たった二人のエピソード(白石) | ナノ


塾で仲良くなった友香里ちゃんの家で勉強会をすることになったのは、寒さ厳しい1月中旬だった。友香里ちゃんとは違う中学校だけど、志望校が同じでこれまでもよく一緒に勉強していた。だけど友香里ちゃんのお家にお邪魔するのは初めてだった。



「あーん、全っ然分からん!!」

友香里ちゃんはバタッと後ろ向きにベッドに倒れこんだ。友香里ちゃんの部屋は女の子らしく色んな物がゴチャゴチャしていて居心地が良い。一緒にキッチンで淹れた紅茶を飲み干して、今にも目を閉じてしまいそうな彼女を見てため息をついた。

「四時間もやってるのにちっとも進まないよね」
「ほんま!数学っちゅー教科を生み出した人間をしばき倒したいわー」

私たちの志望校はこの辺りでもレベルが高いところで、二人とも模試の判定はギリギリだった。特に足を引っ張っているのは数学で、苦手な人間が二人で顔をつき合わせたところで進展する気配は微塵も無かった。2時頃から始めていたから窓の外はすっかり暗くなっていた。


「こりゃ夜クーちゃんに聞くしかないかなあ」
「クーちゃん?」

友香里ちゃんがボソッと呟いた言葉に首を傾げた。

「あー、兄ちゃんのこと。うちらの志望校に通ってて頭はいいんやけどな。今日は部活やから遅くなりそうやな」
「お兄ちゃんがいたんだ!」
「うん、やけどクーちゃんに勉強教わるのは好かんの。すっごい張り切って教えてくるから・・・正直ちょっと過保護なんよ」
「いいお兄ちゃんじゃん」
「そーかなー、じゃあアンタにやりたいわー」
「友香里ちゃんてば・・・」


でも勉強を教えてくれる頭がいい兄弟がいるなんて羨ましかった。しかも志望校の先輩なんて、つくづく素敵な巡り合わせだ。私も気軽に質問できる人がいればいいのに。それはさておき、時間も遅いからそろそろおいとましようかな・・・。そう思って立ち上がり友香里ちゃんを見下ろすと、なんと彼女は安らかな寝息をたてて眠っていた。


「えっちょっ、友香里ちゃん!!」
「んー・・・」
「・・・・・・」

困ったな、でも本人の家なんだから起こすのも可哀想かもしれない。いっぱい頭使ったもんな。少し悩んで、私は友香里ちゃんを起こさずに帰ることにした。せめて後片付けだけでもしようと、二人分のティーカップを持って、友香里ちゃんを起こさないようにキッチンへ向かう。私たちの他に誰もいない一軒家は薄暗く、静かだった。

カップを水に浸けようと蛇口を捻った。チョロチョロ流れ落ちる水を見ていると、これからの受験のことが思い起こされ、気が滅入った。その時だった。



「友香里ー、自分の部屋におるときは玄関の鍵閉めときって言うたやろ?危ないやん」
「ひっ!!」

いきなり背後から抱きつくように軽く羽交い締めされ、息が止まった。後ろの人物はそのまま私の頭に顎を乗せて、気だるげに息を吐いた。低く甘い声が降ってくる。

「姉ちゃん今日は帰らんのやったっけ?なあ、今日の夕飯何がいいと思う?適当に作れ言われてんけど・・・」
「・・・・・・」
「・・・友香里?」


私は衝撃のあまり何も言えず、ただ口をパクパクさせていた。訝しく思ったのか、背後の人は私の肩に手をかけ、振り向かせようとした。

「なあ友香里、なにかー・・・・・・?」

私が後ろを向いた途端、お互いに固まるのが分かった。私は相手のあまりのかっこよさにショックを受けていた。ほの暗くても分かる、めちゃくちゃイケメンだ。そうか友香里ちゃんのお兄さんかと思い至る前に、彼は「うわああああああああ!!」と叫びながら後ずさり、壁に頭をぶつけた。


「痛っ・・・えっ、えええええ!!!??誰・・・・・・」
「あ、あの、友香里ちゃんのお兄さんですか・・・?私、塾の友達で・・・」
「ええええ!!??うわっ、あの、ごめん、ほんまごめんなさい・・・!!暗くて背格好も似とったから、つい・・・!!」
「いえあの、こちらこそすみません紛らわしくて・・・」
「えっ、いやいや・・・」
「いやいやいや・・・」


お互いにパニックに陥っていた。お兄さんが慌ててキッチンの電気をつけた。明るくなったことでお兄さんのイケメン具合がはっきり分かり、私は顔がみるみる熱くなるのを感じた。

