頭では反論しているのに、私は彼の手を払えなかった。安らぎとときめきが疲れた心に染み渡っていく。

うちはサスケが本当はどんな人間かなんてどうでもよくなっていた。私のことなんて大勢の女の子の一人なんだろう。頭の隅で分かっていた。ただ一時でも長くこの素敵な時間が続いて欲しい、恋物語のヒロインでいたい。この人なら、そんな望みを叶えてくれそうな気がして。

「男のこと、すぐには忘れられなくても、オレといる間は考える必要ない、そうだろ?」
「ウ、ン・・・」
「いい子だ。オレの肩に手回せ」


うちはサスケは軽々と私を抱き上げた。お姫様抱っこなんて生まれて初めてかもしれない。あいつより断然いい匂いがする。

「家どこ?」
「・・・りたくない」
「ん?」
「・・・まだ、帰りたくないの」

ぎゅっと抱きつく力を強めれば、うちはサスケは不敵に微笑んだ。


「分かった。とっておきの夜景スポット、連れてってやるよ」

ありがとう。どうか私を、ひたすら甘やかして。

もうスッカリ日が落ちて、街は楽しげな灯りでいっぱいだ。その空気の中を彼は、風を切るように飛んだ。彼を独り占めできるのはきっと今夜だけだ。彼はみんなのうちはサスケ。それでも今は彼に身を委ねたかった。今日この日、もう少しだけ身に余る幸せを堪能しても、バチは当たらないよね。




end
楽観視してくれるなよ様に提出しました。
楽しかったです、ありがとうございました!
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