ホロスコープ1 | ナノ


一年生が飛行訓練で四十メートルの高さから落ち九死に一生を得たこと、それをスゴ技で助けたのが同級生だということはあっという間に学校中に広まった。その噂を聞く度に私は顔から火が出そうになった。ジェームズ・ポッターは特にこの話が気に入ったようで、その場にいなかったことを猛烈に悔しがった。


「すっごいよなあ・・・」

ジェームズは羊皮紙をはみ出していることに気付かないまま横線を引き続け、羽根ペンが談話室のテーブルをガリガリ引っかいていた。

「地上四十メートルから落ちるってどんな感じ?僕、箒に関してはよく知ってるつもりだったけど、落ちたことはないもんなあ・・・それにスリザリンがグリフィンドールを助けるなんて、明日の天気は晴れ時々ふくろうだぞ」
「うん。でも、スコーピウスは多分私の命を助けたこと後悔してるよ」

私は肩を落としながら言った。恐怖の木曜日の翌日、私は魔法薬の教室に一番に乗り込んでスコーピウスを待った。謝って、お礼を言うために。だが私が半泣きでひとしきり喋る前に、スコーピウスは不愉快そうな嘲り笑いをした。

「あの時も言ったように僕はヘドが出るような死体を見たくなかっただけだ。それに君の謝罪なら入学してから数え切れないほど聞いた、だけど君は何度謝っても愚鈍なままだ。成長することが無いとはっきり分かった」
「それは・・・」
「とは言え、君にそれを期待するのも酷だということも十分に分かったよ。せめてホグワーツのレベルをこれ以上落とさないよう退学なりなんなりしたらどう・・・」


と、スコーピウスに言われたままを伝えると、ローズは憤慨した。

「彼、何様のつもりなの!そりゃジゼルを助けてくれたのは感謝してるけど、言っていいことと悪いことがあるわ!」
「でも言ってること当たってるよ」
「当たってないわよ。まるであなたが劣等生みたいに!魔法薬以外の授業では上手くやってるじゃない!」
「いいかジゼル、スリザリンのバカの言うことなんて気にするな」

ジェームズは私の肩をバシッと叩いた。その力が予想外に強く、私は危うく羽根ペンを眼球に突き刺しそうになった。

「あ、ごめんごめん。スリザリンなんて頭のネジが抜け落ちてるやつらばっかだからさ。今回のことだって気まぐれだろうよ、気にするだけ時間の無駄だ」


だが気にしないわけにはいかなかった。何しろローズがオブラートに包んで言ったように、スコーピウスと共同作業の魔法薬が一番トチる教科になってしまっているからだ。

ペアのあの刺々しさを前にすると落ち着いていられず、つい手が不要なことをやらかしてしまい、スコーピウスはその度にネチネチと嫌味を言った。「間抜け」「愚鈍」「低能」などのお決まりの文句は何度言われたかしれない。実習の度に最低評価を食らわないのは皮肉にもスコーピウスのおかげだった。毎回次は上手くやろうと反省してどの教科よりも予習をしているのに、努力が裏目に出ているようだった。最も、問題があるのは単純作業の技術なので、予習があまり役に立たないことは確かだった。




生徒が冷たい風を意識し始める時期になると、いよいよハロウィーン準備が盛り上がってきた。城は見事な装飾が施され、生徒たちはハロウィーンのご馳走に思いを巡らせた。

「ほんと?」

アルバスはマグルのハロウィーンの話題でケタケタ笑った。

「魔女のコスプレをしたの?君が?魔女なのに?」
「うん、まあ・・・お粗末なものだったよ。でも仮装は楽しかったな。ホグワーツってマグルの学校に比べて行事が少なくない?」

私が問いかけると、ローズは食べかけの朝食のキッシュを皿に置いた。

「そうね、将来は何か自分たちで企画したりしても面白そうね」
「イベントが少ないって・・・君たちクィディッチのトーナメントを忘れてない?緒戦はハロウィーン明けすぐだよ!」
「アル、そりゃ見るのは楽しいけど、私たちはプレイに参加できないよ」

私が口を尖らせるとアルバスが納得したように呟いた。

「あー・・・それはそうだ、ロージィとジゼルをまた箒に乗せたりしたらフーチ先生に何て言われるか」
「ちょっと、どういう意・・・キャッ!」

ローズの非難の声は朝のふくろう便に遮られた。何十、何百羽というふくろうが朝食のテーブルに軟着陸する光景は未だにショッキングだ。今日はアルバスに両親からの手紙が届いていた。

アルバスが嬉しそうに開封している横で、私の元にも学校のコノハズクが運んできた荷物をドサッと落とした。私が出した手紙の返信だった。開けてみると、市販の風邪薬や腹痛、頭痛の薬の箱がぎっしり入っていた。明らかにパパが送ってきたものだった。ママは魔法使いや魔女がマグルの薬を使わない上に基本的にそれらを全く信用していないことくらい分かっている。ローズが袋の中身をチラリと見て失笑をもらした気がした。顔がカッと熱くなった。


薬の箱から目を逸らしたかった私は、ふくろうが二羽がかりで運んでいる重そうな小包に目を留めた。ふくろうたちはどうにかスリザリンのテーブルにたどり着いた。そこにはスコーピウスが座っていた。

何だろうと興味がわいた。私はピョコピョコ背伸びして、スコーピウスが小包を開くのを観察した。やがて彼が取り出したのは、両手に収まるサイズのカメラだった。


「カメラ?」
「えっ誰が?」

アルバスは勢いよく手紙から顔を上げた。相当関心がありそうだ。私がスリザリンのテーブルに向けて目配せすると、アルバスは慣れた手つきでカメラをいじるスコーピウスを羨ましそうに見た。