今までこんなかっこいい人は見たことがない。色素が薄くて、全てのパーツが恐ろしいほど整っている。だが今、その端整な顔は申し訳なさすぎて泣き出しそうにも見えた。肩に大きなテニスバッグを背負い、志望校の学ランを着たお兄さんは明らかに狼狽えていた。こんなイケメンにあんなことをされたのかと思うと自分が卒倒していないのが不思議だ。


「本当にごめんな、俺のことぶってええよ」
「気にしないでください・・・あの、お邪魔してます・・・」
「あっ、ハイ。せや、俺は友香里の兄の白石蔵ノ介です、ゆっくりしてき。・・・って言うてももう遅いよな。・・・友香里は?」
「一緒に勉強会してて、その、寝ちゃってます・・・私はそろそろおいとましようと思ってて・・・」
「あいつ・・・しょーのない妹でごめんな。そうか後片付けしてくれとったんか、ありがとう」
「いえ、これくらい・・・」


白石さんは動揺が収まってきたのか、私にニコッと笑ってから心配そうに窓を見た。

「一人で帰るんか?外暗かったで。お家どの辺り?」
「大丈夫です、隣の中学校の近くですから」
「ここからやと結構遠いやん。俺が送ってくわ」
「え゛」
「友香里を叩き起こすのもアレやしな。荷物これだけ?」
「そんな!ご迷惑をかけるわけには・・・」
「ええって、さっきの埋め合わせや。君はめっちゃ礼儀正しいし、優しいし、そんな子を一人で帰せへんよ」

白石さんはそう言ってバツの悪い笑みを浮かべた。いやいやこんなイケメンに送ってもらうなんて余計に心臓が破裂するんですけど!!・・・とは言えず、気付けば暗い夜道を白石さんと歩いていた。キリキリと刺すような寒さに身をすくめた。白石さんは自分の自転車を押している。どうしてこんなことに。


「友香里と中学校違うってことは、塾のお友達?」
「えっ」

いきなり白石さんに話しかけられた。寒さのせいかなんなのか、口が思うように動かない。

「あ、はい・・・」
「そっか。もしかして志望校も友香里と一緒とか?」
「そうです。白石さんはあの学校なんですよね・・・?」
「ああ、友香里に聞いたんか。そうや、今二年生や。受かったら一年は同じ学校に居れるなあ」
「っ!!」

深い意味は無いと分かっているのに、白石さんの言葉に顔がカッカと燃えるようだった。

「嫌やったら答えんでもええんやけど、どう?受かりそう?」
「ギリギリ・・・です」
「そっか、ここが正念場やな」
「はい。数学が厄介で」
「なるほど。友香里もヒーヒー言っとるわ」
「友香里ちゃんが羨ましいです。白石さんみたいなお兄さんがいて。質問できるし・・・」
「え?」

しまった。つい余計なことを口走ってしまった。急いで取り繕おうと白石さんを見上げると、白石さんは驚きながらも嬉しそうな顔をしていた。


「そうやったんや。良かったら都合がつく日にでも勉強見ようか?」
「えっ・・・ええええ!?」
「俺は全然構わんけど、どう?家まで遠かったら近くのマクドとかでもええし。友香里のお友達なんやから、ぜひ一緒にウチの学校来て欲しいし」
「そんな、でも」
「遠慮せんとって。失礼なことやってしもうたんやし。俺こう見えても教えるの上手いって学校では評判なんやで?なぜか友香里は嫌がるけどな、反抗期かな・・・」

こんな展開になるなんてとても信じられなかった。しかし私は無意識に力強く頷いていた。白石さんは優しく微笑んで、携帯を取り出した。

「じゃあアドレス交換しよか?部活無いときやったらいつでもええよ」
「ありがとうございます・・・私なんかに」
「友香里のお友達なんやし、俺の方がお礼言いたいくらいや。いつもあいつと仲良くしてくれてありがとう」
「こちらこそお世話になってます・・・!勉強頑張ります!!」
「その意気やで。俺が教えるからにはしっかり点取らしたるからな!」
「はい!!」


白石さんに頭を撫でられながら、私はどうやって友香里ちゃんに説明するべきかと考えていた。友香里ちゃん、びっくりするだろうな。もし嫌がられたら・・・。でもこの白石さんとの時間は、自分の胸だけにそっと取っておきたい。なぜだかそう強く思った。これが恋だと、私がまだ気づいていない頃のことだった。



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