ホロスコープ1 | ナノ



「あなたの物だって見つけやすくなるように、結んでおきましょうね」


そう言ってママがトランクに巻いた赤いリボンをやるせない気持ちで眺めた。9月1日のキングス・クロス駅、9と3/4番線。込み合ったプラットホームはしばしの別れを惜しむ家族や、久々の再会に胸を弾ませる学生たちの声で騒がしい。自分の存在が本当に本当に小さく見えた。


「パパはどうしても来れなかったの?」

心細さを紛らわそうと訊ねるとママは困ったように笑った。

「パパは魔法使いじゃないもの、こんなとこに来たら卒倒しちゃう。駅の外でお別れしてきたでしょう?」
「私、本当に入学していいのかな。やっていけると思う?」
「もちろんよ。きっと上手くやれるわ」
「ここにいる人たち、私と違ってみんなもう知り合いがいるみたい」
「一人の子だっているわ。ママもそうだった。両親がマグルだったから、魔法使いの友達なんて最初は誰もいなかった。でもちゃんと楽しく過ごせたの」


夏中繰り返した問答に、呆れた顔一つ見せず答えてくれる母親が大好きだった。でも不安は拭えない。私も年上か同い年の魔法使いの友達がいれば良かったのに。ママのお友達の子どもはみんな私より年下だった。

自分と同じくもう制服のローブに着替えている子もいれば、普段着の子もいた。凝った髪型をした女子生徒を見かけて、自分の姿を改めて見直してみた。


「ママ、私おかしくない?」
「いつも通り世界一可愛い」
「そんなお世辞いいってば」
「あらジゼル、お世辞なんかじゃないの。ママにとってはあなたは世界一の女の子よ」
「だってそれはママだから…」
「それに自分が他人にどう思われているかなんて、本当に大切な人以外は案外どうでもいいものよ」


そうかなあ。納得いかない気持ちでママを見上げると、おでこに優しく唇が触れた。話をはぐらかされたと思ったけど、不意に周りが慌ただしく動き出したので言い返すタイミングを失った。


「もう時間よ。さあ、汽車に乗ってジゼル」
「ママ、手紙をちょうだいね」
「必ず書くわ。ママも楽しみにしてる」
「パパにも書かせてね」
「約束する。パパったらきっと信じられないくらい長く書くわよ」


パパの話で心が和んだ。良かった、どうにか笑顔で出発できそうだ。重いトランクを列車に押し込んだところで汽笛が鳴った。風景がゆっくり滑り出し、手を振るママの姿が見えなくなる。鼻の奥に込み上げるものがあったけどグッとこらえた。しっかりしなくちゃ、今日からホグワーツの一年生になるんだから。




トランクを引きずりながら汽車の中を移動しているけれど、空いたコンパートメントはなかなか見つからない。中をじろじろ覗くと訝しげな視線を返されるので、足取りも自然と速くなっていた。人が少ないコンパートメントもたいてい中では楽しそうな会話がされていて近付けなかった。ずいぶん歩いて、もしかして自分は到着するまでずっと廊下にいるんじゃないか、そんな絶望に襲われかけた時だった。


「あ・・・」

汽車の後方のそのコンパートメントには一人しかいなかった。ただし向かいの座席はドンと乗せられた大きなトランクに完全に占拠されていて、とても座れない。荷物棚の存在を知らないわけではないだろうに。中にいる人のマナーを疑ったが、せっかくのチャンスなので勇気を出してドアを開けてみた。


「あのー・・・・・・」

反応が無い。中の生徒はローブを着た男の子だった。まだ小さいし、ローブが新品みたいだから多分私と同じ一年生だ。腕を組むようにして窓際に身体を預けて眠っている。艶やかなプラチナブロンドの髪がはらりと白い顔にかかっていた。

男の子ということで少し気が引けたが、この先のコンパートメントに入れる自信が無かったので仕方なくお邪魔した。男の子の頭はコクリコクリと不安定に揺れている。彼を起こさないようにトランクを荷物棚に上げるのは不可能だったので、足元に置くしかなかった。


