ホロスコープ1 | ナノ


大広間は圧巻の一言だった。生まれてこのかたこんなに素晴らしい光景は見たことがない。どこまでも突き抜けた夜空を映す大天井に、チロチロ燃えながら浮かぶ蝋燭、そして興味津々で新入生を見つめる上級生たち。頭上に瞬く星ばかり見ていた私は前の人のローブに躓いてつんのめりそうになった。生徒達が座るもの以外に上座の長テーブルがあり、その中央に四角い眼鏡をかけた厳格そうな女性が座っている。


「マクゴナガル校長先生だわ!」

近くでローズが興奮を圧し殺すように囁いた。あの人が校長先生・・・じゃああそこのテーブルにいるのが先生たちなんだな。怖い先生がいないといいな・・・。教師陣のテーブルの前にはくたびれた三角帽子と椅子が安置してあり、一年生の先頭に立った老紳士はその帽子のすぐ傍に立った。巻かれた羊皮紙を手にしている。名簿みたいだ。


いよいよ組分けされるんだ、考えただけで意識が遠退いた。なんせこれから通達される寮で七年間も過ごすことになるのだ。

ずっとずっと前、ママもここに同じように立っていたんだ。レイブンクローに決まったときどんな気持ちだったんだろう。ママは私に同じ寮に入って欲しいのかな。もしスリザリンに入ってしまったら・・・もしも寮生に友達が出来なかったら・・・


「ジゼル・・・ジゼル!」

ハッと我に返った。ローズが私の腕を突っついていた。

「列を詰めなきゃ」
「え、え?」
「ほら、どんどん組分けされてくわ」

思考の渦にのまれている間になんともう組分けは始まっていた。ちょうど老紳士に名前を呼び上げられた女生徒がフラフラした足取りで帽子を被り、高らかに「レイブンクロー!」と叫ばれたところだった。左端から二番目のテーブルから拍手がわき起こった。自分の握りしめた手のひらが汗をかいている。ぎこちない笑みでレイブンクローのテーブルについた女生徒をなんとも言えない気持ちで眺めた。レイブンクローの席にいるだけで彼女が賢そうに見えてしまう。


生徒の頭に乗っかった帽子が裂け目をモゴモゴさせて喋るのはなかなかにシュールな光景だった。一人また一人と新入生の列は短くなっていく。上座の先生たちも帽子の組分けに反応して手を打ったりしていた。教師もホグワーツ出身ばかりと聞いたから、一際大きく拍手するのは自分が所属していた寮が呼ばれた時なのかもしれない。



「マルフォイ、スコーピウス」

老紳士が読み上げた名前にドキリとした。格好つけた風に襟元に手をやりながら、スコーピウスはツカツカと進み出て椅子に座った。それから帽子を被り、「スリザリン!」と言われ、立ち上がるまでの彼の一連の動作は流れるように機械的だった。スコーピウスはポーカーフェイスを気取っているみたいだったが、スリザリンの席に着くとき口角が僅かに上がっていた。

寮に関してはスコーピウスは望みを叶えたわけだ。自分の惨めさが募りどんよりと沈んだ気分になったが、「ポッター、アルバス!」という声に急いで顔を上げた。

心なしか広間がどよめいた。左端のテーブルからは場を盛り上げる時のあの種の口笛も聞こえる。ああそうだ、アルのお兄さんはグリフィンドールだった。アルバスは緊張の面持ちで椅子に座った。相変わらずキョロキョロしていた私は、長らくしかめっ面だったマクゴナガル校長先生が彼をとても優しい眼差しで見下ろしていることに気付いた。


アルバスはギュッと目を閉じて帽子を被った。一拍置いて、帽子が「グリフィンドール!」と叫ぶ。途端にグリフィンドールのテーブルは爆発したような大騒ぎになった。アルバスは有名人なんだろうか。そう言えばポッターって名前、ママから聞いたかも・・・。しかしじっくり考える暇は無かった。ついに老紳士が「シモンズ、ジゼル」と呼んだからだ。

穴があったら入りたい。全校生徒の視線を感じ、私は酔っ払いみたく千鳥足で椅子まで歩いた。隣の老紳士が私の様子を見て穏やかに微笑んだ。

「大丈夫、落ち着いて。間もなく終わりますからね」
「はい・・・」

口がカラカラに乾いていてそう答えるのがやっとだった。間近で見ると帽子は実にみすぼらしかった。思い切って被ると視界が真っ暗になった。10秒が永遠にも感じるドキドキの中、小さく唸る声が耳鳴りみたいに聞こえた気がした。そして帽子は、



「グリフィンドール!」


やった!帽子を脱いで立ち上がったがよろけてしまい、すかさず手を伸ばしてくれた老紳士に支えられた。スリザリンではなかった。しかもグリフィンドール!アルバスのいる寮だ。グリフィンドールのテーブルに向かう最中、割れんばかりの拍手を受けながら、私は自分がこんなに幸運でいいのかと思った。席に着くと、隣のアルバスがニッコリと笑ってくれた。鉛のような不安がスーッと溶けていった。


ふとスリザリンのテーブルを見るとスコーピウスはもう上級生と雑談していた。スコーピウスがいるせいかスリザリン生からは妙に陰険な雰囲気を感じるなあ、と思っているうちにローズの名前が呼ばれた。もう残りは二人だけだった。

