ホロスコープ1 | ナノ


最初の一週間の目まぐるしさは想像以上だった。魔法学校の複雑な仕組みを覚えなくてはならない上に、容赦無く本格的に進められる授業についていくのも大変だった。ローズが空き時間の度に教科書を開くのでついつい便乗してしまったが、これは自分の精神衛生上良くないとすぐに悟った。

まだ授業が始まって数日なのに、新入生たちの中でローズの頭がすば抜けて良いことに気づかないわけにはいかなかった。ローズは授業の範囲を完璧に予習していたし、当てられた質問には全て期待以上の答えを返して教師を驚かせた。優等生だったローズのママを覚えている先生は多いみたいで、みんな「さすがあのグレンジャーの娘だ」と満足気に褒めた。ローズは照れて肩をすくめながらもぞもぞ動いた。


そしてアルバスだ。なんとあの“ハリー・ポッター”の息子ということで、彼は否応なしに注目されていた。兄のジェームズはもう慣れっこになっていたが、アルバスはジロジロ見られる度に「消えたい」と呟いた。私でさえハリー・ポッターの名はママからうっすら聞いている。でもなんとなく歴史上の偉人のような印象だったので、目の前の少年がその人の息子というのは不思議な心境だった。


「最初だけさ。お前の顔なんかみんなすぐ見飽きる」

初日の夜、談話室で、ほとんど晒し者の状態にムスッとしていたアルバスの頬をつねり、ジェームズが言った。側の椅子に座っていた彼らの従姉妹、ビクトワール・ウィーズリーがクスクス笑った。上級生で、とても可愛い(ジェームズは「彼女は“原材料”が違う」と言った。親がかなりの美形らしい)。

「アルは僕よりパパ似だからな。パパの顔なんてみんな知ってるし」
「みんな?」
「僕らのパパは闇祓いで、時々上級生の闇の魔術の防衛術の特別講師として来るんだ」

アルバスがちょっと嬉しそうに言った。内心会えるのを楽しみにしているみたいだ。「闇祓い」という単語に首を傾げた私に、ローズが素早く解説してくれた。

「闇祓いっていうのはね、闇の魔法使いを捕らえる職業よ。私のパパも同職なの」

正直闇の魔術というものにまだピンときていなかった。でも素直にとてもかっこいいと思った。


寮が決まったことを手紙で知らせると、ママはお祝いの返信をすぐさま送ってくれた。レイブンクローじゃなかったことに何か言われるかもと思っていたのでホッとした。なんとか友達ができたことに一際喜んだようで、ぜひ紹介してねと流麗な筆跡で記してあった。パパはひたすらに私の身体の心配と、休暇には必ず帰宅して欲しい旨をしつこいくらい繰り返し書いていた。



その闇の魔術に対する防衛術の担当教師はあの老紳士・バーチェット先生だった。しかもグリフィンドールの寮監も兼任していた。一番最初の授業で、バーチェット先生は変わらないバカ丁寧な口調で喋った。

「闇の魔術と一言で申しましても、その対象は人ばかりではございません。人を危機に陥れる生き物、植物は数多存在しております。普段は善良な性質でも取り扱いを間違えることで危険な物へと変わってしまう物も。そこでこの講義では、時に薬草学や魔法薬学、さらに三年生で選択するそれぞれの授業との連携も取りながら、より実践的な知識を吸収していただければと思っております」


それからバーチェット先生は自分が若い頃に遭遇した河童との滑稽な体験談を面白おかしく語ってみせ、生徒は大いに笑い、先生のことがすっかり好きになっていた。あそこまで回りくどい話し方なのに生徒の眠気を誘わないでいられるのはさすがだと思った。次回の授業のための予習課題も簡単なものだったので、物足りなさそうなローズ以外はみんな朗らかな表情で教室を出た。