意を決して男の子の隣に腰かけた。男の子からは仄かに大人びた香水の匂いがした。それにしてもどうして一人で寝ているんだろう。ひょっとしたら私と同じで友達がいないのかもしれない。そして私と同じように緊張して夜よく眠れなかったのかも。そうだったらいいな。友達になれそう。

窓の外に目をやるとひたすらに緑と空の青、街の景色は一つも無かった。今どの辺りにいるんだろう。ママは元気かな。寂しさがじわじわと迫ってきて、右手が無意識にポケットに伸びていた。半ば習慣でそこには携帯電話を入れていた。取り出した白い端末を指でつうっとなぞっていたら、真横から刺すような視線を感じた。


「・・・誰だ?」

眠っていた男の子だった。寝起きの不機嫌な表情で、厄介な問題児を見るように私を睨んでいた。車内のランプの鈍い光を受けて輝くブロンドに、灰色のぐりぐりした瞳の、端正な顔立ちをしている。青白い肌と尖った顎で、どことなく怜悧な印象を与える子どもだった。


「ご、ごめんなさい起こしてしまって。気をつけてはいたんだけど」
「そんなことを聞いてるんじゃない。僕は誰も入ってこないようにそうしてたんだけど?」

男の子は顎で向かいの座席を示した。自分が当たり前のことをしていると信じきっている口調だった。


「でも他に空いてるところが無かったの」
「ここだって空いてないんだけどね。いいからさっさと出て行ってくれ」

な、なんという自己チューな男だ。世の中にはこんなワガママな子どももいるんだなと衝撃を受けた。偉そうな口振りと高圧的な態度で、私は早くもこの男の子が苦手になっていた。怯んでコンパートメントから逃げ出したくなったが、彼も同い年なんだからとグッと堪えた。


「一人で使うなんてあんまりだよ、そんな権利ないでしょ」
「君だって僕といたくはないだろう」
「そうだけど、閉め出されたくはないもの・・・私も知り合いがいないし」
「私『も』?まさか僕を含めてはいないだろうね。僕は連れをここから追い出したんだ。奴らとんでもなくうるさかったから」


横暴なのは仲間内でも同じらしい。男の子は、鋭い眼差しを私の手中の携帯電話に向けた。


「へえ、君、マグルの家出身なのか。だから知り合いもいないってわけ」

明らかに小バカにした態度だった。出身をとやかく言われるのはさすがにカチンときた。

「ママは魔法使いよ。パパは違うけど・・・ママはずっとパパの生活に合わせてたの。私が魔女じゃない可能性もあったから、十歳のとき魔法の力が出るまで、私はまるっきりマグルとして育ったけど」
「訊いていないことまでよく喋るね」

男の子はうんざりしたように言った。

「じゃあ感想を言わせてもらうけど、信じられない。僕の家系はずっと純血の魔法使いだ。魔法だって小さい頃から使えてた。今ここで、君に呪いをかけて追い出してやろうか」


恐ろしい提案に私が身動ぎすると男の子はしてやったという風にニヤッとした。脅しはさておきこれは悲しかった。最初彼に抱きかけた親しみが全部どこかに流れていった。彼は魔法でいっぱいの環境で育ってきて、仲間もたくさんいるんだ。威張って言うからには家もそれなりのはず。きっとこの子は優等生になるんだろう。今も私の何倍も魔法が使えるんだから。


私が分かりやすく落ち込みすぎたのか、男の子が形のよい眉をひそめていた。

「なんだよ、萎れるくらいなら話さなきゃいいのに、変なの。ていうかまだここにいるわけ」
「行き先が無いんだってば」
「困ったね、じゃあその電話でママに泣きついたらどうだい?どうせ通じないけどね」
「分かってるよ・・・」


この子意地悪すぎじゃないの。追い出されるのも時間の問題だわ・・・。顔を伏せ気味にすると、男の子のトランクに見覚えのあるワッペンがついているのが目に入った。あれは確か、スリザリン寮の紋章。