「うわ、いいなあ。今カメラって魔法族の子の間で流行ってるんだよ。高いのだとちょっとした手順で音声つきの写真になるんだ。肖像画ほどたくさんは喋れなくて、せいぜい一言二言だけど」
「そう言えばヒューゴも欲しがってたわ」

ローズも言った。ヒューゴというのはローズの弟だとだいぶ前に聞いた。写真を見せてもらったがローズと同じ燃えるような赤毛だった。

「だろう?なのにパパもママも、僕とジェームズには絶対買わないって言ってる。どうせすぐ壊すって・・・」

アルバスの愚痴をよそに私はまたスコーピウスに目を移した。猫目の取り巻きが貸してくれとせがんでいるみたいだ。スコーピウスはそれを面倒くさそうにあしらって、背が高い方に何か言っている。

入学以来、スコーピウスの家からは頻繁にお菓子や何か良さそうなものが届けられていた。あのカメラもきっと高級な品だろうことは予測がつく。スコーピウスは何と言ってもスリザリンだし、家が闇の魔術に精通していると聞いても不思議は無いけれど、実際はどうなんだろうか。アルバスやローズにそれとなく訊いてみても、二人とも両親からは性悪一家という情報くらいしか与えられていなかった。



その夜、ローズと談話室で宿題を片付けてから寝室に向かうと、私たち以外の二人はもう寝間着を着ているところだった。ニーナ・スコット、ベティ・ブルーンスが同じ寮の同級生女子だった。ベティはベッドに身体を投げ出すと、愉快そうにニヤニヤした。

「ねえ、この学年で一番ハンサムなの、誰だと思う?」
「え?」

聞き返したのはネグリジェから頭を出そうとじたばたしていた私だけだった。ローズもニーナも声を揃えて「エディ・ウェーバー」と即答した。

「え・・・誰・・・?」
「ジゼル、正気?スリザリンの人よ。ほら、いつもマルフォイの側にいる背の高い人」
「あー・・・」

ベティの呆れた言葉で分かった。そんな名前だったのか。

「あの茶髪で、女子みたいに口に手を添えてクスクス笑う人だね?」
「そうよ、上品じゃない?」

ニーナが完全に夢見る眼差しで言った。

「スタイルもいいし。私、マグルの格好した彼のことキングス・クロス駅で見たの。すっっごくオシャレに見えた・・・」
「雰囲気も大人よね。水草みたいにユラユラ捉えどころがない感じ」

ローズまでもが女子トークに応戦していた。大人と言うが彼も私たちと同じ11か12歳だ、という野暮なツッコミはよしておいた。私は三人がそこまでエディ・ウェーバーについて見ていることに驚いた。

「あの人の雰囲気なんてどこで分かるの?話したことあるの?」
「ジゼルはウェーバーがいるときはもれなくマルフォイにビクビクしてるから気づかないのよ」

容赦の無いローズにベティが頷いた。

「まあ、スコーピウス・マルフォイも容姿はかなりイケてるわよね。それだけならウェーバーに負けてないと思う。飛ぶのも上手かったし、いかにもなお坊ちゃんだし。でもマルフォイはかんしゃく持ちみたいね・・・」

ベティが言っているのは飛行訓練で彼が私に烈火のごとく怒鳴り散らしたときのことだと推察した。横で激しく頷くニーナは、私と魔法薬の席が近いので、スコーピウスの私に対する冷酷な言葉をいつも耳にしてぎょっとしていた。こうして考えるとスコーピウスが辛辣に当たっているのは主に私だ。気が滅入った。

ニーナは深いため息をついた。

「ウェーバーがスリザリンなのは本当に残念。なかなか仲良くなれないもの、スリザリンとグリフィンドールって」
「ウェーバーはあんまりそういうこと気にしなそうじゃない?無頓着っていうか」
「じゃあロージィが話しかけてみてよ」
「嫌よ話題が無いわ・・・」


私は押し黙っていた。スコーピウスを見ている以上、同じ寮のエディ・ウェーバーも性格にどこか欠陥があるように思えてならなかった。そもそもあのスコーピウスと仲良くできるのだからすでに相当なはずだ。しかし三人は全く気にしていない様子で、ウェーバーのナイフの使い方が美しいとかなんとかきゃあきゃあ言っている。


「でもレイブンクローのコーディ・スチュアートも悪くないわよね?三年生だけど」
「学校全体で言えばエリオットでしょ!エリオット・ラザロフ!ダントツよ!」
「ラザロフねえ、なんだか整いすぎてて・・・」

三人とも一体どこでそんなにたくさんの男の子の名前を仕入れてくるのだろう。私はこのハンサム談義に名前の上がらないアルバスやジェームズのことを思った。全然不細工ではないけど・・・確かに美少年という印象はない。

スコーピウスがエディ・ウェーバーと並ぶ美形と賞されたことを悶々と考えた。なぜかウェーバーの顔がハッキリとしなかった。スコーピウスを汽車で見たとき、私は整った顔だと思った。そのことを初めてまざまざと思い出した。しかし、私の知るスコーピウスの顔は不機嫌に睨んでいるか嘲笑しているかのどちらかくらいだ。そんなんじゃせっかくの美形も台無しだ・・・むしろ整っている分余計な迫力が出てしまう・・・。スコーピウスは損をしている。もっと優しい顔をすれば、みんなに好かれそうなのに。

私は一人で納得した。そして、そのことをちょっぴり残念に思う自分がおかしかった。


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