ホロスコープ1 | ナノ


スコーピウスと私は急ぎ足で玄関ホールを目指した。私は道が分からないのでスコーピウスの後ろにくっつくようにして進んだ。私たちがぶつかった場所は玄関ホールからそれほど離れてはいなかった。どうやら私は同じところを何べんも通ってしまっていたらしい。

石段を降りて校庭に出た。真っ暗な空に、星と大きな月だけが輝いている。外はさらに凍える寒さで、私はぶるっと震えた。目が慣れてきているとはいえ夜の屋外は心細く、杖を取りだそうとしたが、スコーピウスが目敏く制止した。


「まだ灯りは点けるな。ここじゃあまりにも目立つ」
「でもこんな暗さじゃ私、真っ直ぐ歩ける自信が無いよ」
「あそこを見るんだ」

スコーピウスは森の方を向いて冷静に言った。辛うじてランプだと分かる微かな明かりが見えた。

「あれがハグリッドの小屋。そこまで行けば森はすぐだから、それまで我慢するんだ」
「森まで行ったら灯りを点けてもいいの?」
「点けないとさすがに探せない。でも自分の背で隠れるような角度で、決して城からも小屋からも見えないようにしなくちゃならない」


衝動で飛び出した私とは違い、スコーピウスは熟慮して事に当たっているようで、少し恥ずかしくなった。校庭を横切って歩きながら、スコーピウスの後ろ姿を見つめた。プラチナブロンドが月明かりを浴びて透けるような美しさだった。

ハグリッドの小屋の窓はカーテンが引かれていたが、隙間から明かりがもれていた。私たちは小屋から慎重に距離を取って森のはずれに佇んだ。夜中に見る森は普段よりいっそう暗く、うっそうとして恐ろしげだった。身を切るような風が吹いて木々をざわざわと揺らした。私は自分の肩を抱いた。


「さて」

スコーピウスが小声で「ルーモス」と呟いた。いつの間に取り出したのか、彼の手にある杖の先が丸い光を灯した。

「ここまで来れば僕たちは別行動という話だったね」
「あなたはどうやって探すのよ」

私はスコーピウスの話を遮って訊いた。自分から言い出したことであっても、この場所で進んで一人になりたくはなかった。

「さあ、どうやってだと思う?」


スコーピウスは余裕を醸してせせら笑う。私が困っていることなどお見通しだった。

「もっとも、僕が君に教える義理は無いんだけどね」
「私がこんなことをしてるのもスコーピウスのせいよ!」
「知ったことじゃないな」


スコーピウスは落ち着いていて、私は今までにないほど途方に暮れていた。実はさっきまで、スコーピウスがカメラを見つけたらすぐかっさらえばいいと思っていた。しかしどう考えてもスコーピウスの方が反射神経がいい以上そんなに都合よくいくわけはなかった。浮遊呪文は習ったけれど、それで上手くカメラがこちらの手元に来なければ彼に徹底的に仕返しされるだろう。この広大な森を闇雲に探して見つかる可能性も無い。八方塞がりだ。本格的に、自分は一体何をしに来たのだろうと思った。


「とは言えこのままじゃあまりにも君が哀れだ。そうだな、一つ考えるヒントをあげようか?」
「えっ!?」

私はハッと顔を上げた。スコーピウスは薄く笑ったまま、杖を指で弄んだ。

「ありがとう!」
「もう礼を言うとは気が早いんだね」
「嬉しいんだもの!それで、ヒントって?」
「ああ。父上が言っていた。アーガス・フィルチはスクイブだ」
「へ・・・?」


私は三度瞬きした。スクイブ?聞いたことが無い言葉だ。それがどうヒントになるのかまるで分からない。私の鈍い反応を見てスコーピウスはまたニヤリとした。

「どうした?ヒントはあげたよ」
「えっと・・・スクイブって何?私、知らなくて・・・」
「なんと、まさか本当に知らないのか?これだからマグル育ちは」

一気に惨めに逆戻りだった。スコーピウスがわざとらしく目を丸くした、その仕草で、私は今自分がからかわれたのだと理解した。彼は私がスクイブという言葉を知らないと見当をつけていたに違いなかった。私に期待させて失望させたのだ。最初からヒントなんかくれるつもりなかったんだ。


「言葉の意味が分からないんじゃせっかくのヒントも意味が無いね。僕としても残念だな」


スコーピウスは平気な顔して杖を持ち直した。両目はもう森を見ている。失せもの探しの手順でも考えているのだろうか。

「まあ君がどうしてもって頼むなら教えてやらないでもないけど。代わりに今後僕の言うことを絶対・・・・・・」



「・・・そう、だね」

やっと絞り出した言葉だった。情けないことに私は半分ぐずっていた。悟られまいと懸命に堪えようとしたけどダメだ。きっとスコーピウスにもバレている。さっきからの不安と緊張の連続でもういっぱいいっぱいだった。込み上げる涙で視界がぼやける。なぜだかスコーピウスが息を呑む音が聞こえた。


「あ、あなたは私より魔法をたくさん知っているんだもんね、夜の森での探しものくらい簡単なんでしょ!私は見つかるまで地道にやるしかないもの!私がもし途中で森の生き物に襲われて死んだりしたら、あなたは自分の勝手で人一人犠牲にしたって思い詰めながら生きていけばいいんだし・・・」
「・・・君・・・なんだって?僕は・・・・・・」