「ねえ、あれは?」

私がトランクを指すと男の子はため息をつく。

「なに?S.H.Mって縫製のイニシャル?僕の名前だ。スコーピウス・ヒュペリオン・マルフォイ」


スコーピウス。彼の根性には似つかわしくない美しい名前だ。


「スコーピウス、私はジゼル・シモンズっていうの。でも私が聞いたのはあのワッペンのことよ」
「馴れ馴れしく呼ばないでほしいな。君の名前も訊いてない。・・・ワッペン?あれは父上が学生時代に付けたものだ。あのトランクは父上も使っていた」


スコーピウスが誇らしげなのは、物持ちの良さをアピールしたいのだろうか、それとも父親が自慢なのだろうか。


「あのワッペン付けたままでいいの?まだどこの寮になるか決まってないのに」
「僕はスリザリンだ」

スコーピウスは「僕は男だ」とでも言うくらい迷い無く言い切った。

「両親も先祖もみんなスリザリンだ。スリザリンしかあり得ない」
「スリザリンに入りたいの?」

スリザリンについては良くない話を聞くから驚いた。スコーピウスは額の真ん中で分けた前髪を耳の方に払って気取って答えた。

「当然だね。スリザリンも今は制度を変えて純血以外も入寮してるから有り難みは薄れたけど」
「いいことじゃない」
「いいわけないだろう。君みたいなのが入ってくるかもしれないんだぞ。魔法界の常識も心得てないような輩がね」
「それってそんなに悪いことかな・・・」


スリザリンではやっていけそうにないな、と思った。ママと同じレイブンクローだったら安心だけど、レイブンクローには賢い学生が集まるという話だ。無理かもしれない。


「どうしてマグルの環境で育った子が嫌なの?みんなそのうち慣れるはずなのに」
「本当にズケズケ訊くんだな。ちょっとは自分で考えたらどう」

スコーピウスはわざとらしく大げさなため息をついた。

「では、どうして魔法使いはマグルの目を隠れるように工夫して努力しなければならない?マグルは何も知らず呑気に過ごしているのに」
「だってバレたら色々とまずいから」
「違うね、魔法使いが少数派だからだ。少数派は不気味がられ、忌み嫌われ、迫害される・・・そういう歴史だ。魔女狩りはいくらなんでも知っているだろう?」
「うん・・・」
「嫌いだ、マグルも、マグルの環境で育ったやつも。どうして僕らがコソコソしなきゃならない。あの父上ですら・・・」


スコーピウスの美しい顔が歪んだ。彼の言葉を咀嚼するのには時間がかかった。


「つまり、あなたは血筋というより境遇にこだわってるの?ご家族が大切なだけなのね?」


スコーピウスは私を見て僅かに目を見張ったが、すぐ元の陰険な表情に戻った。

「君だいぶずれてるよ。さすがマグル育ちだ。それに僕は分かったような口をきかれるのが一番嫌いだ。知りたがりのお喋りさん」
「そんな言い方・・・私はただ知らなくて・・・」


どうしてこんな性根の悪い子と長々話してるんだろう。そう考えたとき、スコーピウスは辛辣な言葉を吐きながらもなんだかんだ私の質問には答えてくれていることに気付いた。

私が口を開こうとすると、車体がガタンと揺れ、汽車は減速し始めた。スコーピウスが細い手首に着けた銀の腕時計を見て渋い顔をした。


「まさか!もう到着だ。こんなムダ話をして時間を過ごしてしまったなんて・・・」
「ムダ話だったの?」
「それ以外のなんだって言うんだ」


私のしょげた声を振り払うように立ち上がったスコーピウスは降りる支度をし始めた。私のトランクを邪魔そうに押しのけコンパートメントを出ようとした彼は、一度だけ私の方を振り返り、小バカにしたように笑った。


「ま、せいぜい頑張れば?君と同じ寮にならないことを祈るよ」


去っていくスコーピウスの背を眺める私の胸中は悲しいものだった。初めて見たときは仲良くなれそうな気がしたのに。私、ここで友達できるのかな。スコーピウスがたまたま酷かっただけだといいのにと呟きながら、そう言えば結局閉め出されはしなかったなとぼんやり思った。


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