温室での薬草学の授業も楽しいものだった。担当のロングボトム先生はローズたちの親と友達らしく、二人を見て懐かしそうに笑った。

「ハリーたちにはすごくお世話になったんだ。僕はいつもドジ踏んでてね、彼らがいなかったら今ここに存在しなかったかもしれないよ」

授業はとても分かりやすく、ロングボトム先生は理解の遅い子にも出来るまで親身に付き添った。先生いわく「上手く出来ない辛さは誰よりも分かる」とのことだった。授業の終わり、自ら蹴っ飛ばした巨大な豆の入ったバケツを片付けながら、ロングボトム先生も今度ハグリッドの小屋にお茶を飲みに行く約束をした。



週の最後の授業は魔法薬学だった。教室へ向かうために地下に降りていると、ローズが思い出したように言った。

「魔法薬って、確かスリザリンと合同だったわね」
「えっ」

スリザリンと合同。妙な緊張感のまま地下室のドアを開けると、先に来てお喋りをしていたスリザリン生が一斉にこちらを見た。その中にスコーピウスもいた。傍にいた背の高い生徒に話しかけられ、小声で何か耳打ちしている。私の悪口でも言っているのではないかと自意識過剰な不安が襲ってきた。

地下室には二人がけの作業机がズラリと並んでいて、私は何も考えずローズの隣に座った。少し遅れて担当のスラグホーン先生がやって来た。先生は私たちを一瞥し、神妙な面持ちで各寮一例に名前順に並ぶよう指示した。

「よし、並んだかね。じゃあ次は同じ順番のグリフィンドール生とスリザリン生とで二人一組のペアを作って、座っていって」

訝しがりながらも生徒たちは立ち上がり、整列した。私と同じ順番のスリザリン生が隣に来た。しかしその生徒は―――なんと、スコーピウスだった。スコーピウスは私を確認するなりこめかみをピクピクさせた。見るからに我慢ならないといった様子だ。私はリアクションに困って曖昧に笑った。無視された。

私たち以外のペアの間にも少なからず刺々しい空気が流れていた。ローズはギョロギョロした目の女の子の隣で居心地悪そうだし、アルバスはスコーピウスの取り巻きの猫目の少年にじっと見つめられてピリピリしていた。


不穏な空気を敏感に感じ取ったスラグホーン先生は眉尻を下げて弁解した。

「いや、君たちが不服なのはよく分かる。出来れば同じ寮の仲良しの子と組みたいだろう。だが校長先生直々のお達しでね。これからは今作ったペアで作業をしてもらう」
「先生、まさかとは思いますが」

スコーピウスが不機嫌を隠そうともせずに睨みをきかせた。

「このペアはずっと解消されないのですか?ずーっと??」
「君は、マルフォイ家の子か」

スラグホーン先生は品定めするみたいにスコーピウスの白い顔を眺めた。

「いかにもだ、ミスター・マルフォイ。ペアのどちらかが退学か落第をしたら別だがね。これには理由があるのだよ。昨年度末、一年生のこのクラスは非常に揉めてね・・・グリフィンドール生とスリザリン生が衝突して大乱闘になったのだ。授業の能率もだだ下がりでね・・・」

私はチラッとアルバスの方を見た。彼も私と同じく主犯はジェームズだったのではないかと考えているらしかった。

「学年末試験の成績の平均がここ五十年で最悪だった。校長はこれを由々しき事態と捉え、違う寮の生徒同士を組ませて作業させるよう言われた。実習の成績に関しては運命共同体というわけだな。ここはそれぞれ結託して、勉学に励もうじゃないか」

スコーピウスは雷に撃たれたような顔をした。そして私に向き直り、忌々しげに言った。

「君、退学してくれないか」
「バカなこと言わないでよ、なんでそんなこと言うの」
「こっちのセリフだ。教師の考えることときたら・・・よりによってこんなトロそうなヤツと組まされるなんて」
「私、出来るだけ頑張るよ」
「そういう問題じゃない」


