ホロスコープ1 | ナノ



スコーピウスは苦しそうに息を吐いて続けた。

「あの時、一瞬だけれど君が泣いているように見えた。君と僕との会話はいつも通りだったから最初は信じられなかった。でも君ははじめやけに親しげだったし、僕が気付かない間に、預かり知らぬところで・・・・・・じゃあなくて、僕の言動でショックを受けていたのかもしれない」

スコーピウスの言葉が頭に入ってくるまでにたっぷり二十秒はかかった。彼は喉元に留まろうとする言葉を押し上げるように、薄い唇を開いては閉じ、閉じては開いた。入学前の汽車でのスコーピウスの罵倒とは全く異なる衝撃だった。
 

「もしかして気にしてたの?私を泣かせたのかって」
「そういうわけじゃない!あの日だって後からエディやジョズがうるさかったからだ。あいつら人事だと思って好き勝手冷やかして!」

スコーピウスは手の甲で口元を押さえながら慌てて付け加えた。マフラーをしていない彼の首はほっそりとしていて、闇の中でも白く寒々しかった。

「ただ僕は人を泣かしたことなんてないから・・・・・・いや違うな。僕が一緒に育ったやつらは涙とは無縁だったから。エディは何でも適当に笑って流すし、ジョズはジョズであらゆることを面白がる変なやつだ。もちろん他の子供とも会ってたけど、口論するほどのやつと言えば肝が座ってるエディやジョズくらいで、つまり僕が言いたいのは・・・・・・」


スコーピウスはまた言葉を濁した。思い通りにものが言えないもどかしさで、自分で自分に戸惑っているみたいだ。友達のことを話してくれるなんて、こんなに不器用で親しみやすい彼は今まで遠目にも見たことがなかった。それに。

スコーピウスが言いたいけれど素直に出てこない部分は、空気と彼の顔でだいたい察した。だけどなんとなく、彼にはそれ以上言わせない方がいいような気がした。彼とは入学してから色んなことがあったし、続きを聞きたかった。でも、まだ子供の私がそう思うのはおかしいのかもしれないけど、男の子の体面を保たせてあげるというのも、立派な人付き合いの方法ではないかと感じたのだ。


「スコーピウスのせいで泣いたんじゃないよ」

私は心を込めて言った。

「あの時は自分の考えがごちゃごちゃして混乱していただけ。紛らわしいことをしてごめんなさい。どうか気にしないで」
「いや・・・・・・」
「スコーピウスは悪いことしてないよ。自分でそう言ってたじゃない」

スコーピウスはまだ神妙な表情で私を見ていた。嬉しくなってニッコリ笑うと、困惑して眉をひそめる。それが面白くて、知らないうちに気分も軽やかになっていた。自分は本当に単純だ。こんな冷たく暗い夜、深くて恐ろしい森の入り口にいるのに心がとても温かい。その上私はスコーピウスのマントを羽織り、マフラーを巻いている。

風邪薬のこともプレゼントのことも、彼からのプレゼントの真意もまだ何も分かっていないけれど、今夜はきっと私もスコーピウスもいっぱいいっぱいなのだ。急いで話を聞き出す必要はなくて、これから少しずつ仲良くなっていけば自ずと納得できる答えが分かってくるかもしれない。珍しく余裕の無い彼も見れたし、今日のところはこれで十分すぎると思った。


その時、森の暗闇から甲高い遠吠えが響き、私たちは身をすくめた。子供の柔らかい肉が好きそうな獰猛な獣の鳴き声に聞こえた。一気に寒々しい夜に引き戻された。夜がのさばる時間は、永遠のようで刻一刻と進んでいた。寮から出てかなりの時間が経っているはずだった。スコーピウスもグズグズしたくはないらしく、諦めたような溜め息をついてから腕時計を見た。

「特別に教えてやる。スクイブっていうのは、魔法族の生まれなのに魔法を使えない者を指す言葉だ」
「えっ!?」
「だから君は声が大きいんだよ!」

つまりフィルチがスクイブであるという話が本当なら、彼は魔法が使えないのにホグワーツの管理人をやっているのだ。魔法使いのイタズラっ子たち相手にそんなことが可能なのだろうか。しかし思い返してみても、フィルチが魔法を使って生徒を懲らしめたなんて話は聞いたことがない。

「てっきりホグワーツの卒業生なんだと思ってたの」
「普通ならそうだ。どうやら先代校長の慈悲らしいが、スクイブを雇うなんてどうしてそんな非効率的なことをするのか全く理解しかねるね」
「そこまで言わなくてもいいでしょ・・・・・・」

10歳まで自分のことを普通の人間と疑わなかった身からすれば複雑な話だった。フィルチがどんな気持ちでホグワーツで暮らしているのか想像も出来ない。魔法が使える子供たちを意地悪な目で監視しながら、妬ましくは思わないのだろうか。異質な存在であることは負い目にならないのだろうか。