ローズの顔は強ばっている。だが彼女が被ると帽子は間髪入れずに「グリフィンドール!」と告げた。嬉しそうにこちらに来るローズに惜しみ無く拍手を送りながら、私は最高の心地だった。ローズと同じ寮に入れた事実が何よりの安心をもたらしてくれた。


「おめでとう!」

向かいに座ったローズに声をかけながら何故だか自分が泣きそうになった。

「ありがとう!同じ寮に入れて本当に良かった」
「明日の朝イチで父さんたちにふくろう便を出さなきゃ・・・ジェームズが余計なこと書く前に。あっちに座ってた。そら、ニヤニヤしてる」

アルバスが目をやった方にはケタケタ悪戯っぽく笑う少年がいた。あの人がアルバスのお兄さんか。面影はあるのに印象が違うのは、二人の目が全く違うからかもしれない。


そこから先は万事良好だった。マクゴナガル先生のキビキビした挨拶も威厳があって感動したけれど、その後の豪華な食事のせいで頭の隅へ隅へと追いやられてしまった。ローズはしげしげと食事の載ったテーブルを観察していた。


「テーブルに何かあるの?」
「ううん・・・どういう仕組みかと思って。あのね、この食事は大勢の屋敷しもべ妖精が作っているんですって。パパはこの話題が出るといつも顔を引きつらせるの」
「屋敷しもべ妖精?」

聞いたことのない名だった。チキンを口いっぱいに頬張っていたアルバスは、一息に呑み込んでから、顔を輝かせた。

「そうだ!厨房にいるんでしょ?うちのパパも言ってた。こっそり行けば喜んで食べ物をくれるって」
「そうなの?」
「ええ。屋敷しもべ妖精っていうのはね、主に家事を任されてる生き物で、主人に仕えることに生き甲斐を感じているらしいの。ママはその辺に敏感で、待遇改善の活動をしてて」
「へぇ・・・」

私は昔習った動物愛護団体を思い浮かべていた。魔法界でもそういう活動があるんだ・・・。こんなに美味しい食事を作ってくれる妖精なら重宝しそうだと思った。

「マグルの世界でもいつかロボットがやってくれたりするかな」
「ロボット?」

私の呟きにアルバスはすっとんきょうな声を出した。

「ロボットって機械のあれ?マグルはロボットに頼るの?ロボットってそんなにすごいんだ?」
「うーん、物によるけど。一般家庭だと実用化はまだまだかな。でももう走ったり喋ったり出来るんだって」
「ウワー!」

アルバスは緑色の目を大きく見開いた。ローズも興味深そうに聞いている。二人には訊ねてばかりだったから、自分が何か教えてあげられるのが内心感激だった。

「母方の祖父母の家に泊まったときはマグルらしい生活をしたわよ。パパはすっかり挙動不審だった。オーブンレンジがよく分からなくて何度も爆発させてたの」
「レンジは入れる物に気をつけないといけないよね。レバーなんか入れると飛び散ったりするし」
「飛び散る??」


アルバスの恐怖に歪んだ顔にローズと顔を見合わせて笑った。信じられないくらい楽しい夜だった。やがて食事も終わり、監督生に引率されて寮の談話室に着く頃には自分が魔女だと分かって本当に良かったと思っていた。


ローズと女子寮に向かい、寝室に入ってすぐさま天蓋つきのベッドにダイブした。ふかふかのベッドで幸せが最高潮になったところで、ローズが「あっ」と短く叫んだ。

「大変、予習の仕上げをしなきゃ」
「えっ今から?まだ時間割ももらってないのに?」
「それがね、大広間近くのトイレに行ったとき、廊下にそれらしいプリントが積み上げられてて、つい一枚失敬してきてしまったの。多分グリフィンドールの一年生の時間割りで間違いないわ」


ローズが広げた時間割りを一緒に覗きこんだ。まだ一年生だからか空きコマも目立っている。特に金曜日の午後はぽっかり空いていた。

「ハグリッドにお招きされた夕食に問題無く行けるわ」
「ハグリッド・・・」

あのずんぐりと大きな男の人だ。見た目は荒々しくてちょっと怖いけど、気のいい感じだったな。


「金曜日の夕食にお邪魔する約束してるの。ジゼルも一緒に行きましょ」
「私が行って迷惑じゃない?」
「絶対にそんなことないわ」
「それなら・・・」

いけない、ベッドにいたらウトウトしてしまう。明日の支度やお風呂のあれこれもやらないとだし、パジャマにも着替えないとなのに・・・落ちてくる瞼を必死で食い止めようと、朦朧とする意識の中で口を開いた。


「スコーピウスは・・・結局スリザリンだったな」
「例のマルフォイ?」
「うん・・・私を見て嫌そうな顔してた」
「グリフィンドールとスリザリンってあんまり仲が良くないみたいだものね。まあスリザリンはたいていの寮と反りが合わないらしいけど。でも彼のこと名前で呼ぶなんて、実は仲良しだったり?」
「違うけど・・・」



違うけど、むしろ嫌われているみたいだけど・・・でも・・・・・・



言葉を続けることは出来なかった。まどろみの中、ローズが小さく「おやすみ」と言うのが聞こえた。どこか遠くでふくろうが鳴いている・・・。そうして、私は完全に意識を手放した。


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