着席した作業机で、グリフィンドール生とスリザリン生の間には微妙な隙間ができていた。スコーピウスは寄れるだけ端に寄った。仕方ないことだけどやっぱりスッキリしない。

スラグホーン先生はもう何も言うまいと決めたらしく、爪生え薬についてのノートを取らせた後、来週の実習のための材料を下準備するよう告げた。生徒は一斉に筆記用具を片付け、代わりにすり鉢やビンなどの道具を取り出した。


スコーピウスは終始しかめっ面で作業した。かと思えば「おい!」と短く叫んで私を睨んだ。

「鳶の目玉の汁が飛んだ!気をつけろよ!」
「あっ・・・ごめんなさい・・・」
「君が磨った甲虫の外羽の粉末も僕のローブにどっさりついた!なんでそこまで不器用になれる?簡単な方の作業を任せたのに!」


実際彼の言う通りだった。スコーピウスが刻んだキャラウェイは定規で引いたみたいにどれも同じ幅で、シャクヤクの煮汁も先生が言った通りの量に均等に分けられていた。どうやら神経を使う方面の技能に長けるらしい。いきなり足を引っ張っているのが申し訳なくて、私は縮こまった。

「もう少しで終わるから」
「遅すぎるくらいだ。雑な仕上がりだったら許さないからね」
「うん、あの、じゃあスコーピウスは・・・」
「何だって??」


スコーピウスは持っていた小刀を作業机に置いた。

「馴れ馴れしく名前で呼ぶなと汽車でも言ったよね」
「ダメなの?でも、減るもんじゃないし・・・」
「嫌だからこうして再三言ってるって気づかない?大体なんで親しくもないのに名前で呼ぶんだ」
「だって・・・」
「なんだ」


“マルフォイ”という家は闇の魔術に関する噂が絶えないとアルバスが言っていた。スコーピウスのことを姓で呼ぶと、どうしてもその話が脳裏を過って、彼が得体の知れない恐ろしい人物に思えてしまう。スコーピウスが根性悪なことは百も承知だが、自分のためにも、先入観で必要以上に彼を怖がりたくはなかった。

・・・というのを説明したいのだけど、本人に言うのも何か違う気がする。


「何なんだよ」
「何でもない・・・それに貴方の名前とっても綺麗だし」
「・・・・・・」

これも嘘ではなかった。スコーピウスはもはやジト目だった。

「何を言うかと思ったら・・・からかってる?それともバカ?」
「えっ・・・どっちでもないよ!」
「言っておくけどバカな振る舞いをしたってその作業は手伝ってやらないからね」
「そんなつもりじゃないってば。貴方、ちょっと斜に構えすぎ・・・」
「余計なお世話だ。もういい、作業をさっさと終わらせて」


スコーピウスはそれっきりこっちを見ようともしなかった。私は授業時間目一杯かけて磨り潰したり押し潰したりの単純作業を終わらせ、手本のように整然と並ぶスコーピウスの作業の成果に絶句した。授業の終わりでスラグホーン先生が誉めたのはローズとスコーピウス、それにアルバスの仕事だけだった(先生はアルバスとローズに異常な興味を示した)。


地下室から廊下に出たとたん、アルバスとローズは苦労の滲むため息をついた。

「酷かった。僕のペアのジョズ・ヘンリーは材料で手遊びすることしか考えてないみたいだ。時間内に終わらないかと・・・」
「私の方の子も厄介よ。何で三分おきに代わり映えのしない顔を鏡を見る必要があるのかしら?・・・ジゼルは?ペア、あのマルフォイだったわよね。何もされなかった?」


私が返事をしないので二人は何事かと振り返った。こっちのペアでは自分がお荷物でした、だなんて言えなかった。一生懸命やっていたのに・・・週二回の魔法薬の授業が憂鬱な時間になりそうだと思った。


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