「で、それがどうしてカメラを探すヒントになるの?」
「そこまで言わなきゃ分からないのかい?」
「構わないでしょ。どうせあなたより先に探せっこないわ」

もう正直な気持ちを吐露することにした。お断りだ、と切り捨てられると思いきや、スコーピウスは「仕方ないな」と腕を組んだ。

「考えてもみろ。この森は魔法使いにとってでさえ危険なんだ。ましてやスクイブのフィルチが森を分け入って奥地に物を隠しに行くわけがない。重要な物ならともかく、たかが生徒からの没収品を。まともな神経の持ち主だったら早く自分のねぐらに帰りたくなる」
「うん」
「加えてアイツはハグリッドとも仲が悪い。鉢合わせしたくないと思っているはずだ。だからハグリッドの家に近いところに隠すとも考えにくい。その上で、なるだけ灯りのある場所から遠ざからず、管理人室からも近い場所は・・・・・・あの辺りだ」


スコーピウスは森に入ってすぐの開けた場所を的確に指差した。あくまで推量の域だが、筋が通っているしいかにもありそうなことに思えた。

「すごいスコーピウス!本当に頭が回るのね!」
「この程度ちょっと考えれば分かることだ!それにしても、君は声を抑えろと僕に何度言わせるんだろう!女子の高い声は響きやすいんだぞ!」
「そ、それならスコーピウスだって高くてよく通る声してるわ。アルバスたちと比べても高めだし、女の子とあまり変わらないよね。声は綺麗でいいと思うんだけど」

なんせ言葉が辛辣で・・・・・・と続けるのはさすがに止した。怒ってやしないかとスコーピウスを見ると、なぜか彼はぼうっと、一人思いを巡らせているような無表情になっていた。自分の言葉が相手を傷つけたかと心配になり、そっと彼の目の前で手を揺らしてみると、我に返ったらしく「なんだ」と睨みながら手をいなされた。

「どうしたの?」
「何でもない。君はいちいち突拍子もないことを言うね。僕は本題に戻る」
「あっ待って!」

さっさと歩くスコーピウスの後に着いて問題の場所に向かった。いくら杖先で照らしても森の中は暗く、大きく枝垂れた木の葉が頬に掠るたびギクリとした。地面がボコボコしているためすぐ転びそうになる。私はスコーピウスから離れすぎないよう気をつけつつ、周りをぐるりと見渡した。

「ねえ、スコーピウスは森に来たことあるわけじゃないよね」
「当たり前だろう。校則違反だ」
「どうやって探すの?もしかして地面を掘って地道に・・・・・・」
「そんなことしてたら場所の見当をつけていたって時間がいくらあっても足りない」
「ですよね」

じゃあどんな方法で?スコーピウスはおもむろに「ノックス」と唱え、杖先の灯りを消した。私の杖の頼りない灯りだけが森の柔らかい土壌に落ちた。スコーピウスの抑えた声が森の奥まで吸い取られていくようだった。


「ジョズには兄貴が三人いるんだ。末の兄は今スリザリンの六年生。ジョズはその兄貴たちの本や教科書を勝手に持ち出しては僕たちの所に持ってきて、よく三人で眺めて遊んだ。その中に四年生の基本呪文集もあった」
「四年生?」
「それに載ってた呪文の一つに呼び寄せ呪文がある。離れた場所にあるものを手元に呼び寄せられる呪文だ。便利だと思って何度も練習したんだけど僕たちはとうとう一度も成功させられなかった」

スコーピウスは自嘲気味に小さく笑った。

「でもこれからやる。これしか思いつかなかった」
「・・・・・・」

スコーピウスにしては饒舌な前置きだった。予想に反して、どうしたって自信満々とはいかないらしかった。あのスコーピウスが私の前で出来ないことを告白した。尋常ではない緊張が走った。

「なんていう呪文なの?」
「アクシオ!」

私の問いに被せるようにスコーピウスが呪文を唱えた。静寂が訪れ、木々のざわめきがいっそう迫りくるようだった。その時近くの茂みからガサッと大きな音がし、私たちは身構えて振り向いた。しかし何も現れない。少し待ち、呪文は失敗したのだと私にも察しがついたが、自分からはとても言い出せなかった。

「ダメか」

杖先を僅かに上げると、険しい表情で薄い唇を噛むスコーピウスが見えた。

「気にすることないよ、四年生で習う呪文なんでしょう?他に方法が無いなら諦めて帰ろうよ」
「君、さては僕が探し出せなかったと思って安心してるな。一人で帰れ」
「だって本当のことでしょ」
「うるさいな。優秀なヤツならこれくらいもう出来たっていい年齢だ。僕の所有物をフィルチが持ち出して私物化しようものならな、僕はアイツに呪いをかけずにいられる自信がない。出てくるまでやる」
「ねえ、もっと穏やかな言い回しの方がいいよ」

ここまで強い思い入れがあるなんて、スコーピウスはカメラを買ってくれたご両親のことがとても大事なんだろう。闇の魔法使いの家と呼ばれていることなんて関係ないんだ。それにいつも一緒にいる友達とたくさん写真を撮ったのかもしれない。私だって、自分がロージィやアルバス、ジェームズたちと撮ったとしたら一枚だって失くしたくない。そう思うと、最初は自分を撮られて怒っていたはずが、なんとかスコーピウスのためにカメラを見つけてあげたくなった。

しかし私には失せもの探しのすべなんてない。となればやることは一つだった。


「スコーピウス、私にもさっきの呪文、教えてくれる?」



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