スコーピウスの口調が変わった。僅かに狼狽の色が滲んでいるようだった。だけどしゃくりあげている私は構わずまくしたて続けた。最早やけくそだった。


「で、でも、スコーピウスにとってはきっといい気味なんでしょうね、私が・・・無事に帰れなくても!」
「おい・・・」
「私、今まであなたにたくさん迷惑かけてきたけど、今度ばかりは呪ってやるんだから!ゴーストになったらあなたにとりついて・・・ックシュン!」
「!静かに!!」


私の静かとは言えないくしゃみでスコーピウスはピクンと神経を逆立てた。私もつい口をつぐんでしまった。

「よりによって今くしゃみなんてするヤツがあるか、ハグリッドに聞こえたらどうする!」
「あ、ごめん・・・」
「・・・・・・そう言えば君、よく見たら随分と薄着じゃないか?」


月が一瞬だけ翳った。その暗がりの中で、スコーピウスが怪訝な表情をするのが見えた。私はまさに寒さで小刻みに震えている最中だった。

「うん、部屋着だけなの」
「寒くない・・・わけないね。なんでだ?この季節夜に冷え込むことくらい分かっているだろう」


言い返す言葉もなかった。私が薄いカーディガンとスカートという寒々しい姿なのに対し、スコーピウスは制服の上に冬用のマントを着て、首にはスリザリンカラーのマフラーまで巻いている。万全の防寒対策だ。雲が流れ、再び足元が明るくなった。月の淡い白光を受けるスコーピウスの顔はなめらかに白く、険しくて、大理石の彫刻を見ているみたいだった。


「思いついてすぐ飛び出してきちゃったから」
「間抜け間抜けと思ってはいたが、さすがに呆れて物が言えない」
「なによ、ご立派に喋ってるじゃない―――」



言葉を失ったのは不意に包まれた暖かさのせいだった。スコーピウスは仏頂面で自分が羽織っていたマントを私の肩にかけた。冷たい風が遮断され、温もりが全身に染み渡るのを感じた。ふわりと懐かし香りがした。ああ、確かこれはホグワーツ特急でスコーピウスの隣に座った時の、あの香り。


「スコーピウス・・・・・・?」

わけが分からなくてスコーピウスを見つめた。さっき廊下で抱き締められたときと同じだ。


「着てるんだ。またくしゃみなんてされたら敵わない」
「え、え・・・?」
「英語くらい理解してくれと日頃から言っているだろ」

スコーピウスがぶっきらぼうに言った。少し俯き、口元をマフラーに埋めていた。私はまだ彼の真意が分からなかった。ただ、もう寒くはなかった。マントは厚いし、それに人の体温も残っていた。


「いいか、もう大声なんて出すなよ」
「でも、でも・・・どうして、それにこれじゃスコーピウスが寒くなるし」
「僕は着込んでいるから平気だ」
「だけど、スコー・・・クシュン!」
「言ってる側から!!」


スコーピウスはカッとなって自分のマフラーを乱暴に剥ぎ取り、それを私の首に回して、口を塞ぐようにきつく結んだ。マフラーからも優しい香水の匂いがした。


「そのまま黙ってろ!」
「・・・・・・」


私は言われたとおり押し黙った。口と一緒に鼻まで塞がれ、息が苦しかったけど、胸を襲うズキズキした苦しさよりはましだった。


肌に感じる温もりが痛かった。スコーピウスはどうして気まぐれでこんなにも優しいことをするのだろう。私を嫌っているのに。私は嫌われているはずなのに。いつもそうだ、優しくしてくれたと思ったら冷たく突き放して。そんな意地悪なスコーピウスと仲良くなれるだなんて、夢見ちゃいけないと思い知ったのに、またこんなことをする。

暖まる身体と共に心臓もじんじん疼いた。頭がごちゃごちゃして、ついに私の両目からは大粒の涙がぽたぽた流れ落ちていた。


「お、おい・・・」

スコーピウスがそっと近くに寄って来た。困ったように眉を下げていた。それは私が初めて見る、スコーピウスの心細そうな顔だった。彼自身が締めたマフラーにスコーピウスの細い指が乗る。緩めようとしたのだろうか、指が結び目に触れたとき、そこに私の涙が落ちた。スコーピウスがびくりと指を引っ込めた。


「泣いているのか・・・?」

スコーピウスの高めの声が震えていた。こんな風に無防備に動揺するスコーピウスと対面する日が来るなんて。私は泣きながら驚いた。今日は本当に驚きっぱなしだ。


「・・・どうして」
「さ、寒かったから泣いてるの。寒かったから」
「寒さで?」

スコーピウスは疑がっているようだ。言えるわけない、優しくされたのが切なくて泣いていたなんて、とても恥ずかしかった。


「・・・あの時も、泣いていたのか」

スコーピウスが声を押し殺して言った。


「あの時?」
「クリスマス休暇明けに廊下で君と会った時だ。プレゼントの話をした時」


泣いていたかと言われればギリギリ違うと思いたかった。正確には泣き出したのは寮に戻ってからだ。しかし、どうしたんだろう。スコーピウスはとてもきまり悪そうだった。私と目を合わさないようにしながらも視線はこちらへと泳いでいた。まるで、悪さをした小さな子供が、ぎこちなく謝ろうとしているみたいに。


「僕のせいで・・・泣いたのか?」



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